#11 訓練
「なんじゃんと? もう宇宙に出るのか」
社交界から3日後、ナポリタンが宿舎内で夕食を摂りながら叫ぶ。
「そうだ。出発は明後日、今回は戦いではなく、訓練目的だ」
「訓練……まあ、確かに軍人であるそなたらは、訓練が必要じゃな」
社交界ではドレス姿、寝るときは寝間着姿だというのに、平時の昼間は死神らしく黒いローブ姿をしている。いい加減、その格好ばかりするのはやめたらどうなんだろうか。
「何を言うか。これが死神の『正装』なのじゃ。譲るわけにはいかぬ」
と思って何度か説得を試みるが、結局いつもこういう回答だ。これを着なければならないルールがあるのだろうか。
そういえばこの死神、本物の死神によって死神にされたというが、死神が大鎌を使って魂を切り離すことは知っているものの、なぜそうしなくてはならないかまでは聞かされていないようだった。その後も、どうすればいいかを知らないままだという。どこまでこいつは死神の役目を知っているのか、疑問に思う。
まあ、人も生まれながらにして本能的に行動している部分というのはある。死神にとっては、死者の魂を切り離す行為は本能なのだろう。本能的な知識以外のことを何も知らない、そういう感じの死神が、今のナポリタンだ。
ローブを着てるのも、おそらくは本能的にやってることなのだろう。だから、理由らしい理由もなくそれを着ている。それだけのことだと、割り切ることにしよう。
ということで、翌日は進宙前の夜ということで、ショッピングモールで外食することにした。先日買った車に乗り込み、自動運転モードで起動する。
「ショッピングモールへ」
俺が一言、そう話しかけると、この買ったばかりの車は颯爽とショッピングモールへと向かう。
「おお、御者要らずの馬車のようであるな。今まであの市場まで歩いておったが、これは楽じゃ」
新車の乗り心地と便利さに、この死神も喜んでいる。今まではこの大鎌のおかげでタクシーから乗車拒否されていたからな。自身の車ならば、そういうことはない。
「ところで、今日の夕食はどこで食うのじゃ?」
「そうだな、軽くフードコートで何か食うか」
「なんじゃ、せっかくの外食じゃというのに、またフードコートか」
「どうせまた、ナポリタンを食うつもりだろう。別にいいじゃないか。それに、訓練終了後には戦艦テリビーレに立ち寄るから、そこで豪華なものを食えばいい」
「戦艦、テリビーレ? なんじゃそれは」
「訓練は3日間に及ぶ。我が戦隊は砲撃よりも機動力を高めるための訓練だから、燃料を使いつくすことになる。となると、訓練終了後に一度、補給を受ける必要があるからな」
「なんで船が燃料を使いつくすと、戦艦に立ち寄ることになることになるんじゃ?」
「戦艦というのは駆逐艦用ドックがあって、そこで補給作業を受けられるんだ。その補給作業の間、戦艦の中にとどまることになる」
「なんじゃ、戦艦には大きな食堂でもあると申すか」
「食堂どころではない、街がある」
「ま、街!?」
普段は狭い駆逐艦の中しか知らないから、街がある宇宙船が存在するなど、想像すらしていないようすだ。
「街といっても、この宇宙港の街とは少し様相が違う。400メートル四方、高さ150メートルにくりぬかれた空間の中に、4階建てほどのビル群を4層にわたって積み上げたものだ。そこには当然、ショッピングモール以上の店が立ち並ぶ」
「なんじゃと、それは楽しみじゃ」
「だが、訓練が終了してからの話だ。明日から3日間、まずはみっちり機関音と砲撃音にさらされることになるからな」
「三日間も、あのやかましい音を聞かされるのか。厄介じゃのう」
「その後の楽しみのための試練だと思え」
などと話しているうちに、気づけば駐車場に着いていた。俺とナポリタンは車を降り、ショッピングモールへと入っていった。
「あら、ナポリタンちゃん、今日も物騒な格好だねぇ」
「しかたなかろう、わしは死神じゃ」
「でも、この服も似合うよ。たまには着替えてみたら」
ここの住人も、この死神の存在に慣れてきた。最近では、声をかけてくる店員も多い。
