#15 成敗
その日は、とても良い天気だった。前日の夕方に大雨が降ったが、それが朝のうちに渇くほどに気温が上昇、心地よい天候に恵まれつつ授与式を迎えた。
もっとも、その裏にはおどろおどろしい闇が潜んでいるなどとは、大半の王族・貴族らは知る由もない。
「なぜ、わしがこんなものを着なければならんのじゃ!」
「社交界同様、貴族らの集まりの場だからな。まさか黒いローブ姿で行くわけにはいかないだろう」
文句をいう死神だが、そう言いながらもこいつ、意気揚々と着替えていたぞ。案外、気に入ってるのではないか?
銀色の髪を持つ令嬢の赤いドレス姿に、大きな鎌。この不釣り合いな格好の死神を連れて、俺とナポリタンは迎えの馬車に乗り込んだ。
「で、そなたはどのような勲章をもらうのじゃ?」
「さあ……金何等賞とかいうものらしいが、詳しくは知らないな」
「もらう本人が、勲章の等級すら知らぬとはなさけないではないか」
この3日間、それどころじゃなかったから、そんな話を確認している余裕などなかったことくらい、お前もそばで見ていて知ってるだろう。
ガタガタと揺れる馬車の中で、呆れ顔の死神を前に俺はこの先のことを考える。さて、どうにか導入は間に合ったが、果たしてどこまで使えるのか、未知数だ。正直、不安だらけだ。
ちゃんと陛下をお守りできるのか。もしかしたら、そばに立つ宰相だって革命側の者かもしれない。至近距離から陛下が襲われた場合はどうするか、など、様々な想定のもと、司令部内でも念入りに計画が練られた。
その場合は、俺がかばわないといけないんだろうな。一番狙われるのは、陛下が俺の胸に勲章をつけている時だ。その瞬間が、もっとも無防備だからだ。
と、ここまで来ておれは、ふと考える。
今日の勲章授与式でクーデター、すなわち陛下や騎士団長がおっしゃる「革命」が起きると考えてきたが、起こりやすい状況というだけであって、必ずしも今日起きるとは限らない。
もしかすると相手も準備不足などを理由に、次の機会に回してしまうかもしれない。あるいは、歴史的故事に倣うことなく、別の場所での機会をうかがっている可能性だってある。
などと思いつつも、俺は王宮の中庭へと向かう。
なぜかこの国では、勲章の授与式を、屋外の中庭で行うことになっている。理由は定かではないが、前王朝からの慣習で、野戦場ですぐさま戦功を讃えるべく勲章を与えたことがきっかけで、屋外で行うことは縁起が良いものだとされている、とのことだ。
そのおかげで、俺は「あれ」を使うことができるのだが、一方で王座簒奪を狙うとされるスフォルツァ公爵にとっても、この無防備な場所は陛下の命を狙うには絶好の場所だ。
というのも、「仲間」だと思っている勇鉄騎士団が、陛下を囲むように配置されているからだ。それは陛下をお守りするためであるのだが、逆にもしも彼らが陛下に襲い掛かれば、陛下はひとたまりもない。
とはいえ、騎士団は公爵の味方のふりをしているだけであって、まさか襲うわけはない。それを不審に感じたスフォルツァ公爵ら「革命派」は、騎士団に代わって自ら剣を抜いて陛下へ襲い掛かる……というのが、軍司令部の描いている筋書きだ。
中庭には赤い絨毯が敷かれ、少し小高い演台が設けられている。その台の後ろには、剣を掲げる白い騎士の姿の像が立っている。そして、その演台の周囲には勇鉄騎士団と呼ばれる精鋭たちが囲むようにして並ぶ。
精鋭中の精鋭である騎士団である彼らは、国王陛下の護衛のため、このように配置される。俺はその赤い絨毯の端にある末端の席にドレス姿の死神とともに座り、陛下が現れるのを待つ。
やがて、陛下が現れた。そばに立つ宰相閣下が、陛下の前、演台の一段下で羊皮紙を広げ、こう叫ぶ。
「これより、我が王国の英雄であるカイエン男爵への、金二等勲章の授与を行う!」
宰相閣下に呼ばれた俺は、すくっと立ち上がる。並びいる貴族、王族らの前、赤い絨毯の上を歩いて進む。その途中、例の首謀者とされるスフォルツァ公爵家当主、ヨハン様の前を通り過ぎる。公爵というだけあって、貴族の中でも陛下に近い側に座っている。
陛下の立つ壇上の一段下で止まり、俺は一度敬礼して、その場にとどまる。すると陛下がこう述べられる。
「二度にわたる激戦、寡兵をもって敵を翻弄し、これに壊滅的打撃を与えるきっかけを成したこと、我が王国の一員として誇りに思う。ゆえに予は、そなたに金二等級勲章を与えるものとする」
そう陛下が俺に語る。俺はもう一度敬礼し、壇上の上に上がった。そしてまさに側近が差し出した勲章を受け取るとき、異変が起きる。
まったく、想定外の出来事が起きた。
すぐ後ろにいた勇鉄騎士団のシエピ団長が不意に立ち上がり、剣を抜く。そしてあろうことか、その剣を国王陛下の喉元に添える。
「動くな!」
想定外だった。味方だと思っていた騎士団長が、まさか陛下に襲い掛かるとは思いもよらなかった。無論、狙撃兵も配置しているが、今、団長を撃てば、陛下に当たるかもしれず。また団長に当てられたとしても、倒れる際にその剣が陛下の喉元を切り裂く恐れがある。
