#10 祝宴
「異教徒が大司教様に意見するなど、以ての外である!」
やれやれ、今度は俺に矛先が向けられてしまった。相手はあの、フランチェスカ一世殿である。
この王国の国教の信者ではない俺は、そもそも大司教様の前に立つ資格がなかった。次は、そう来たか。だが、今度の話は決着の付け方が難しい。
前回は大司教様が裁定者となってくれた。が、この話は誰かが裁定してくれるものではない。だから、貴族の間ではけしからんやつ、という評判だけが広まる結果となってしまった。
「困ったものだな」
軍司令部に呼び出された俺は、バッセル大将からそう告げられる。
「事実ですから、この際、男爵号を返上しても構いませんよ」
「いや、そういうわけにはいかないだろう。それをやったら、国王陛下の権威に傷がついてしまう」
逆じゃないのか? むしろ、悪い噂が立った男爵の位を持つ人物をそのままにしておく方が、国王陛下にとっては権威を貶めてしまうことになる気がする。
「まあ、ともかくこの件は軍に任せろ。それが終わるまで、しばらく貴官はこの宇宙港を出ないことを勧める」
そういうとバッセル大将は俺に敬礼する。俺も敬礼するが、その後ろにいたあの死神まで敬礼をしていた。別に、そんな義務があるわけではないのに。
「いやにおとなしかったじゃないか。いつもならもう少し不遜な態度を見せていた死神のお前が、一体どういう風の吹き回しだ?」
「わしとて、周りを見ておらんわけではない。今回の一件も、わしが原因であろう」
「わかってるじゃないか。だが、お前が悪いわけではない。あのフランチェスカ一世とかいう野心家が、ダグラス家を追い落とそうとしている、そっちの方が問題だ」
「その矛先が、そなたに向いてしまったではないか」
「むしろ、俺にとっては命の危険にもなりかねない状況だ。死神にとっては望ましいのではないか?」
「いや、それはそうじゃが、だからといって釈然としないのには変わりない」
変な死神だ。自身の役目よりも、この成り行きの理不尽さに憤慨気味なのはよくわかる。死神なのに。
まあいい、どうせ貴族と関わることなんて、早々ないだろう。そう高を括っていた。
が、そうもいかない事態が発生する。
軍司令部に呼び出されてから3日後、社交界が催されることとなった。
その社交界に出席せよと、バッセル大将が俺にそう告げる。
「つい先日、大将閣下自らが小官に、宇宙港を出ないようにと言われたばかりではありませんか」
「それとこれとは別の話だ。今回の社交界の目的は、2度続けての敵艦隊への打撃を与えたことへの勝利を祝う、戦勝祝賀会を兼ねている。そこに英雄である貴官が出席しないわけにはいかないだろう」
「あの、御存知だと思いますが、後ろにいる死神もついてきますよ」
「仕方あるまい。国王陛下の顔をつぶすわけにはいかんし、これも軍務として耐えよ」
なんと、貴族の間で最悪のイメージに陥れられた上に、その元凶を連れて貴族らが集まる社交界に行けとか、鬼畜の所業だ。そんな場所に出向けば、俺などはますます忌み嫌われるに違いない。
が、軍務と割り切って向かうしかない。幸いというか不幸というか、国王陛下は死神の出席を了承した。
ただし、一つだけ条件を付けてくる。
「なぜわしが、このように華美なドレスなど着なければならんのだ!」
「まさかあの死神だと一目でわかるローブ姿で出席させるわけにはいかない、社交界にふさわしいドレス姿にせよと、陛下からのお達しだ」
「じゃが、この鎌は持っていくぞ。こればかりは譲れぬ。というか、手放すことができぬ」
「その辺は了承済みだそうだ。生きている人間に、害を与えられるものではないからな。それは目をつぶるとのことだ」
赤いドレスを着る羽目になり、ぶつぶつと文句を言う死神だが、元々は貴族令嬢だ。ドレスを着せれば、貴族らしく見える。あの大鎌を除けばの話ではあるが。一方の俺は、軍礼服に身を包む。軍人だから、礼服といえばこれしかない。
実際に軍司令部の将官の多くは社交界に参加することになっているが、いずれも軍礼服だということだ。それが我々に認められたドレスコードとなっている。
ところで、ナポリタン自身、かつて社交界に参加したことはあるらしい。といっても、230年以上も前のことだ。今は王朝も変わり、それだけでなく料理の質も会場も大きく変化している。
もっとも、そんなことよりも問題なのは、こいつが「死神」だということだ。
死を「穢れ」として忌み嫌う貴族らに、果たしてこいつはどのような目で見られるのだろうか?
