#13 罠
そんなこんなで戦艦テリビーレの街を楽しみ、補給を終えて宇宙から帰ってきたら、とんでもないことになっていた。
なんと、俺がこの星の役人に賄賂を渡した、ということにされていたのである。さらにその賄賂の仲介役に、ダグラス家が関わっているとの通報があった。
再び、危機的状況に陥る。
「どう考えても、貴官が役人に賄賂を渡すメリットがないだろう」
と、バッセル大将も呆れた様子だ。確かに、俺に賄賂を渡す理由がない。そもそも、役人に知り合いなどいない。
が、それを受け取ったとされる役人と、その役人が持っている手紙がその証拠だとして、裁判所に提出されたのである。
俺とダグラス家、この両方を狙う相手といえば一人しか思い当たらない。が、今度ばかりは尻尾をつかめなかった。ということは、別人が絡んでいるのか?
「ともかく、軍は全力でこの一件を調査する。我々の持つ科学力で、やつらを追い詰めてみせる」
と息巻く司令長官閣下だが、そこに来客が現れる。意外なことに、その人物はダグラス伯爵家当主の、レオポルド二世様だ。
「司令長官閣下、ダグラス伯爵家当主、レオポルド二世様がお越しになりました」
「レオポルド二世殿が? 分かった、この部屋に通せ」
「はっ!」
バッセル大将の元に訪れたダグラス家当主であるレオポルド二世様は、部屋に入るなり頭を下げる。
「此度の件、我が王国貴族の悪しき者の仕業ゆえ、国王陛下も心を痛めておいでです。まことに申し訳ない」
「いや、レオポルド二世殿が謝ることではない。が、今度のこともやはり、王国貴族の誰かの仕業だと?」
「物的証拠がないのですが、証言はあります。やはりというか、フランチェスカ一世殿の仕業であると」
「その証言は、誰から?」
「賄賂を受け取ったとされる役人というのが、リザンドロ・ガエターノ・ゴリーニと申す準男爵の者であり、この王国の武具の調達を担当している役人であります。で、その者の部下の一人が私に、フランチェスカ一世殿とゴリーニ準男爵との間で密談をかわしている場所を目撃したと」
「目撃だけでは、ただの事務的な会話に過ぎないかもしれない」
「いえ、その時にフランチェスカ一世殿がゴーリエ準男爵に、ダグラス家当主よりカイエン男爵から便宜を図るようにと、金品を受け取ったと証言せよと迫ったと話していたというのです。そしてその場にて、フランチェスカ一世がゴーリエ準男爵に金品を受け渡していたと」
「なるほど、だが、それを裏付ける物的証拠がないと」
「ですが、あちらは物的証拠があると、そう申しておるのです」
「えっ、それでは我々にとっては不利ではありませんか?」
「いえ、そうでもないのです。ともかくこの一件、私に任せてはいただけませぬか?」
と、レオポルド二世様がおっしゃるので、その場はこの方に任せることにした。
とはいえ、軍としてもあまりにも執拗に俺を貶めようとするその男爵に辟易したのか、軍独自に調査を始めることとした。
「どうも、臭うな」
「あの、バッセル大将閣下、この死神は毎日風呂に入れてますし、服も毎日洗濯しております。臭うことはないと思いますが」
「そっちの話ではない。例のフランチェスカ一世の件だ」
「はぁ、そちらの方でしたか。ですが以前より、ダグラス家の地位を狙っているとの話がありますよね?」
「男爵が、いきなり伯爵家になれるわけがないだろう。陥れるにしては、地位が違いすぎる。もっと高い身分の貴族が絡んでいると考えて間違いない。おまけに貴官まで巻き添えとなったというのも、何か裏があると考えるのが当然だろう」
「そうでしょうか?」
「貴官は、戦場ではその勘をいかんなく発揮して敵を混乱しているというのに、こういう政治的、権力闘争的な話になると鈍いな。うかうかしていると、殺されるぞ」
それを横で聞いていたあの死神がニタリと笑みを浮かべる。そっちの方が、こいつにとっては都合のいい話だからな。
「とうとう地上でも命を狙われることになったか。どうじゃ、狙われる気分は?」
本当に嬉しそうだな。満面の笑みで、フードコートにて先日覚えたパフェを食ってやがる。人の命が狙われてると知って食うパフェは美味いか?
