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#4 正体

「申し遅れました。(わたくし)、ダグラス伯爵家の執事を務めております、ジャンバッティスタ・ラディーチェと申します。」

「は、はぁ……」


 ややこしい名前だな。とりあえず、ラディーチェ殿と呼んでおけばいいか。


「で、そのラディーチェ殿がこの死神に、何のご縁があるので?」

「話せば長くなりますが、単刀直入に申しますと、この死神、いや、ナポリターナ様は我がダグラス家の先祖の一人に間違いございません」


 そういえば、この死神は「ナポリタン」と名乗っていた。少し違うが、もしかするとこの死神の記憶違いで、本当の名はナポリターナなのかもしれない。が、執事は続ける。


「なぜ、そう言い切れるのですか?」

「我がダグラス家に伝わる古文書に、死神に襲われたナポリターナ様の話が伝わっているのです」

「えっ、死神に、襲われた?」

「はい。今から230年前の話で、当時はまだこの王都がフィオレンティーナと呼ばれていた時代でして……」


 執事の話によれば、生き残った従者の証言を記録した古文書がダグラス伯爵家に残されており、それによるとこの当時のダグラス家の次女であったナポリターナが馬車で王都に向かう途中、死神に襲われたというのだ。


「……なんでも、死神はナポリターナ様と従者に襲いかかり、次々となぎ倒して命を奪ったと、そう生き残りの従者は述べたとのことでございます」

「それじゃ聞くが、どうしてその令嬢だけが今、こうして死神としてよみがえり、他の従者らは死神にならなかったのだ?」

「その時の記録によれば、ナポリターナ様はその身体の中ほどに大鎌で突き抜かれた後も、魂を奪われることなく、その死神に抗ったというのです」

「魂が、奪われなかった?」

「はい、なんでも『わしにはまだ、やりたいことがある』と息も絶え絶えに死神に言い放っていたとか」

「で、それからどうなったんだ?」

「すると死神は、『ならばお前を死神にする。時が来れば、死神として復活するであろう』と言い残し、その大鎌を地面に振り下ろすと、ナポリターナ様を地面に叩きつけられた後、消えてしまった。そしてそのまま、その死神は姿を消したというのです」


 そんな衝撃的な話をしているというのに、その横では大鎌を持った当の死神が、ナポリタンをがつがつと食いながらその話を聞いている。おい、自分のことだぞ、真面目に聞く気があるのか?


「今の話では、わしはダグラス家の娘の一人であったということか?」

「はい、さようで」


 と思いきや、執事の話が終わるとこう尋ねた。なんだ、話だけは聞いていたんだな。


「じゃが、わしはナポリタンという名であって、ナポリターナではないぞ」

「家臣一同はナポリターナ様とお呼びしておりましたが、ご家族や他のご令嬢様からはナポリタンと呼ばれていたようでございます。ですから、ナポリタンという名を覚えていらっしゃるということは、ナポリターナ様であることの何よりの証拠でございます」


