#5 出撃
「全艦、出撃!」
「はっ! 5101号艦、発進します! 繋留ロック解除、両舷、微速上昇!」
俺の号令と同時に、この駆逐艦5101号艦が発進する。
「おお、王都フィオレンフィーナが小さく見えるな」
相変わらず、王都ヴェローニアを旧名で呼ぶ死神……いや、ナポリタンだが、普通ならばこの高さに驚愕するところだが、かえってはしゃいでいる。
駆逐艦は通常、高度4万メートルまで上昇した後、そこで重力子エンジンを最大出力まで吹かし、地球の重力圏を脱出するまでフル加速する。
その時の機関音はすさまじいものであるから、さすがのナポリタンも驚くだろう。実際、前回の出撃時にはそのけたたましい音に驚いていた。
二度目であるから、前回ほどではないかもしれないが、なかなかこの機関音に慣れるまでにはあと3、4回は経験しないとダメだろうな。
「規定高度、到達! 第21戦隊50隻、全艦揃いました!」
「よし、第21戦隊、全速前進、大気圏を離脱する!」
横一線に並ぶ50隻の艦艇が、一斉に最大出力を出す。たなびく青色の噴出口からの光が、宇宙との境界に近くの暗いこの場所を明るく照らす。
「あーっ、やかましいわ!」
案の定、死神ナポリタンが騒ぎ出した。が、そんな声もかすむほどの轟音を立て、びりびりと床や壁、椅子を振動させながら加速は続く。
地表は見る見るうちに後方に流れ、やがて真っ暗な宇宙空間と化す。それから30秒ほどして、航海長が叫ぶ。
「転舵、反転! 地球によるスイングバイ軌道に入ります!」
ここで一旦、艦の向きを180度変える。地球重力を利用したスイングバイにより、少しでも艦を加速させるためだ。
これにより、重い駆逐艦は地球はおろか、太陽の重力圏を振り切れるほどの速力を得る。その際、地球の間近を通過することとなる。
我々には見慣れた光景だが、この死神は違う。
「ほぉー、我が大地とは、かくも青く美しい場所なのじゃな」
一応は神の一種であるようだが、そんな神でも地球が上空から見れば青く輝く星であることを知らなかったようだ。もっとも、元は230年前の人間であり、さらにいえば本物の死神によって勝手に決められた「にわか死神」であるから、仕方がないかもしれない。
やがて通常航行に入ると、あのやかましい機関音が鳴りやんだ。そこで俺はナポリタンを連れ、食堂へと向かう。
「ところでじゃ、なぜ突然、宇宙に出ることになったんじゃ?」
と、ナポリタンが尋ねる。ああ、そうだったな、こいつに今回の出撃の理由を話すのを忘れていた。
「中性子星域に突如、敵の艦隊が出現した。これを迎え撃つために、我々は出撃を命じられたのだ」
「と、いうことは、今度もまた向かうのは戦場なのじゃな。そなたの魂が奪い取れるのが楽しみじゃい」
とは言うが、どこか以前よりもやる気というか、熱意が下がっているように感じる。まだ実際の敵を目の前にしていないからか、それとも単に俺の方がこいつの言動に慣らされて、以前ほどの鬱陶しさを感じなくなったためか。
「へぇ、本名がわかったんだ」
「うむ、わしの本当の名は、ナポリターナ・ド・ミゼラルクルード・リュクサンブール・ボルボーネ・ダグラスというそうじゃ。230年前には、今も続くダグラス伯爵家の次女であった」
「うわぁ、長い名前。でもさ、本名を取り戻したってことは、何か手に入れたってことじゃないの?」
「何のことじゃ?」
「いやぁ、よくアニメやドラマでは、自分の名前を思い出した途端、本当の力を取り戻したり、昔の記憶がよみがえってドラマティックな展開になるってのが、よくある話だよ」
「何を言うておるか。わしは死神であるがゆえに、それ以上の力など不要じゃ」
「でもさ、生前の記憶とかは取り戻したんじゃないの?」
「た、多少はな。じゃが本名と、死んだ瞬間のことくらいしか思い出せなんだ」
「ふーん、つまんないなぁ」
おい、コナー曹長よ、ここはアニメやドラマの世界ではないんだぞ。しかも、相手は死神だ。そんな存在が変な力を覚醒させたなら、この艦がパニックに陥る。
にしてもだ、本当に思い出したのは、本名と殺された瞬間のことだけか? それ以外にも何か、思い出したのではあるまいか。
というのも、昨日の執事の話から、こいつの態度がどことなく変わったのを感じる。それが根拠ではあるのだが、そのことについてこいつは一切、話そうとしない。