だが、こいつは寝間着以外の服を買おうとしない。ショッピングモールの中は、服を売る店がかなり多いが、そういうものに一切興味がない。あの社交界の時だけは珍しくドレスを仕立てたが、あれにしたって社交界でなければ着ることはない。
普段はこの、不気味な黒いローブ姿だ。
一応、夜中に毎日洗濯、乾燥しているが、それでも毎日よく同じ服ばかり着られるなと、感心してしまう。周りには知られていないが、あの下には下着などは着ておらず……と、その前にこいつは生きてる人間ではないからな、その辺りのことはいちいち告げる必要はない。
「やはり外で食うナポリタンはうまいな」
ナポリタンがナポリタンを食うというややこしい状況は、このフードコートで食事をする度に見られる光景だ。別に自宅ではパスタを食うことはほとんどないが、ここに来るとなぜかナポリタンばかりだ。おかげで、パスタ店の店員に何も言わずとも、この死神が現れるとナポリタンが作り始められる。
「お前、そればっかり食ってると、栄養が偏るぞ」
「死神には不要なのじゃよ。にしても、そなたの食っとるそのハンバーグとやらも、気になるのう」
といって、俺のハンバーグの端を勝手にフォークで切り裂き、そのまま突き刺して口に運ぶ。
「おい、何勝手に人の料理を食ってるんだ」
「たった今、そなたはナポリタンばかり食うなというておったではないか。だから、他の物も食った次第じゃ」
要するに欲しかっただけだろう。それならそうといえばいいのに、相変わらず素直ではない。しかし、こいつの行動はいつも自分に正直だ。
おかげで顔の表情にも出やすいし、その表情を見て自身の死を避けることができた。だが、次にその手を使ったら、例の本物の死神が現れて俺の命を奪うかもしれない。
そうならないためにも、今度の訓練で練度を上げておかねば。
「機関出力上昇、繋留ロック解除! 抜錨、駆逐艦5101号艦、発進!」
「両舷微速上昇! 5101号艦、発進します!」
艦長と副長の号令で、我が5101号艦は浮上を開始する。と同時に、ヴェローニア港から複数の艦が発進するのが見える。すべて、我が戦隊の艦ばかりだ。
艦橋の窓には、あの死神がへばりつくように地上の様子を見ている。もう4度目の宇宙なのだから、珍しい光景というわけではなかろうに。ああいうところは、まだ好奇心旺盛な19歳の貴族令嬢といったところか。
「いやあ、フィオレンティーナが小さくなっていくのは、いつ見ても面白い。おまけに、我が大地が青く丸いのにも感動じゃ」
それから機関の全速音に耳をふさぎつつも、スイングバイの際に通り過ぎる地球1064の姿にあっけにとられつつも宇宙に出た後に、あの死神から出た言葉だ。
「そんなに面白いかなぁ。別に普通だよ、普通」
「そなたはしょっちゅう見とるからそう思うだけじゃ。空を飛ぶこと自体、不可思議じゃというのに、さらにその上の宇宙という場所がこのようなところであったなど、知る由もなかったぞ」
「変なところに興味津々なんだね、ナポリタンちゃんって」
「それじゃ聞くが、そなたは何に興味があるんじゃ」
「そりゃあ当然、スタイリッシュな服着て、コスメして、ネイルして……」
「そなたが何を言っとるのか、さっぱり分からん」
俺が朝食を食べているその脇、食堂の片隅で会話する二人。古風な貴族令嬢と、現代人との差という文化に加え、相手は死神だ。通じなくて当然だろう。俺でも時折、分からないことをこのコナー曹長はしゃべっている。
「ところで、コナーよ。そなた、子は成さぬのか?」
「は?」
急に妙なことを死神が言い出した。コナー曹長は一瞬、凍り付く。
「よう分からぬが、要するにそなた、身なりを整えたいと申しておるのであろう。となれば、気になる殿方に好意を寄せてもらおうと。すなわち、子を成すことを考えておるのではないか?」
「ちょ、ちょっとなんで死神のナポリタンちゃんに、いきなり子供を産むことを説かれなきゃいけないのよ」
「別に女子であれば普通ではないか。それにじゃ、死神というものは、逆に生に対しても敏感なのじゃよ。そなたからはなにやら、そのような匂いがプンプンしておるのじゃがな」
「に、匂いって、なんのことよ」