我々はまったく、手が出せなくなった。
が、そこでいよいよ首謀者が姿を現す。
「はっはっはっ! いかがかな、陛下。ご自身の200年前の王位簒奪と同じ状況を自身がうける、そのご気分は!」
スフォルツァ公爵が、壇上に上がる。すると、数人の貴族らが公爵につられて赤い絨毯の上を歩き、壇上へと向かう。
が、その時だ、陛下が団長に目配せをする。それを見て、うなずく団長。
俺はこの時、何かを察した。
「さあ、これより国王陛下がこれまでの悪行の報いを受けるときである。さ、団長殿よ、陛下の首を斬ってさしあげよ!」
そうスフォルツァ公爵が叫んだ時、団長は陛下の喉元を狙っていたあの剣を翻し、陛下より離れつつこう叫ぶ。
「御免!」
するとシエピ団長はそのままスフォルツァ公爵の背後へと回り込み、今度は公爵の首元に剣を当てた。
と、同時に、勇鉄騎士団らが動き出す。うろたえる貴族らの前を悠々と歩いていた、いわゆるスフォルツァ公爵の一味であった「革命派」の貴族らを捕まえ、剣を向ける。
「ひっかかったな、スフォルツァ公爵、ヨハン殿よ」
「ど、どうして……」
「分からぬか? 勇鉄騎士団は最初から、予の味方であった。そなたの玉座の簒奪に味方していたわけではなかったのだよ」
「く、くそっ、図ったな!」
「はてさて、それはお互い様ではないか。玉座を狙うならば、それ相応の慎重さを備えるべきであったな」
そう国王陛下は告げると、手を振り上げた。そう、彼らの首を斬るよう、騎士団らに合図を送るためだろう。
が、その瞬間、赤い絨毯の上に空から降り立つものがある。
それは、俺が手配し、地球522よりやってきたばかりの人型重機の一体だった。
なぜ、今さら降りてきた? そう思った瞬間、ドーンという音が響き渡る。
それは、人型重機の左腕に付けられたシールドに、何かが当たって爆発した音だ。どうやら、陛下を狙撃しようとした革命派の狙撃兵がいたらしい。その狙撃を阻止すべく、我が隊の人型重機が下りてきたというわけだ。
狙撃阻止をも見届けた陛下は、勇鉄騎士団らにこう叫ぶ。
「我が王国の転覆をはかった罪は、その者の死をもっても償えるものではない。こやつらの首を斬り、その上でこやつらの家を断絶するものとする!」
そう叫ぶと、陛下は振り上げた手を下す。その瞬間、あちこちで騎士たちが捉えた貴族らの首を斬り落とした。血飛沫が、赤い絨毯をより赤く染める。
陛下の足元には、先ほどまで勝ち誇っていたあのスフォルツァ公爵家当主、ヨハンの首が転がってくる。それを足で踏みつけ、陛下はこう述べる。
「やれやれ、とんだ授与式になってしまったな。が、その後ろの、予の命を救ったあの人型重機とかいう騎士は、そなたが手配したものであろう?」
「はっ、左様でございます、陛下」
「ならば、その功も加えて、そなたに勲章を授与するものとする。うけとられよ」
そう言いながら、公爵の首を踏みつけたままで俺の胸元に、金色の勲章をつけた。
ところで、その間、俺の後ろにいた死神は何をしていたかといえば、何もしなかった。
俺が狙われることはなかったし、予想外の勇鉄騎士団の動きにただ右往左往していた、という感じだ。あんな大きな鎌を持っていながら、ただおろおろとしていたのは何とも情けない死神だな。
こうして、俺の勲章授与は、流血を伴いつつも滞りなく終わった。もっとも、勲章をつけている間、まるで俺をにらみつけるように恨めし気な形相でこちらを睨んでいたスフォルツァ公爵の首の光景を、俺は一生、忘れられないだろう。
「やれやれ、そなたなど、誰も眼中になかったな」
とんだ授与式を終えた後に、馬車で宇宙港の出入り口へと向かう途上、死神ナポリタンはそう残念そうに語る。
「それはそうだ。俺など狙ったところで、あまり意味がなかったからな。もっとも、陛下に首の方が斬り落とされていたら、その次は俺の番だったかもしれない」
「わしとしては、その方が望ましい展開じゃったのだがのう」
それはそうだろう。俺専用の死神だからな。そんなやつと、なぜか俺は共に暮らし、風呂にまで入り、同じベッドで寝ている。おかしな話だ。
さて、こうして王国の危機の回避と、俺の勲章授与とが同時に終わった。
が、危機が去ったわけではない。とんでもない知らせが、軍司令部に届く。
「敵、連盟艦隊が中性子星域に向けて進軍中! 3万隻を超える大艦隊が、あの星域に迫りつつあります!」
授与式の翌日のこと、中性子聖域を哨戒していた偵察艦艇から連絡が入る。
「中性子星域に近い地球169、817に遠征艦隊の派遣要請だ。合同艦隊にて、これを攻撃するぞ」
バッセル司令長官の命により、敵の大艦隊への反撃に向けて動き出す。
俺も、ようやく認可された人型重機隊を50隻に搭載しつつ、出撃準備を行う。王国の革命の次は、敵の大艦隊と来た。どうしてこう立て続けに、動乱ばかりが起きるんだ。
「一難去ってまた一難、難儀じゃのう」
脇にいる死神の皮肉にも耐えつつも、俺は自身の戦隊の発進準備を整える。そして、その日の夕刻には、宇宙に向けて進発していた。