表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/18

#18 成就

 大艦隊同士の戦いから、3か月が経過していた。


「おい、ナポリタン」

「なんじゃ、アレックス」

「約束だ、今日はショッピングモールへ連れて行ってやる」

「うむ、ならばいざ、行くぞ」


 ナポリタン、いや、正式名「ナポリターナ・ド・ミゼラルクルード・リュクサンブール・ボルボーネ・カイエン」が俺の家族となってから、ちょうど3か月でもある。

 その記念にというわけではないのだが、こいつはこの休日に外食しようと言い出した。まあ、たまにはいいだろうと、俺もそれを承諾した。


「今日は何を食うかな。おい、そういえばショッピングモールの外に、新しい店ができたと聞いたぞ」

「ああ、ファミレスだな」

「ファミレス?」

「一言で言えば、料理店のことだ。普通の店より、メニューの量が多い」

「なんだと!? そんな店ができたのか!」

「お前、そっちの方が気になるのか?」

「うむ、ショッピングモールにある料理店の大半は回ってしまったからな。残るは、あの激辛店しか残っておらん」

「そういえばお前、辛いものはダメだっただろう」

「そうじゃな。じゃが、ショッピングモールの全ての店を回るという目標もあるのだが、今日は辛いものを食べようという気分にはなれぬ。しかし新たな店ができたからと、安易に自分の意思を曲げて良いものか。それにショッピングモールにて買いたいものもあれば……」


 相変わらず、素直じゃないな。要するにファミレスに行ってみたくて仕方がないと言いたいのだろう。だから俺はこう返す。


「ならば、こうしよう。まずはファミレスに行って食事をする。その後、ショッピングモールで買い物だ。激辛店など、いつでも行けるから今日でなくとも良いだろう。これで、どうだ?」

「うむ、悪くない作戦じゃな。そなたがそこまでいうのなら、それで行こうではないか」


 これが夫婦の会話かと思うような、妙な口調だ。しかし、これが俺とナポリタンのいつもの会話だ。死神の頃から、ほとんど変わっていない。

 で、車でまずは新しいファミレスに向かう。昼食時より少し早めに着いたからか空いており、すぐに席に案内された。テーブル上に映し出されるメニューを見て、その豊富さに目を輝かせる。


「うひゃあ、どれを選べば良いか、悩ましいのう。どれ、我が舌に敵うほどの食い物があるか、見定めねば」

「このパスタステーキセットなんてのはどうだ? ナポリタンにヒレステーキを組み合わせられる。これにサラダとミニパフェを加えれば、お前が食べたいと思う食べ物がひと通り味わえるぞ」

「なんという組み合わせじゃ。死神ですら驚愕するほどの地獄の贅沢じゃな。ならばそれに、このブルーサイダーを加えようではないか」


 人間になってからのナポリタンは、よく食う。特に甘いものには目がない。その栄養が、少しでも胸に回ってくれたならもう少し豊満な体つきになるのだが、全然太る様子がないし、胸もそのままだ。

 もっとも、それでこいつの魅力が削がれるわけではない。これはこれで……


「おい」

「なんだ」

「今、良からぬことを考えておったじゃろ」

「さあな。別に悪いことを考えていたわけではない」

「どうだかのう。何やらいやらしい視線を感じたぞ。まったく、この男というやつは……」


 死神だった時よりも、勘が冴えていないか。そう感じるほど、こいつの直感力は恐ろしいほどに研ぎ澄まされている。食欲は、その代償か。

 実際、それはつい先日起きた、敵偵察隊との戦闘でも発揮された。

 それは、つい3日前のことだ。中性子聖域内の連合側支配域で訓練を終了し、帰投中の我が戦隊の後方から、追いかけてくる艦艇を察知する。


◇◇◇


「どうだ、サロウ少尉」


 レーダー士として抜群の能力を誇り、昇進と尉官としては珍しく勲章を授与されたサロウ少尉の目によって、デブリに紛れて接近する100隻の敵艦隊を発見する。


「ほれ、だがら言うたであろう。邪悪なものどもが、接近しとると」


 それを最初に「探知」したのは、この元死神だ。訓練だからと思い、連れてきてしまったのだが、こいつは俺の命の危機を察知する能力がなぜか人間になってからも衰えてないようだ。