「単刀直入に言うと、好きな男がおるのじゃろう?」
なんだ、死神ってそんなことも分かるのか。図星だったのか、それを聞いて顔を真っ赤にするコナー曹長は、こう反論する。
「ど、どっちだっていいでしょ! だいたい、ナポリタンちゃんはどうなのよ」
「わしはすでに死んだ身じゃ。実を言えば230年前に、本来であれば隣国のドライセン王国のとある伯爵家に嫁ぐはずであったのだが、向かう途上に、そのドライセン王国との関係悪化を知らされて、王都フィオレンティーナへと戻る途中であったのじゃ」
「へぇ、そうだったんだ」
「ところがじゃ、そこに現れたドライセン軍の兵士に襲われてのう」
「えっ、襲われた?」
「そうじゃ、おかげでわしの乗った馬車の御者や兵士が幾人もやられたのじゃ」
「おい待て、執事から聞いた話では、死神に直接、殺されたのではなかったのか?」
急にナポリタンが、230年前の事件の話をし始めた。ところがその話は、あの執事が言った話と少し違う。それで思わず俺は、割って入った。
「あの記録が間違っとる。正確には、あの死神は襲われて死んだ者たちの魂を刈り取りにきただけなのじゃ。だいたい死神とは、死んだ者の魂をあの世へ導く神であって、自らが殺すことなどほとんどない。ところがじゃ、わしの未練だけがあまりにも大きすぎて、それでわしの魂を奪い取れなんだ。だからわしは死神にされ、時が来るまで地に埋められたというわけじゃ」
「何でそんな大事な話、今まで隠していたんだ」
「隠しておったわけではない。ダグラス家の執事ラディーチェが、わしに本当の名を教えてくれてからその後、徐々にあの時の記憶がよみがえってきただけじゃ」
これは新事実だ。別にナポリタンも隠していたわけではなく、記憶がよみがえってなかっただけだった、ということのようだ。だとすると、本物の死神というのは直接人を殺すことはないのだろうか? あの時の脅しは、単なるハッタリなのか?
いや、そればかりは確証がない。死神は時として人を殺すという伝承もあることはある。自身の星である地球522での文献ではあるが、そういう話がある以上、死神は人を殺さないと断言はできない。
それ以上に今、こいつは大事なことを言った。この世に未練があって、それがゆえに死神にされた、と。その「未練」とはなんだ?
「お前を死神に変えなくてはならないほどの未練、それは一体なんだ? そう言えば以前も執事の話でも『やりたいことがある』と死神にそう呟いたと話していた。お前をこの世に縛り付けるその未練とは、なんなのだ?」
「さ、さあ、そこまではわしはまだ、記憶を取り戻しておらぬ」
そう答えつつ、ナポリタンをガツガツと食い始める死神ナポリタン。だが、明らかにこいつは嘘をついている。顔の表情を見れば、一目瞭然だ。
が、ここで追及したところで、こいつは話さないだろうな。まあいい、いずれ何かの機会に問い詰めるとしよう。
しかし、こいつの持つ未練、そして「時」が来て今、死神として復活した理由。この両者には何らかの関係があるのだろうか。決して無関係ではないな。
そんな死神を乗せたまま、我が戦隊50隻は惑星外縁部に来ていた。近くには、巨大なガス惑星が見える。
青白い色に、大きな渦が表面に見える。その渦の中の風速は時速2000キロというとんでもない速度で吹き荒れているが、まあそんなことはどうでもいい。
わざわざここを訓練場に選んだ理由がある。それは、この惑星の引力によって引き寄せられた小惑星群があるからだ。
さらに内側の軌道にも小惑星帯はある。が、その場所よりも密度が薄く、かつ不規則な動きをしているため、敵の艦隊とみなすのに具合がいい量と動きをしている。
「あと3分で訓練を開始する。全艦に打電せよ。なお以降、敵艦隊とみなしたあの小惑星群を『模擬艦隊』と呼称せよ」
「はっ!」
訓練とはいえ、電波管制と灯火管制を敷いている。味方艦隊に見立てた衛星群からのデータリンクを頼りに、その小惑星群の側面にたどり着く。自身のレーダーが使えない状態でも、敵の位置を正確に予測し、接近することが我が戦隊にとっては重要な訓練だ。
「模擬艦隊、側面! 距離およそ5万キロと推測!」
