#12 戦艦街
「な、なんじゃこりゃあ!?」
ナポリタンが驚くのも無理はない。全長が5000メートルの巨艦が今、目前にいるからである。
「5101号艦は、1番ドックの使用を許可するとのことです」
「戦艦テリビーレの管制塔に、了解したと伝えよ」
「はっ!」
訓練での補給のついでに、軍司令部と司令長官に今回の遭遇戦の報告を求められていた。だからこそ、艦橋真横の1番ドックへの繋留が認められた。
通常ならば、艦橋から離れたドックへ繋留させられ、そこから艦内の地下鉄に乗って艦橋を目指す。艦内の街へのアクセスも、艦橋から行えるようになっている。
その地下鉄に乗る手間が省けるだけでも、ありがたいことだ。
その代わりに、戦闘報告をするという手間が加わるが。
「1番ドックより、繋留ビーコン受信!」
「進路補正、右、0.6!」
「繋留ロックまで、あと500! 両舷前進最微速!」
俺を乗せた戦隊旗艦である5101号艦は、戦艦テリビーレの艦橋横のドックに向かって真っすぐと進む。艦橋だけで、この駆逐艦5隻分の大きさはある。
しばらくして、我が艦はその艦橋の真横に立つ2本の柱の間に突入、その柱から伸びた繋留用アームが艦首をつかむ。ガシーンという音と同時に、艦はロックされて止まる。
「繋留ロック作動、艦固定よし!」
「両舷停止! エアロック接続用意!」
艦底部にある戦艦との連絡通路接続用の出入り口に、チューブ状の通路が接続される。ガンッと音が響き、戦艦とこの駆逐艦とが接続されたことを知らされる。
「戦艦テリビーレより、乗艦申請了承との返信あり」
「艦内放送を」
艦長が、通信士からマイクを受け取る。
「艦長のニアーズ大佐だ。戦艦テリビーレ管制より、艦隊標準時1800(ひとはちまるまる)に乗艦許可が下りた。乗員は速やかに戦艦テリビーレへ移動せよ。なお、24時間後である翌1800に出港する。30分前までに帰艦せよ。以上だ」
この艦長の声を合図に、艦橋内にいる乗員らが一斉に立ち上がる。
「うーん、やっとこの狭い艦から出られるわぁ」
「ねえ、どこに行く?」
「どうしようかなぁ」
「じゃあさ、第3階層にあるカフェに行かない?」
女性士官同士が何やら話している。それを聞いていたナポリタンが、俺にこう尋ねる。
「なあ、カフェとは何だ?」
「お前、カフェならすでにショッピングモールで何度も見ているだろう」
「知らぬ。わしはカフェなどという店を知らぬぞ」
ああ、そうだった。こいつはいつもナポリタンしか食べないから、カフェなど興味がないと思い、これまで特に言及したことがなかった。
「コーヒーや紅茶、軽食やデザートの出る店のことだ。お前、見たことはないか?」
「うむ、そういえば緑色の看板の店に、茶を出す店があったような気がするな」
一応、とあるカフェ店の記憶は残っているらしい。ただ、どんなものがあるかも知らないまま通り過ぎていた。
が、女性士官らの言葉を聞いて、カフェというものに興味を抱いたようだ。
「悪いが、すぐに街には行けない。ついさっき、戦闘をやったばかりだ。その報告をする義務がある」
「げ、またあのバッセル大将とやらに会いに行くのか」
「それが仕事だ。仕方あるまい」
「なんじゃ、楽しみにしておったというに、すぐに街には行けぬのか」
不満げな顔の死神だが、別に俺についてくる必要もないのに、べったりと着いてくるお前がどう考えても悪い。なのに、どうして俺がその不満げな顔を向けられなきゃならないんだ。
「失礼いたします」
で、戦艦テリビーレの艦橋内にある司令長官室に入る。そこには、他の将官も3人いた。すぐにそれが、軍参謀の方々だと分かる。
「……で、そのレーダー士が艦影を捉え、それが敵だったと」
「はい、偶然とはいえ、レーダー士の観測眼に救われました」
「うむ、軍としてもその者の待遇を考えねばならぬな」
俺は正確に起きたことを伝えた。中には、まるで自身が敵を発見したかのように報告する者もいると聞くが、それで自身の株を上げてまで評価を上げようとは思わない。
俺は自身の果たすべき役目を果たし、それに貢献した部下をありのままに評価する。それを信条とし、これまでやってきた。
だいたい、他人の実績でのし上がったやつに碌なやつはいない。どこかで、ぼろが出る。だから正直でありたいと思っているわけではないが、命を救ってくれた者に報いなければ、結果として彼らに見限られて命を失う羽目になってしまう。
そうだ。そう言われてみれば、この死神にも何度か救われたんだったな。それを本人に話すと、やつは俺の命の危機が迫ったときに表情を変えなくなってしまうから、俺はそのことを黙っている。が、おかげで戦隊が救われたのは事実だ。感謝しなくてはならない。