それに、こいつがなぜ今さら、死神として蘇ってきたのかも謎だ。
こいつを死神に変えた本物の死神曰く、時が来れば死神になると、そう告げてナポリタンを地面に封印した。そして230年が経ち、その場所が宇宙港となった途端、こいつは蘇った。
理由がわからないなぁ。むしろ、我々が地球1064にやってきたことで、それまではこの星の医術では治せなかった病を治療することができるようになった。むしろ死亡率は下がり、死神としてはむしろ暇な時期に蘇ったことになる。
確かに、宇宙艦隊戦闘というものがあり、その結果、戦死する者も大勢出ているのは確かだ。が、一方で地球1064の地上からは争いごとが急減し、戦死者が激減している。死神的には、プラスマイナスゼロといったところではないか。
いや、それ以前にこいつは、宇宙戦闘で亡くなったものの魂を回収してなどいない。口では我が艦隊やこの戦隊の魂を奪うと公言しているが、実際のところは俺だけを狙っている。
そういえば、宇宙で魂なんか、どうやって回収するんだ? あの鎌は死者の身体と魂を切り離すものだと言っていたが、そもそも艦隊戦では1万度以上の青いビームによる熱線で身体は一瞬にして消滅する。切り離そうにも、身体そのものが消滅してしまうだろう。
それ以上に、ここから25光年ほど離れた中性子星域での戦闘で俺が死に、その魂をこいつが首尾よく手に入れたとして、どうやって地球1064に帰るつもりだ?
あまり先のことを考えているとは思えないな、この死神は。いや、そもそも戦闘を見たのがこの間が初めてだからな。まさか艦ごと消し去るほどの攻撃の応酬だとは想像すらしていなかったのだろう。
が、今は違う。先日、我々の戦いを見たから、その結果、起きることもわかっているはずだ。にも関わらず、律儀にもついてくる。どういうつもりなんだろうか。
考えれば考えるほど、この死神の不可解なところが見えてくる。単に何も考えていないだけなのか、それとも別の理由でもあるのか。
「あと6時間で、ワームホール帯に到達します。そこから戦場となる中性子星域まではおよそ10時間といったところでしょうか」
「敵艦隊の集結状況は?」
「偵察艦からの知らせでは、まだ数百隻程度とのことです。つい先日、戦ったばかりですからね。あちらも緊急招集をかけて集めているのでしょうが、思うようにいっていないというのが実態のようです」
再び艦橋へ戻るが、特に司令部からその後、新たな情報は入っていない。まったく、敵もなぜ前回の戦いからほんの数日で、また攻めてくるのか。かなりの打撃を受け、撤退したのはそちらだろう。それが性懲りもなく、すぐに攻め返してくるというのも理解に苦しむ。
「いずれにせよ、戦場まではまだ遠い。何か急な要請が司令部からあれば、すぐに俺を呼べ」
「はっ!」
ここから通常航行で進んだ場合なら、戦場にたどり着くのは少なくとも16時間後ということになる。そこまでの間、ずっと艦橋にいるわけにはいかない。だから戦隊副長のエイレン中佐に任せて、俺は部屋へと戻る。
その間も、ナポリタンはずっとついてくる。そりゃあ俺に取り憑いてるわけだから当然だろうが、プライベートもへったくれもない。風呂にもトイレにもついてくるからな、こいつは。
そんな生活にも慣れてきた俺だが、どうも昨日のあの執事との話以来、何かが違う。
「そういえばなんか、可愛らしくなったよね、ナポリタンちゃん」
変化に気付いたのは、俺だけではなかった。
「貴官は元からこの死神は可愛らしいと、そう言ってなかったか?」
「いや、そうなんですけど、さらに磨きがかかった感じですよ」
「なんじゃ、わしは元からこうじゃぞ!」
コナー曹長からも、そう見えるらしい。俺の気のせいではない。
「さ、最近は風呂にも毎日入っておるからの、そのせいではないか?」
「ふうん、毎日、准将閣下と一緒にふろに入っているんだ」
「そそそそれは仕方なかろう! わしはこやつの魂をねらっておるんじゃぞ」
「それなんだけどさ、死神って、魂をゲットすると何かいいことあるの?」
「それは……」
なぜか急に問い詰められるナポリタンだが、こう答えるにとどめた。
「いいことがあるかどうかなど、知らん。なにせわしはまだ、魂を手に入れたことがないからな」