「さて、どうしたものか」

「戦うしかありません。このまま見逃せば、敵はまた我々を追いかけてきます」

「それもそうだな。全艦、転舵、反転! 敵艦隊を迎撃する!」


 エイレン中佐の進言に従い、反転、攻撃することにした。しかしだ、いくら我が連合側の宙域とはいえ、2倍の敵を相手に反撃を仕掛けるのだ。さて、どうしたものか。

 距離はほぼ30万キロ。まさに敵が撃とうとした途端に、こちらが反転し、先制攻撃をかけてきた。敵の慌てる様子が、陣形図を映すモニター上からも分かる。

 慌てて攻撃態勢に入ろうと横一線の陣形に再編しようとするが、その前にこちらの一撃が到達する。


「第1射、敵艦隊に命中! 7隻撃沈!」


 いきなり初弾でこの戦果だ。続けざまに砲撃を行うが、敵も態勢を整えたため、第2射以降は命中率が下がる。

 このまま2倍もの敵と撃ち合っていたら、我々の方が不利だ。だから俺は、第3射を放った後、敵に突撃をかける。


「全艦、全速前進だ。これは訓練ではないが、訓練同様に敵を翻弄してやれ」


 本来ならば訓練を終えて帰還するだけだったはずの我が戦隊だが、実戦さながらの訓練、いや、訓練さながらの実戦をする羽目になった。

 敵の100隻ほどの艦艇に突入する。敵は猛烈に撃ってくるが、ジグザグに回避しつつ迫る50隻には当てられない。

 こっちは、30隻の敵戦艦や1万もの敵艦隊後方でも逃げてきたんだ。たかが100隻程度の敵を相手に、当たるわけがないだろう。


「よし、この辺りで全艦停止! 砲撃戦用意!」


 俺がいつも通りに命令を出す。


「あの艦隊を相手に、一撃離脱を行うのですか?」

「当然だ。逃げ回っていても、敵を減らすことはできない」

「了解です、全艦停止! 砲撃戦用意!」


 と、まさに停船させようとしたその時だ。


「ダメじゃ、もう少し先まで進め!」


 急に叫ぶナポリタンに、俺は思わず叫ぶ。


「命令変更だ! 全艦、全速離脱!」


 まさにその直後だった。敵の砲火が、我が戦隊の脇を掠める。

 危機一髪だった。しかしナポリタンのやつ、死神ではないというのにどうしても危機を察知できた? その感性だけ、残されているというのか?

 ともかく、もう数万キロ進んだ位置で停船する。そこで、さらなる一撃を敵に与えた。


「一撃だけ放ち、すぐに離脱する。砲撃開始!」


 俺の号令とほぼ同時に、一斉砲撃が放たれる。直後、すぐに機関を全開にし、さらに敵の側面側へと動き出す。


「弾着観測員からの報告! 12隻撃沈です!」


 敵も油断していたようだ。味方の艦隊による援護もなしに、こちらが停船して撃ってくるなど、想定外だったのだろう。

 味方がいないがゆえに、一撃離脱しかできないが、敵の動きが予想以上に鈍く、こちらとしても想定外の戦果となった。

 さすがに、20パーセント近い損害を出した敵艦隊は、逃亡する。反転し、全速で離脱していく。我々もしばらく追撃したが、ついに敵は中性子星域内の連合側支配域から撤退していった。