「よし、全艦に伝達、電波管制解除、全艦、砲撃戦用意!」
「はっ、電波管制解除、砲撃戦用意!」
レーダーが復活する。途端に正面モニターに艦影――この場合は小惑星群だが――が多数現れる。
そのほぼ列をなして並ぶ小惑星群の側面から5万キロの地点に、我々は到達していた。
「全艦、砲撃開始!」
俺は号令を発する。後ろにいる死神は、耳をふさぐ。キーンという充填音が数秒続き、直後に砲撃が始まる。
「このやかましい音は、なんとかならんのかのう」
ナポリタンのやつは苦言を呈するが、死神のいうことなど聞いてられない。次弾が装填されて、さらに砲撃が続く。
3発放ったところで、俺は号令を発する。
「全艦、全速前進!」
実際にこの宙域にあるのは、あの巨大ガス惑星に引かれて並ぶ小惑星群だが、近くにいる戦艦テリビーレから送られるデータが重ねられる。
つまり、あの小惑星群があたかも敵の艦隊のような振る舞いをする。あくまでも、モニター上の話ではあるが。
模擬艦隊から、ビーム砲火が飛ぶ。窓の外は真っ暗だが、レーダー上は無数のビーム砲火が映っている。それを避けるように全速で進み、模擬艦隊の背後に回り込む。
今回は、その後方にいる戦艦隊からの砲撃も考慮してある。何もない空間から、モニター上ではビーム砲が放たれる。当たれば、当たり判定を受けてその艦は「沈んだ」ことにされる。
この戦隊が結成された直後には、最初の側面砲撃の時点ですでに10隻以上を「撃沈」させられていた。が、今や我が戦隊も慣れたものだ。その程度では沈まない。
後方からの戦艦隊の砲撃をも加味しつつ、次の攻撃のタイミングを探す。俺はある一点を指し、そこで停船するよう全艦に伝える。
「停船後、砲撃開始だ、俺が離脱指示をするまで砲撃続行!」
本番さながらの訓練だ。前回、戦艦隊の砲撃開始までに三発は撃てた。今度も、三発を撃った後に離脱する。その心づもりだった。
が、突如、報告が入る。
「5113、5132、5145号艦、撃沈!」
しまった、思いのほか早く、正面の模擬艦隊からの反撃が来た。俺はすぐさま全艦に全速前進を命じる。
それから幾度か停船し、砲撃を加える。が、戦艦テリビーレからくる模擬砲撃のデータは、予想以上に苛烈だ。二撃放ったところで、犠牲が出る。その度に移動を繰り返し、攻撃を加える。
とまあ、初日の訓練はこんな具合に進んだ。結果として、10隻が沈み、模擬艦隊15隻の撃沈確実を得た。数の上では、どうにか勝利をつかむことができた。
もっとも、一隻でも沈めばただでさえ少ない我が戦隊は攻撃力が減る。実戦だったら、人が死んでいる。さらなる訓練で、敵の攻撃を予測し避けせねばなるまい。
「つまらんのう」
ところがだ、そんな訓練を1時間以上続けた後の夕食で、こんなことを言い出すやつがいる。
「訓練が面白いわけではないだろう。だが、こっちは生き残るためにやっているのだ」
「そうはいうても、本物の戦ではないのであろう。誰も死なないのでは、死神のわしとしてはつまらんだけじゃ」
死神らしいコメントを放って、ナポリタンはナポリタンを食っている。こいつ、ほんとにこのパスタがお気に入りなようだな。
「そういえば、鉄壁騎士団の訓練の時の話が書物に書かれておったな」
「おい、訓練風景なんて、わざわざ書物として残すのか?」
「大変な訓練が行われたそうじゃ。なんでも、猛獣らがひしめく森の中でそれは行われたという」
「猛獣、か。クマとでも戦ったのか?」
「よく出会ったのは、オオカミの群れじゃ」
「オオカミか。騎士団なら、相手にならないのでは?」
「そうでもない。相手は小さい上に、すばしっこい。重装備の騎士団なれば、周りを囲む数十頭のオオカミの群れに勝つのは容易ではなかったそうじゃ。現に、三人がオオカミに腕を噛まれ、けがをしておる」
「なるほど、騎士団も大変だったんだな……で、他には?」
「クマに出会ったこともあったそうじゃ。しかも、相手は3頭」
「3頭程度ならば、鉄壁騎士団の敵ではないのでは?」
「そうでもない。やつには槍が効かぬ。刺した先が悪いと、最悪、槍が折れてしまう」
「えっ、そうなのか?」