「それだったらさ、こんないつ死ぬか分からない男にまとわりつくよりも、もっと死にそうな人がいるような場所に行った方がいいんじゃない?」
「そういう問題ではない! わしはこやつの魂から奪うと決めたのじゃ!」
「なんで戦隊長にこだわるのかなぁ。なんか、怪しいなぁ」
「怪しいとは、どういうことじゃ?」
「いやさ、本当に欲しいのは魂なのかなぁって思ったんだよ。カイエン提督は20代で准将閣下にまで上り詰め、そのおかげでアウソニア王国の男爵の身分までもらえている、エリート中のエリートだからねぇ。狙いたくなる気持ち、わかるよ」
「何を言っとるんじゃ、そなたは」
どうやらコナー曹長は、俺とこの死神との間の恋バナを期待しているようだが、相手は死んだ人間だぞ。そんなもの、成立するわけがないだろう。
「それよりさ、ナポリタンちゃん、ここに来るとナポリタンばかり食べるよね」
「わしが気に入った……い、いや、わしの名を冠した食い物であるから、食らうてやっとるだけじゃ」
「ふうん、そのわりには気に入ってる感じだけど。だって別に食べなくてもいいんでしょ、死神って」
「う、うるさいな! わしが何を食おうが、構わぬではないか!」
コナー曹長にとっては、この死神をからかうのが面白いらしい。元貴族令嬢というのは、こうも素直じゃないものなのか。
「ちょっと、准将閣下! またナポリタンちゃんといっしょに風呂場へ行くんですかぁ!?」
「そのつもりはない。が、こいつがついてくるんだ」
「ナポリタンちゃんもダメでしょう! 私がついていくから、女湯に来なさい!」
「そうは参らぬ! わしはこやつに憑りついた死神じゃ! 離れるわけにはいかぬ!」
とまあ、いつも通り、俺とともに風呂場についてくる。
そんな話を食堂でしたせいか、男湯には恐ろしいほどたくさんの士官がいる。大鎌を抱え、ローブを脱いだナポリタンは男性の視線をくぎ付けにする。
「うう、なんでわしがこのように恥辱を受けねばならんのか」
「知るか。お前がついてこなければいいだけの話だろう」
「そ、そういうわけにはいかぬのじゃ! わしはそなたの死神じゃぞ」
別に死神って、四六時中まとわりつくものなのだろうか。ともかく、身体をロボットアームにササッと洗わせると、すぐに湯船に入り込む。
「くそぉ、あのロボットとかいう不届きな仕掛けめ。わしの胸ばかりを念入りに洗いおった。なんといういやらしき仕掛けじゃ」
それは気のせいだろう。ロボットアームにそんな機能はない。そもそも、念入りに洗うほどの大きさがないところだろう。
「そんなくだらないことにこだわってないで、ゆっくりと温まった方がいいんじゃないか」
「周囲は男の目ばかりで、おちおち温まっておられるか」
「そんなこと、俺に言われても困る。入ってきたのはお前自身だからな」
死神というのは、相手から何メートル以内にいなければならないというルールでもあるんだろうか? 詳しく聞いたことがないが、どうもそう思えてならない。
で、風呂からあがるとそそくさと身体を拭き、あのローブを大急ぎで着る。それが終わると、頭の覆いを外して髪を出し、俺がドライヤーでその銀色の髪の毛を乾かしてやる。
「しかし、風呂というものの良いところは、髪がさらさらになることじゃな。肌も触り心地がよい。男らの目さえ、なければ最高なのじゃがな」
と、ドライヤーをかけてもらいながら、文句を交えつつこんなことを言い出す。
「いやに素直じゃないか。風呂など必要ないと、豪語してなかったか?」
「べ、別に良いところがあると申しただけじゃ! だれも風呂を認めてなどおらぬ!」
良いところがあると言ってるんだから、認めてるんじゃないか。変な奴だ。どこまでも、素直になろうとはしない。
で、艦内の部屋に戻ると、そそくさとパジャマに着替えて布団に入る。あの大鎌を抱えて布団に入られるのも物騒な光景だが、これも慣れてきた。
「あと10時間ほどで、戦場に着く。起きたらすぐに、戦闘準備だからな」
「そうかそうか、今度こそ、そなたの死ぬところを拝めるというわけじゃな。楽しみで……ふわああぁっ」
何やらぶつぶつと言い出したが、俺の体温を感じるや、急に眠気が襲ってきたようだ。あっさりと寝てしまった。
にしても、この触れられない大鎌さえなければ、ただの娘だな。死神になった経緯を知り、やや同情するところもある。しかし、それにしてもこいつはどうして死神にさせられたんだ?