「しかし、このイチゴパフェは美味いものじゃ。しかも、この色合いがそなたの流血を見ておるようで、実に微笑ましい」
微笑ましい、じゃなくておぞましいだろう。言葉の使い方がおかしいぞ。
「しかし、ダグラス家だけでなく、俺が狙われる理由なんてあるのか?」
「准将閣下についてはまったくわかりません。とりあえず分かったことは、ダグラス家の役割だけです」
その翌日、俺は軍司令部のビル内の一室で、エイレン中佐と話をしていた。気になったので、副長に命じてダグラス家のことを調べさせていた。バッセル大将のように命を狙われているとは思えないが、何かしら影響力を下げたいという意図は感じられる。俺が貴族社会に出しゃばると、困るやつでもいるのだろうか。そうとしか考えられない。
それが例のフランチェスカ一世とかいう男爵でないとすると、誰がバックにいるのか? 少なくとも、ダグラス家が関係ありそうだな。だからこその調査だったのだが、その回答は拍子抜けするものだった。
「そうか、ダグラス家は王国内で軍務を担っているのか」
「そのようです。今後、ここアウソニア王国でも艦艇を保有し、それを動かせる人員の育成が始まります。それを取り仕切るのが、ダグラス家当主であるレオポルド二世様ということのようです」
「うーん、ダグラス家が軍務を仕切るということで何か困る貴族というものはいつのだろうか?」
「さあ……強いていうなら、軍備品調達の利権を得ることくらいですが、そんなものはさほど期待できない上に、どうせなら交易を始めた方がまだ儲かる話が多いですから」
そうなんだよな。副長のエイレン中佐の言う通りだ。ダグラス家自体が交易に手を出して大きな利益を得ているというならともかく、せいぜい軍務を任されているの過ぎない。
「理由なんぞ、何でもよいわ。そなたの魂が奪えるのならば、わしは口実などどうでもよい」
と、死神にとっては裏事情など興味がないらしい。なんでもいいから、俺が命を失う機会があれば大歓迎といったところか。
うーん、軍務関係か。そんな役割を奪ったところで、誰に何の得があるのか? 金ではないのは確かだ。軍事産業に参入するのであればともかく、ほぼ決まった規格の、決まった兵器をただそろえ、使える人材を育てるという役割に、大金が動くことがあっても、価格が決まっている軍備品とあっては価格をごまかしてお金をかすめ取ることなどやりようがないから、ダグラス家の懐に入る余地がない。
となると、軍備そのものが狙いか? それを使って反乱を起こすつもりだったら、分からないでもない。いや、この星で使える人間が少ない現状では、そんなものを狙ったところであまり意味がないな。
結局、何が狙いなのかが分からないまま、エイレン中佐との会話は終わる。俺はたまった事務仕事をデスク上の端末でさっさとこなす。我が戦隊50隻に新たな装備を搭載するための手続きをしなくてはならない。それが訓練やら社交界やらで遅れに遅れている。次の戦いに備えて、なんとしても早く手続きを完了せねば。
「何やら退屈じゃのう。ここの眺めにも飽きてきたぞ」
ところがだ、仕事の邪魔をするやつがいる。俺専用の部屋をうろうろしながら、ぶつぶつと文句を言いながら窓の外を退屈そうに眺めている。
ここは17階だから、王都を見渡せる。最初はこの高さからの風景に感動していた死神ナポリタンだが、風景など3日もすれば飽きる。今ではこの通り、不平不満を述べるばかりだ。
「そんなに暇なら、食堂でも行けばいいだろう」
「わしはそなたを狙う死神じゃ。片時も離れるわけにはいかない」
本当に邪魔なやつだ。職務中くらい、どこかに行ってくれないだろうか。そう願いつつも、ともかく目の前にある手続きを終わらせるべく、手を動かす。
が、そんな俺に、さらなる邪魔が入る。
「大変です、カイエン提督!」
現れたのは、副長のエイレン中佐だ。
「どうした、敵でも現れたのか?」
「いえ、出頭命令です」
「出頭? 出頭も何も、今俺は軍司令部にいるぞ」
「軍からではありません。国王陛下からですよ!」
なんと、国王陛下から直々に王宮へすぐに出頭せよとの命令が届いたというのだ。当然、あの件だろう。
予想以上に大事になっているようだ。俺はすぐにバッセル大将の元へと向かう。
「陛下の命令とあっては、断るわけにはいくまい。すぐに出頭し、弁明するしかないだろうな」