「そうなると、盾で防いでいる場合ではない。抜刀し、数倍の大きさの3頭のクマに戦いを挑むほかあるまい」
「それはそうだろうな……で、けが人は出なかったのか?」
「いや、さすがに死人が出た」
「訓練なのに、死者が出るのか?」
「それほどまでに厳しい訓練をしておるのじゃよ。それに比べたらここの訓練とやらは、ただ戦の真似事にすぎぬ。どうせならば、野獣ひしめく森にでも突っ込んだ方がよかろうて」
せっかくの逸話を紹介してくれたナポリタンには悪いが、宇宙にはそんな野獣のいる森はない。だいたい、訓練で命を失っては本末転倒だ。だから、模擬戦闘に模擬攻撃で本物の戦闘以上の厳しい状況を作り上げている。
そして、同様の訓練は二日目も続く。
「全速前進! 模擬艦隊の右翼側を捕捉しつつ前進だ!」
次の狙いを定めつつ、前進を続ける。この時点ですでに、二隻を失っている。これ以上、失うわけにはいかない。かといって、消極的行動は我が戦隊の存在理由をなくすことになる。ギリギリの駆け引きが、次の砲撃でも続く。
で、気づけば6隻撃沈、一方で敵は17隻沈めたという判定になった。
「なかなか、被害をゼロにはできないな」
「ええ、我々の実力とは、この程度なのかもしれません」
やや含みを持たせる言い方だが、副長のエイレン中佐が言いたいのは、死神の表情を読むことができなければ、被害を抑えられないと言っているに等しい。
「やれやれ、クマかオオカミでも相手にしないと、練度は向上しないのだろうか」
「えっ、クマやオオカミ!?」
突拍子もないことを言い出した俺に、怪訝な顔を見せる副長。まあ、不可解なことを言ったことは自覚している。あの死神の逸話を知らなければ、何を言っているのかなど理解できるはずもない。
そして迎えた、訓練の最終日のこと。
いつも通り、我が戦隊50隻は小惑星群を模擬艦隊と見立てて、データリンクによりその位置を推測しつつ前進を繰り返していた。
いつものセオリーならば、5から10万キロ程度まで接近し、そこから不意打ちを加えて離脱、そこから敵艦隊後方に回り込んで攻撃を繰り返し、敵にできるだけ多くの損害を与える。
数百倍の敵の艦隊に、打撃を与え混乱させ、味方艦隊からの攻勢に耐えられない状態に追い込む。これがこの戦隊に与えられた使命だ。それを全うするための、最後の訓練を行う。
で、模擬艦隊の側面に接近し、そのまま不意打ちをかけるつもりで軍を進めていた。
が、ここで思わぬ事態が発生する。
「データリンク上に、新たな艦影」
妙なことを、レーダー士のサロウ准尉が言い出した。
「なんだ、別の小惑星群でも映ったのか?」
「いえ、直前の確認で、そのような小惑星群の存在がないことは分かっています」
「では、なんだというんだ?」
「しばし、待機を」
このレーダー士、電波管制された状況で、この不可解な光点の正体に迫ろうとしている。
「提督、明らかにこれは、艦艇です」
レーダー士としての腕は確かなサロウ准尉が、そう結論付けた。
「根拠は?」
「わずかながら、重力子が出ています。小惑星が作る重力で、これほどの重力子は観測されません」
どうやら、予想外のものが入り込んできた。当然、この宙域で我々が訓練をしていることを、味方は承知している。そして訓練期間の間、この宙域周辺300万キロ以内に立ち入らないよう通告してある。
ということは、考えられる可能性は一つだ。
「数は?」
「およそ、30。我が戦隊より少数の部隊です」
「距離は」
「現在、33万キロ。射程外ですね」
「光学観測はできないか?」
「位置が不確定過ぎます。レーダーを照射できれば、位置を確定し観測できます」
艦の色が明灰白色ならば味方、赤褐色ならば敵艦だ。見れば一発で敵味方が判明するが、それが使えない。
「ともかく、射程圏内まで接近して電波管制を解除。敵と判明したら、即座に総攻撃を開始する」
「はっ!」
とはいえ、イレギュラーな対応だ。比較的近い位置にいる味方は、1000万キロ離れた位置にいる戦艦テリビーレだけだ。だが、敵は我々と同様に隠匿状態で前進を続けており、このままでは地球1064に接近されてしまう。