と、そこでふとあの本物の死神のことを思い出した。そうだった、今度あれをやったら、命を奪うと脅されたばかりだったな。いかんいかん、今度は気をつけねばならないな。
が、これまでのこともある。少なくとも、何か報いるとしようか。
「なんじゃ、さっきからじろじろとわしの顔を見おってからに」
口には出さないが、何かこれまでの礼をしようと考えていたら、どうやら俺はこの死神の顔を凝視していたようだ。俺は答える。
「そういえばお前、さっきカフェに行きたいと言ってただろう」
「行きたいなどとは申しておらぬ。ただ、どのような店かと聞いただけのことじゃ」
「そうか? さっきの女性士官らの会話を聞いて、興味津々な様子だったぞ」
「べ、別に興味など持っておらぬ。ただ、彼女らが行きたがるところとは、どのようなものがあるのかと気になった、というにすぎぬ」
本当に素直じゃないな。カフェに行ってみたいと、一言いえば済むというのに。
まあいい、実際に連れて行ってみれば、嫌でも表情に現れる。そんな奴だ。そういうわけで、俺はエレベーターへと向かう。
数百メートル下にある、街につながるエレベーターだ。そこに数十人がぞろぞろと乗り込む。周りの視線は、あの大きな鎌を持った死神に集まっている。
「准将閣下、このような武器を持つ者を艦内に入れるのは……」
「大丈夫だ。この通り、この鎌は手で触れることができない」
「あの、准将閣下。もしやこの者は、第21独立戦隊でカイエン准将閣下に付きまとっていると噂の、死神でしょうか?」
「ああ、そうだ」
どうやら噂にはなっているらしいが、黒いローブ姿に大鎌を抱えているわりに、恐怖を感じられない愛らしい顔をしたこの死神に、皆は戸惑う。
しかしだ、そういえばショッピングモールでもそうだったが、ここでも毎回あの言い訳をしなくてはならないのか。面倒だな。などと考えているうちに、エレベーターの扉が開く。
開いた扉を降りる。正面には、ホテルのロビーがある。そう、ここは街の最上階に当たる場所で、艦橋から降りるとまずこの街の壁際にあるホテルの玄関口に出るというわけだ。
「なんじゃ、これが街だというのか? なんともただの受付のようにしか見え……」
ナポリタンがそう言いながら、ふと明るい背後へ振り返る。そこには、ガラス越しにあるものが目に入る。
4、5階建てのビルが、碁盤目状にずらりと並ぶ。奥行は400メートルあるが、それを真上から見下ろせる。すぐ上には、いくつもの太陽のように明るい照明がずらりと並んでおり、眼下のビル群を照らしている。
が、碁盤目状に並んだビルの間には歩道があるが、その歩道はくりぬかれており、その下の階層が見える。さらにその下にも階層があり、一番下の階層では車が走るのが見える。
この光景を、例える言葉を失ったようだ。高さは150メートル、ずっと真下には大勢の人々が歩く様子が見え、そのビルの1階にはにぎやかな看板を掲げた店がいくつも見える。
「これが、この戦艦テリビーレの街だ。4層からなり、それぞれの階層には人が住む住居ビルが並ぶが、そのビルの下の階はたいてい店になっており、そこで人々は買い物を楽しめるようになっている」
何か言いたげだが、驚きのあまり声が出ないらしい。そんな死神に俺は、こう言い放つ。
「まずはホテルの部屋を確保するぞ。街に行くのは、それからだ」
俺がそう告げると、分かったのか分からないのか、ともかく首をコクコクと縦に振って答える。そんな死神を連れて俺は、ロビーへと向かう。
「あの、そのような武器はホテルに持ち込むことは……」
「あー、このとおり、バッセル大将より許可が下りている。それに、これは幻の鎌であって、この通り触ることができないから……」
面倒な言い訳を済ませて、ようやくホテルの一室を借りることができた。というか、こいつと同じ部屋で過ごすのか。まあ、いつも通りといえばそれまでだが、せっかく気晴らしに戦艦の街に来たというのに、気が晴れない。
で、俺はスマホで街をチェックする。あの女性士官が言っていた第3階層のカフェとは、ここのことか? そう当たりをつけて、再びエレベーターに乗り込む。
透明なエレベーターから見える街並みに落ち着きのない死神だが、周りは周りで、あの大きな鎌を見て気が気ではないはずだ。が、噂は思いのほか、流れているようで、それをいちいち尋ねる者はいない。中にはそっとそれに触れようとするものまで現れる。
「あの、この店では……」
「大将閣下の許可証だ。それにこれは、幻の鎌だから問題はない。噂を聞いていないのか?」