何とも頼りない司令長官だ。俺一人で王宮に迎えと告げてきた。仕方なく俺は、迎えの馬車に乗り込み、この宇宙港の中にある軍司令部から王宮へと向かう。無論、死神もついてきた。
「賄賂となれば、死刑は免れぬな。楽しみじゃなあ」
嫌なやつだな。いくら神とは言え、死神が忌み嫌われるのはこういうところだろう。人の死を望むなど、言語道断だ。
やがて馬車は王宮にたどり着く。王宮の玄関前に降りて、赤い絨毯の敷かれた長い廊下を歩む。その途中、ダグラス家当主であるレオポルド二世様の姿を見つける。
「もしや、レオポルド二世様も呼ばれたのですか?」
「貴殿が呼ばれたくらいだ。当然だろう」
どうやらこのダグラス家当主は、最初から呼ばれることを想定していたかのようだ。そういえば、この件はダグラス家に任せてほしいと大将閣下に話していたな。何かをつかんでいるのだろうか。
しかし、そこから陛下の待つ玉座の間までは無言で歩くばかりだ。手の内を明かそうとしない。せめてこれから何が起きるのかくらい、話してくれてもよさそうなものだが。
もやもやとした気持ちのまま、俺はレオポルド二世様と死神娘とともに、玉座の間にたどり着く。
「立派な反逆行為であるぞ! この王国では賄賂が死罪に値する行為であることくらい、貴殿らも承知であろう!」
てっきり、フランチェスカ一世が出てくるものかと思っていた。が、出てきたのは別人だ。ミーリア男爵家の嫡男で、ポールマンチーニという者であった。
俺とダグラス家を狙っているのは、あのフランチェスカ一世だけではないということか。さすがの俺も、バックに大物貴族がいると察した。当然、ダグラス家の当主であるレオポルド二世様は承知しているだろう。が、この伯爵様はしゃあしゃあと言ってのけた。
「カイエン男爵が賄賂など、送るはずがない。それを私が仲介したなどと、そのような事実があろうはずがない」
「つまりダグラス伯爵様は、賄賂を渡したことを認めぬと、それを仲介した覚えもないと、そう申されるのですな?」
「いかにも」
涼しい顔で、恫喝するあの男爵を軽くあしらう。が、その男は胸元からあるものを出した。
「果たして、この物的証拠を見てもその顔色を変えずにいられるものかな?」
高く掲げたのは、封筒だ。開封されたその封筒には赤い印のようなものと、その中に折りたたまれた手紙とが見える。
その手紙を取り出し、ポールマンチーニという男爵はその中を読み上げる。
「ゴリーニ準男爵殿。ダグラス家当主のレオポルド二世である。カイエン男爵からの便宜の件、ダグラス家としても是非にお願いしたい。新王国歴201年4月5日。レオポルド二世!」
その手紙を読み終えたポールマンチーニは、それを陛下に見せつつこう述べる。
「筆跡を鑑定した者によれば、これはレオポルド二世様の者であるとのことでございます」
「そうか」
短く、陛下はそうお答えになった。えっ、あんな手紙一枚で、俺が賄賂を贈り、そのことにダグラス家が関わったと認めるの?
と思いきや、陛下はポールマンチーニに尋ねる。
「だが、筆跡など簡単に偽装することはできる。それだけで、英雄であるカイエン男爵と、ダグラス家の関与を認めるにはいささか証拠不足ではないか?」
さすがは陛下だ、正論で返してきた。が、ポールマンチーニはその程度のことでは動じない。今度は封筒の方を、陛下に見せる。
「この封筒に付けられている封蝋は、まさしくダグラス家の家紋。すなわち、ダグラス家から出された手紙であることは明白にございます、陛下」
ああ、あの赤い印は封蝋という、ロウで作られた封印のことか。そのロウの封印はその家独自のものがあり、その模様からその手紙の出し主が分かるという。
その封蝋を、ポールマンチーニという男は俺にも見せつけてきた。確かにこれは、レオポルド二世様の服にも描かれている模様そのもの、すなわち家紋だ。精巧に作られた封蝋であり、他のレオポルド二世様の手紙に付けられた封蝋と並べられ、それが本物であると言い張る。
「ご覧の通り、これがダグラス家の封蝋であることは明らか! つまりこの手紙は、ダグラス家より出された者にございます!」
あんなロウで作った封印こそ、簡単に偽装できそうなもののように思うが、しかしそれを見たレオポルド二世様はこう言われる。
「うむ、確かに間違いなく、我が家の封蝋であるな」