「数からして、あれが敵だとすればおそらく、偵察任務だろうな」
「でしょうね。まさかここで我々が訓練しているなど、予想すらしていなかった模様です」
副長のエイレン中佐がそう答える。偵察艦隊が大型惑星の近くを通ることは、よくあることだ。大きな重力源があると、重力子エンジンの探知が困難になる。それを見込んで、この宙域に現れたと考えられる。
が、よりによって我々の訓練地帯に足を踏み入れるなど、運が悪い。おまけに、我々には凄腕のレーダー士がいる。
そのレーダー士が、敵と思われる艦艇を見逃さなかった。
「全艦に伝達せよ。取舵20度、30隻の艦影に向かう、と」
「了解しました」
電波管制中ではあるが、一瞬の通信ならば位置は特定できまい。そこで俺は、全艦への方向転換を命じた通信を行わせる。
左方向に転換する我が戦隊。そこで俺はふと、ナポリタンの顔を見る。
「な、なんじゃ」
こいつが逸話の話をすると、なぜかそれに近いことが起きるな。といっても、これが2度目。単なる偶然か。
しかし、これは紛れもなく、我が「森」に現れた「野獣」どもだ。
「推定距離が30万キロになったら、全艦に電波管制解除を命じる」
「多少の誤差で、射程圏外の可能性もありますよ」
「その時は、全速で敵を追うだけのこと。ともかく、30の野獣の群れならば我が戦隊の敵ではない」
「えっ、野獣の群れ?」
エイレン中佐はあの鉄壁騎士団の訓練の逸話など知らないから、きょとんとしている。が、後ろの死神は不気味な笑みを返してくる。
まさにこれは、森で遭遇したオオカミといったところだな。
そして、推定距離がいよいよ30万キロとなる。
「艦影まで推定30万キロ!」
「よし、電波管制解除! 光学観測、急げ!」
一気に電波を解除し、レーダーが作動した。データリンクよりもくっきりと、艦影を捉える。すぐに光学観測員が、俺に報告する。
「艦色視認、赤褐色! 30隻の敵艦隊です!」
ようやく艦影の正体が敵だと分かった。その瞬間、俺は命じる。
「敵までの距離は!?」
「はっ! 推定通り30万キロ! 射程内です!」
「全艦、砲撃戦開始! 敵艦隊を殲滅せよ!」
敵もようやくこちらの姿に気付いたようだ。あちらも電波管制を解除し、こちらの位置を知る。
が、敵の30隻が振り返る前に、我が戦隊50隻が先に砲撃を開始する。
ドドーンという砲撃音とともに、青白いビーム光が一斉に敵の艦隊へと浴びせかけられる。
「敵艦隊へ命中! 15隻、消滅!」
一撃目で、敵の半数を一気に葬り去った。だが、攻撃の手は緩めない。
「第2射だ、急げ!」
敵が態勢を整える前に、こちらが撃つ。時間が経てばたつほど、敵はシールドなどを使って防御し始める。そうなると、撃沈率が刻々と下がっていく。
「第2射命中! 敵、7隻消滅!」
2発目となると、敵も防御態勢を整えてくる。その分、撃沈数が下がる。
だが、元々が30隻しかいなかった艦隊だ。それがこの2発の攻撃で、すでに22隻も沈んでいる。
レーダー上は、敵は8隻しかいない。
「続けざまに撃ち続けろ! そのまま前進しつつ、敵に逃亡の機会を与えるな!」
俺は叫んだ。50隻の我が戦隊からは、青白いビーム砲火がその8隻に容赦なく浴びせかけられる。敵はシールドを展開し、踏ん張るが、5倍以上の数の敵を相手に、やがてシールドが尽きる。
その結果、敵の艦隊はついに消滅する。
「敵艦隊、消滅!」
艦橋内では、歓声が起こる。ただの訓練の予定が、思わぬ敵偵察艦隊の遭遇戦となった。
「野獣は、消えたな」
「そのようであるな」
俺は、後方でつまらなさそうに控える死神に、そう呟いた。それを横で聞いていたエイレン中佐には、何のことか分かるはずもない。
「ところでこの場合、敵の魂はどうなるのだ?」
「あの死神が今ごろ、嬉々として刈り取っておるじゃろうよ。どのみち、わしの管轄外じゃ」
ナポリタンはそう答えるにとどめた。30隻、数にして3千人。決して少ない犠牲ではない。俺は敵艦隊のいた方角に、敬礼した。
こうして、訓練は思わぬ事態を迎えて終了した。そして我が戦隊は一路、戦艦テリビーレへと向かった。