だんだんと説明するのが面倒くさくなってきた。ここはショッピングモールなど比ではない広さだ。道行くたびに、警備員や将校、下士官らにいちいちこの大鎌の説明を求められる。
で、やっとカフェにたどり着いた。そこはビルの2階まで席があり、その窓際の席に座る。
「なにやら、見当もつかぬモノが描かれておるぞ。わしは何を頼めばよいのじゃ?」
「まあいい、この店で女性に人気のモノを頼んでやるから、任せておけ」
そう言って俺は、注文用のタッチパネルを押す。しばらくすると給仕用のロボットが迫ってきて、そのアームでささっと注文の品を置いて去っていく。
「……なんじゃ、この赤と白の飲み物と食い物は?」
イチゴのフラペチーノに、イチゴパフェを頼んだ。季節柄、ちょうど我が地球522の北半球は春だ。それもあって、春にふさわしいとしてこのメニューが一番人気となっている。それを頼んでやった。
で、俺はといえば、エスプレッソコーヒーに、チョコレートパフェだ。あまりに対照的な色合いに、しばらくはその両者を眺めては俺に尋ねる死神。
「これは、どうやって食うんじゃ?」
「こっちはストローから吸い込むんだ。ちょっと冷たいぞ」
「……うむ、確かに冷たいな。だが、甘い」
「それを言ったら、こっちはもっと甘いぞ。ほれ、この長いスプーンですくい取るんだ」
体温のない冷たい身体ではあるが、太陽灯のすぐ下を歩き回って上昇気味のこの死神の身体にとっては、この冷たさは心地よいらしい。
「うむ、確かに甘い。そして、冷たい。なんと心地よい冷たさじゃ。このようなものを、カフェとやらが扱ってるなど知らなんだぞ」
「お前がナポリタンばかり食うからだ。だからたまには違うものも食べてみろと言ったんだ」
ガツガツ、ずるずるとそのイチゴのスイーツを交互に飲み食いするナポリタンだが、そのうちに俺の食べているパフェが気になったらしい。
「それもどうせ甘味であろう。少しよこせ」
といって、いつものように横取りしてくる。こいつは本当に遠慮がない。狙うのは、魂だけにしてくれと思う。
「……何やら苦みが少しあるが、不思議とそれが悪くないな。ところでそなた、その黒い飲み物は何じゃ」
「これはエスプレッソといって、かなり苦みの強いコーヒーだぞ」
「なあに、苦みが強いと申しても、どうせ大したことは……」
などと勝手に一口それを口に含むと、その苦みが死神の口内を襲ったようだ。
「うげぇ、何じゃこの苦さは。何故このように苦いものを飲んどるのじゃ」
「その後に、甘いものを食べるんだよ。すると程よく口の中で混ざり合って、絶妙な味に変わる」
「……うむ、本当じゃな。甘味のくどさを、うまく苦みが消し去ってくれとるわい」
こうしてこの死神は、カフェというものの存在を知ってしまった。これは帰ったら、すぐにショッピングモールでも行きつけになりそうだな。
と、ここで俺は急に、妙なことを考える。
もしかして、これはいわゆる「デート」というのではないか?
大鎌を握った死神ではあるが、外観上は女だ。しかも、俺は独身の男。そんな二人が並んでカフェでお茶を楽しんでいるこの光景は、デート以外の何物でもないな。
とはいえ、こいつの目的は俺の魂を奪うことであり、俺はそれに付き合ってるだけだ。やはりこれをデートと呼ぶのはいささか無理があるだろう。
と、死神にスイーツを試させた後で、俺とナポリタンはホテルへと戻る。その一室の前に立つと、カードを当ててドアのロックを解除する。
「駆逐艦よりは広いのう。悪くないところじゃな」
「部屋だけじゃない、ここは風呂も個別についている」
「なんじゃと? 他の男どもと同じ風呂に入らなくても済むというのか」
「大浴場というのもあるが、そんなところにはいきたくないだろう、お前は」
「当たり前じゃ。そなた以外には、わしはできれば素肌をさらしたくはない」
なんだ、いつも駆逐艦の男風呂に突入してくるが、あれは嫌々だったのか。まあ、それは当然だろうな。いや、待て。俺以外にはと、今言わなかったか?
「おい、今の言葉、どういう意味だ?」
「そんなことよりも、さっさと風呂に入るぞ。ここにいられるのは短時間なのじゃろう?」
「まあ、それはそうだが」
「ならばさっさと寝て、明日は別の店もいくぞ。古めかしいが、何やら味のある店が多いと見た。これは探索せねば」
この戦艦テリビーレは、艦歴120年の老朽艦だ。その分、ここには老舗が多い。
その120年ずっと続いている店も半数ほどは存在する。古いが、味がある。そう死神が表現する通り、ここにはそれなりの歴史のある店が多く存在している。
もっとも、この死神の230年にはかなわないが。