えっ、あっさりと認めてしまうの? そのわりには涼しげな顔で、レオポルド二世様はその男爵に言い放つ。
「そうであろう。となれば、ダグラス家はその男、カイエン男爵と結託して役人に賄賂を……」
「待たれよ。一つだけ、再度確認したいことがある」
「何でございますかな。この物的証拠を前に今さら、何か言い訳でも?」
「いや、その手紙に書かれた日付は、確かに新王国歴201年の4月5日と、そう書かれているのだな?」
「左様。4月5日と書かれておりまするぞ」
それを聞いた瞬間、レオポルド二世様はにやりと笑みを浮かべる。ちょうど死神が俺に時折見せるあのいやらしい笑みにそっくりだ。
「確かにその封蝋は本物だ。が、それが使われていたのは、新王国歴201年の2月までのこと。3月1日より、我が家の封蝋は新しいものに変わったのだ」
そうレオポルド二世様は述べられると、一つの封筒を出された。そこには同じく真っ赤な封蝋がついている。が、それは家紋ではない。
そう、その模様はいわゆる二次元コードと呼ばれるものだ。スマホのカメラにかざすと、その封蝋がどの家のものか分かるという、最新型の封蝋だった。
「4月5日に書かれた手紙には、絶対に使われるはずのない封蝋がなぜ、その手紙に使われているのか?」
「な、なにを申すか! そなた、これが本物だと認めたではないか!」
「かつて本物であった、ということは認めた。が、今は宇宙進出の時代を迎え、それ用の封蝋に切り替えたばかりだ。つまり、3月以降に使われたこの封蝋は本物であっても有効ではない。それに、封蝋を変えたことはすでに、国王陛下に報告済みだ。そして古い封蝋はすでに処分させたはずだが、そのないはずの封蝋の使われた手紙を、なぜ貴殿が持っている?」
「そ、それは……」
形勢が、一気に逆転する。陛下もおそらく、最初からこのことは御存知だったのだろう。あの封蝋が、すでに使われているはずのないものであると。
4月5日といえば、一週間前のことだ。俺は訓練のための準備をしていたころだ。そんなときにのこのこと王国の役場に出向き、賄賂など送っている暇などない時期だ。
「と……ということは、これはすなわちあの役人の嘘であったと、そういうことでございますな。私が今から出向き、ゴリーニ準男爵めを捕まえまする」
「と、その前に、どうして処分したはずの封蝋が、そんな役人ごときの手に渡るというのだ? 悪用されることを恐れ、厳重に処分させたはずの前の封蝋が、およそ準男爵の手に渡るはずなどないのだがな」
「そ、それも含めて、やつには白状させます。しばしお待ちを」
そういって、ポールマンチーニという男爵の嫡男は、いつの間にやら玉座の間を立ち去る。
「……やれやれ、ちょうど封蝋を入れ替えた直後のは幸いであったな」
「左様でございます、陛下。しかし、やはり……」
「うむ、看過できぬことが起きているのは、間違いない。本来、処分する封蝋の印は一旦、王宮にて預かる。その上で王族らの眼前で処分させるものだ。それが何者かの手に渡ったとなれば、この王宮内に不穏なうごきがある、ということにもなりかねぬな」
などと物騒なことを仰せになる陛下。これは、予想以上に大事だ。
が、だからといって、俺がそれ以上にかかわれることもなく、ともかくそれからしばらくはこの伯爵様と陛下の会話に付き合う羽目になった。
ようやく解放されたのは、日が暮れてからのことだ。
「やれやれ、疲れたな」
俺がぼやくと、死神のやつはこう言い張る。
「わしの方が疲れたわい。せっかくそなたに重罪が課せられて、そのまま処刑されるものと思うておったというのに、残念極まりない」
まあ、こいつと話をしてもこんなものだ。基本的には俺の死を望んでいる相手だからな。会話したところで、成り立つわけがない。
で、王宮へ向かう時は馬車が出たというのに、帰りは歩く羽目になる。疲れによって重い足取りのまま歩く俺は、そういえばやり残した仕事のことを思い出した。
せめてあれを終わらせてから帰りたい、そんなことを考えながら、宇宙港の街と王都とを隔てる高い壁の近くまで来た。あの入り口を潜り抜け、俺の車を呼び寄せて軍司令部に戻ろう。そんなことを考えていた。
が、その時だ。
死神のやつが、いきなり俺の正面に立ちはだかる。
何をするのかと思いきや、いきなり俺の両肩を手で押してきた。俺はそのまま、後ろに倒れ込む。
倒れながら、目の前に銀色の何かが通り過ぎるのが見えた。