 ああ、そうなのか、呼び名が違うんだな。確かにナポリターナではちょっと長いから、ナポリタンと呼ばれていた、そういうことなのだろう。


「ということは、こいつの本名はナポリターナ・ダグラスというのか?」

「いえいえ、もっと長い名でございます」

「長い?」

「はい、ナポリターナ様の本名は、『ナポリターナ・ド・ミゼラルクルード・リュクサンブール・ボルボーネ・ダグラス』と申します」


 なんだって? ナポリターナ・ド・ミゼ……っておい、いくらなんでも長すぎるだろう。親は何を考えて、これほど長い名前を付けたのか。


「ほう、それがわしの本当の名か。記憶が曖昧であったが、何やらその名のおかげで少し、思い出してきたぞ」


 ところがである、それを聞いた死神ナポリタンは、何か記憶の断片を思い出したようである。


「おい死神、お前たしか賊に襲われたと、俺にはそう言ってなかったか?」

「仕方なかろう、230年も眠っておったのであろう、記憶があやふやであるから、賊にでも襲われたのだと思っていたのじゃ」

「しかしまあ、なんだ。死神になった経緯はこれで判明したということになる。が、別の謎が増えてしまったぞ」

「別の謎?」

「お前が死神に抗い、最期に言い放ったとされる『やりたいこと』というやつだ」


 それを聞いたこのナポリターナという死神は、少し考えこむ。


「うーん、やりたいことなどあったのかのう。あの時のわしがやりたいことといえば……」


 しばらく考え込んでいたが、何かを思い出したように急にこいつはがつがつとナポリタンを食い始める。


「おい、何か思い出したのか?」

「い、いや、その……あれだ、ほら、大鎌で刺された時の光景を思い出したのじゃ!」


 ああ、なるほど、確かにあれはショッキングな光景だろうな。自分の身体を、この馬鹿でかい鎌が貫いているのだ。思い出したくもなかっただろう。

 だが、そこまで思い出したのであれば、先ほどの「やりたいこと」とやらも思い出せたのではないのか? しかしこの死神は、そのことは知らぬと言い張るばかりだ。


「で、ラディーチェ殿はこの娘、いや死神を引き取りに来たので?」

「おい! わしはそなたにとりついた死神じゃぞ! こやつと共に戻るはずがなかろう!」

「ええ、いくら祖先だからと言って、死神になられたナポリターナ様を連れ戻す気など、毛頭ございません。ただ、あなた様には我々の知る事実をお伝えしたかったのです」


 なんだ、連れて行ってはくれないのか。もっとも、230年も前の話だ。いくら祖先とはいえ、今さらそのダグラス家とやらに帰っても、受け入れてくれるかどうか。


「ところで、この王国は一度、政変によって変わったはずだが、どうしてダグラス家は生き残れたので?」

「はい、それはダグラス家が当時のフィオレン王朝を見限り、アウソニア王朝側に味方したため、未だ家を存続できております」


 案外したたかだな、そのダグラス伯爵家という貴族家は。まあでも、おかげで俺はこいつの過去を知ることができた。

 そして、こいつも名前と共に、何かを思い出したようではあるのだが……それがなんであるかを、俺にはなかなか教えてはくれない。


「では、カイエン男爵殿、後はお頼み申す。何かございますれば、いつでもダグラス家へいらしてください」


 そう言って、ラディーチェという執事は帰っていった。ああ、そうだった、そういえば将官ゆえに俺は、ここでは「男爵」という位を受けていたことを思い出した。


 そんな一件のあった日だが、夕方までには宿舎に戻り、無事にベッドが届く。


「なあ、アレックスよ」


 珍しく、この死神は俺を名前呼びする。


「なんだ、ナポリターナ」


 だから俺も、名前で返してやった。


「その前に、そのナポリターナはやめよ。せめて、ナポリタンと呼んでくれ」

「なぜだ? ナポリターナなんとかという名前ではないのか」

「家臣なればそうであるが、そなたは貴族と同列の者だ。ならば、ナポリタンと呼ぶのがふさわしい」

「そうか」


 どうしてわざわざそんな略称で呼ばせたいのか、その意図は読めなかった。が、あの執事の話を聞いてから、妙にしおらしいというか、いつもの勢いがない。


「何か、嫌な事でも思い出したのか?」

「いや、別に嫌なことばかりを思い出したわけではない。どうしてわしが死神なのか、なぜあの時、わしは死神にさせられたのかと考えておってな」

「思うのだが、死神というのは、死んだ者の魂をあの世に送る役目を担っているのだよな」

「そうじゃ」

「ということは、人は死んだらどうなるか、お前は知っているのか?」

「いや、知らぬ。というか、そうなる前に死神にされた。だから、人が死んだらどうなるかなど、見知ったわけではない」


 ああ、そうだったな。しかも、話に聞く限りでは、大元の死神から何かを引き継いだわけではないようだし、気が付いたら死神にされていた。そんな娘に死後のなんたるかなど、分かるはずもない。


「まあともかくだ、さっさと風呂に入れ。寝れば少し、落ち着くだろう」


 何かいつもと違う態度の死神、いや、ナポリタンに俺はそう答える。すると、この死神は意外なことを言い出す。


「今日は一緒に、風呂に入ってはくれぬか?」

「は? お前、昨日散々、シャワーの使い方などを教えただろう」

「一度きりでは覚えられぬ。今日も一緒に入ってほしい……じゃない、入るのじゃ!」


 随分と上から目線だな。伯爵家の者だと分かったからか? しかも俺はまた、煩悩と格闘しながら風呂に入らねばならないのか。

 で、結局、大きく豪華になったベッドの上で、二人そろって眠る。

 といっても、俺はナポリタンのひんやりとした身体を温めながら眠りにつくから、どうにも寝つきが悪い。が、当の死神は大鎌を抱き枕として寝ている。

 いい気なものだ。しかし、こいつが死神にされてしまった理由というのは分かった。

 だが、分からないこともある。

 こいつの「やりたいこと」とは何だったのだろう? これは、今の死神としてよみがえったことと何か関係があるのかないのか、本人はどこまでそのことを思い出したのか、謎が謎を呼ぶ。

 本人のみぞ知る、ということか。

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