◇◇◇


 とまあ、勘だけは鋭い、230年前を生きた元貴族令嬢は今、俺の前で食後に出されたパフェを食べている。

 にしても、美味そうに食べるものだ。よほどここのパフェの味が気に入ったとみえる。


「うむ、まずまずの味であるな。まあ、合格点というところか」


 こういう変に素直でないところも、相変わらずだ。


「それにしても、腹が膨れた。生の苦しみを味わえと死神に言われてしもうたから、仕方がないのう」


 何が生の苦しみだ。あれだけ好きな料理を食うだけ食って、出てくる言葉はそれだけか。

 食欲が満たされ、性格の図々しさはかえって増したのではないかと思われるナポリタンを連れて、こんどはショッピングモールへと向かう。

 向かった先は、書店だった。


「おお、こんな本がみつかったぞ」


 などといって、何冊か買っている。買い物のたびに5、6冊を購入するナポリタンだが、読む本はやはりというか、歴史もの、とくに戦記ものが多い。


「そんなに戦いの歴史ばかり、読んでて面白いか?」

「当然ではないか。宇宙での戦いの話も、(おもむき)があってよいぞ。だいたいそなた、軍人ではないか。わしより戦いの歴史を知らぬとは、いったい何を学んできたのじゃ」


 軍人だからと言って、戦いの歴史ばかりを読んでいるわけではない。戦術論や艦隊運用に関する勉学ならば今でも励んでいる。


「そうじゃ、先日買った本に、こんな戦いがあったぞ。なんでも『強襲艦』と申す人型重機を搭載した、接近戦のためだけの艦隊を率いて、敵を攪乱するという話じゃ。そなたの戦いぶりと、そっくりではないか」

「ああ、その戦いなら知っている。その時の戦闘経験を元に改良し、考案されたのが例の捕獲網による人型重機の回収法が編み出された」

「なるほど、網だけに、編み出されたと申すか」


 ケタケタと笑う姿は、あの死神の時と同じだな。にしても、こいつの笑いのツボが時々分からない。面白いか、今の話。

 にしても、電子書籍という手段もあるというのに、こいつは紙の書籍ばかりを集めたがる。おかげで大きな本棚を買ったのだが、まもなく埋まりそうだ。

 このままでは、宿舎が本で埋まってしまうぞ。それにしても、こちらの文字を覚えるまでが早かったな。書物好きというのは、本当だったようだな。

 が、宿舎にもたらされたのは、書籍の山だけではない。


『カイエン准将閣下のお宅でしょうか? お届け物です』


 インターホン越しに、なにやら届いた。俺は玄関を開ける。


「届け物って、俺は何も注文していないが」

「いえ、ダグラス伯爵様からの贈り物とのことです。では、運び込みますので」

「えっ、運び込む?」


 で、現れたのは豪華なベッドだった。貴族家によくある。豪華な飾りに派手な模様の布団と枕、そしてレースのカーテンで囲むことができる、巨大なものだ。

 添えられた手紙はこちらの文字だったため、スマホで解読する。


『カイエン男爵殿。200年以上前の前王朝時代とは言え、当家の令嬢であることには変わりない。よって、婚姻の記念の品を贈る。貴殿の家の繁栄と、世継ぎの誕生を切に願う。ダグラス伯爵家当主、レオポルド二世』


 ということで、我が家のベッドがいきなり無駄に豪華になり過ぎた。


「おおっ、これで毎晩、励めるな」


 何を励むんだ、何を。それにしても、こんな大きなベッドがよくこの狭い宿舎の寝室に入ったな。そちらの方が驚きだ。

 しかし、書籍の山に豪華なベッド。そのうち、この宿舎から引っ越さなければならなくなるのではないだろうか。頭が痛くなる。

 と、そんな夜のこと。

 いつも通り、俺は寝間着姿で先にベッドにいた。といっても、そのベッドがあまりにも変わり過ぎて、落ち着かない。

 なんだってレースのカーテンなんかついているんだ。外から見られないようにする配慮なのだろうが、こんな宿舎でそんなもの、必要ないだろう。

 などと思っていると、そのレースのカーテンに黒い影が映る。なんだ? 俺は一瞬、その不気味な黒い影に戦慄を覚える。


「ふっふっふっ……」


 だが、この笑い声を聞いて、すぐに正気に戻る。俺はこう叫ぶ。


「おい! 何脅かそうとしているんだ!」


 だが、なかなかカーテンが開かない。仕方なく、こちらから開けようとよると、急にそのレースのカーテンが開く。

 目の前には、あの黒いローブ姿の「死神」がいた。


「ふっふっふっ、今宵はそなたの命の種を、もらい受けるぞ」


 不気味な声で俺にそう語りかけるナポリタンは、その場でローブを一気に脱いだ。そして、俺の上に襲い掛かる。

 やれやれ、変なやつを妻にしてしまった。そう言いながら俺は、やつをベッドに引き入れ、そのまま上からのしかかる。

 230年前の、しかも一度死んで死神となり、死神から死神をクビにされて人間に戻された、元伯爵家の令嬢が今、俺の下で露わな姿をさらしている。

 こんなわけのわからないやつと出会い、一緒になるなんてつい数か月前まで予想すらしていなかった。人生なんて、どうなるか分からないな。

(完)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