執事の話をまとめると、死神に襲われた。ただ、最期にこいつは「やりたいことがある」と言って死神ににらみつけた。その結果、死神にされてしまった。
しかも、230年も経ってから、ちょうど我々が地球1064に進出して宇宙港を築き、アウソニア王国との間に宇宙貿易が始まったタイミングで、だ。
これにはどういう意味があるんだ? ただの偶然か。それとも、最初からその死神とやらはこの状況を見越して……なわけがないか。いくら神といえど、まさか宇宙から宇宙船が大量にやってくる未来など、予想できるわけがない。
さて、その翌朝、といっても、ここには昼夜の区別がない宇宙空間の閉鎖された部屋の中。起床時間を知らせてくれるのは、目覚まし時計だ。それが鳴り響き、俺はガバット起き出す。
「な、なんじゃ!?」
珍しくぐっすりと寝ていたようで、目覚ましの音で目を覚ます。俺はすでに軍服を着て、胸の飾緒を整え、軍帽を被るところだった。
「おい、グズグズしていると置いていくぞ」
「ちょ、ちょっと待て!」
慌ててパジャマを脱ぎ捨てて、露わな姿を一瞬さらすと、すぐにあの黒いローブを身にまとう。右手にあの大鎌を抱えると、俺の方を見てこう言った。
「では、参ろうではないか、そなたの最期の命の灯が消える場所へ」
いやな言い方だな。ともかく俺は、この物騒な死神とともに艦橋へと向かう。
すでに敵艦隊を捉えられるところまで接近していた。敵の数は、およそ1万。あと2時間で、両軍はぶつかる。
「司令部より入電。第21戦隊は前進し、敵の左側面へと向かうべし。以上です」
つまり、奇襲攻撃を仕掛けよとのご命令だ。もっとも、これもいつも通りの話だ。
「了解した。返信せよ。我が第21戦隊はこれより、敵艦隊側面に向かう、と」
「はっ!」
「電波管制、開始だ。これより各種レーダー、無線の使用を厳禁とする。敵に勘づかれないよう、接近するぞ」
レーダーや無線といった電波を発するものは、すべて切られる。重力子も最小限にとどめるため、出力も10パーセントまで規制される。ほぼ慣性航行に近い状態で、敵艦隊の側面に回り込むというのは、決して簡単ではない。
というのも、レーダーを切っているから、敵艦隊の位置が正確に読めない。頼りとなるのは、味方からのデータリンクによってもたらされる情報だけだが、これも我が戦隊の位置が不明確だから、おおよその目安でしかない。
敵の艦隊も、まっすぐ進むわけではない。時折、右へ左へと動く。真正面からぶつかるより、相手のやや弱いところを突く方が艦隊戦では有利になる。このため、揺さぶりをかけてくるのだ。これがますます、敵の艦隊の位置把握を困難にする。
が、我慢をしつつも2時間、俺は勘を頼みに戦隊を動かす。灯火管制のおかげで薄暗いこの艦橋内にある俺の席の後ろでは、これから始まる戦いを前に、死神が微笑んでいる。
「まもなく、戦闘開始です!」
「敵艦隊までの距離は?」
「推定で、4万キロ。ちょうど左側面当たりに達したはずです」
レーダー士からの報告が入った直後、正に真っ暗だったこの宇宙に、青白い光の筋が無数に飛び交い始めた。
艦隊戦の、始まりである。
「電波管制解除! 敵艦隊へ、砲撃開始!」