いや、考えてみれば、こいつは勝手に俺に付きまとうだけの死神だ。周りからどう思われようが知ったことではない。
の、はずなのだが、なぜか俺はそのことが気になって仕方がない。考えてもみろ、こいつはストーカーのような存在だぞ。しかも、こちらの死を願っている、一番厄介なタイプだ。それが、四六時中付きまとっている。
そんな奴のために、こちらは貴族らから忌み嫌われることとなる。何一つ、いいことがない。
にもかかわらずだ、俺はなぜかナポリタンに、人間らしい生活を強いている。
どこか、心の奥底ではこいつのことを気にかけているのだろうか? いやいや、そんなことはないだろう。ただ俺の事情でそうさせているに過ぎない。
風呂に入れなければ、こいつは臭くてたまらない。食生活や睡眠を整えることで、少しはおとなしくなるのでは、と願ってしていることだ。
すべて、自分のためにやってることに過ぎない。そう俺は言い聞かせる。
「まもなく、社交界の会場である迎賓館に到着いたします」
「うむ、了解した」
付添人にそう告げる俺。今、俺はあのドレス姿の死神と、陛下から派遣された付添人とともに、馬車でその宮殿の敷地にある迎賓館に向かっているところだ。
しかし、今どき馬車とは……なんでも、我々の自動車を忌み嫌う存在がまだいるらしい。王族、貴族たるもの、馬車でなければならないと。おかげで宇宙港の中まで馬車で走る者がいるほどだ。
いい加減、時代の変化に気づいたらどうか。何百光年も先の宇宙から、これまでこの星では手に入らなかった物品、スマホや食事、そして数々の機械類がもたらされている。そんな時代に抗うかのように、古き伝統にしがみつくやつらはいる。
だが、時間の問題だ。今でもこの星では天動説が唱えられているようだが、そんなものは我々にとっては無意味な概念だ。すでにこの星系でも太陽を中心として惑星が回り、その太陽も銀河の中で移動している存在であり、その銀河すらも宇宙のごく一部であることは話した。それを前提に我々はこの広い宇宙のごく一部の領域、1万4千光年という領域を行き来している。
この星、地球1064が宇宙の中心であるという考えなど、あと数か月で消えてなくなるだろうな。
もっとも、死神に対する穢れの考えはそう簡単にはなくならないだろうが。
で、当の迎賓館に到着する。俺とナポリタンは、その場に降り立つ。衛兵が一瞬、ナポリタンの持つ大鎌に驚くが、事前に聞かされているのか、その鎌に手を触れて、それが触れられないものであると知るや、すんなりと通してくれた。
が、問題はこの先だ。
貴族らの目が、一斉にくぎ付けとなる。もちろん、俺の後ろにいるドレス姿の銀紙の死神が持つ大鎌に対してだ。その上で、あのフランチェスカ一世と名乗る男爵のおかげで、悪い噂が立っている。俺に対して向けられた貴族の視線は、おそらく最悪なものだろうな。
どの面してこんな場所に現れた、と言わんばかりだ。
と思いきや、意外と平静さを保っている。一瞬、こちらをチラ見するものの、それ以上は特にこちらに対して関心を寄せることはない。彼らの関心の中心は、もっぱら国王陛下だ。
先日、同席していた大司教様もいる。が、大司教様といえど、国王陛下には逆らえない。それはこの王国の成立が大きく関係している。
先の王朝、エタリウム王国では教会の支配権は絶大であった。教会に対する租税や領地など、今とは比にならないほど絶大で、当時の国王陛下よりも教会の方が強い存在だったとさえ言われている。が、200年ほど前に、政変が起きる。
元々は、この教会の権力に対する民衆の不満が爆発したことがきっかけだった。それがエタリウム王国の王族に向けられ、まずはエタリウム王朝の支配者が血の粛清にさらされた。
半数の貴族も、民衆に味方する。というのも、貴族とはいえ、エタリウム王国や教会に対し、不満を持つ者が多かった。それゆえに王朝の滅亡はあっという間に成し遂げられたのだが、次の標的は教会ということになる。
当然、教会はその神聖なる権威によって抗おうとするが、200年前当時はそんな神秘的な権威ですらも憎悪の対象となりつつあった。そこで教会が唱えたのは、新たなる王朝に神の力が宿ったという論理である。
王朝が変わるということは、すなわち神が前の王朝を見限り、新たなる王朝を認めたというものだ。この強引な解釈によって、なんとか教会はその命脈を保つことができた。もっとも、その際には多くの権限と領地を奪われたと聞く。これによって、教会と国王陛下の権力の差が逆転し、大いに
それゆえに、今の大司教様は国王陛下を越える存在ではない。いくらあのフランチェスカ一世という男爵が大司教様の権威をかさに俺を非難したところで、国王陛下には勝てない。そういうことだ。
とはいえ、露骨に大鎌を抱えた死神とともに現れたこの軍指揮官を、貴族はどのような目で見ているかなど、言わずと分かることだろう。
そんな最中に、国王陛下が現れる。
周囲の貴族たちの目線は、こんなちんけな死神よりも国王陛下に向けられる。俺自身、陛下を目の当たりにするのは初めてのことだ。そのすぐ近くには宰相閣下と、そしてバッセル大将の姿も見える。
「此度の宇宙での勝利に、乾杯!」
その宰相閣下のご発声で、この社交界は幕を開ける。グラスを持った貴族の当主やその子息、令嬢は一斉に持っていたワインを飲み干す。
ちょっと待て、そういえばあの死神は確か、230年前には19歳だと言ってたな。ワインを飲んでも大丈夫なのか?
ところがこの国では成人は15才であり、19歳ならばお酒を飲むことは合法ということになっている。それどころか、お酒を飲める年齢を定めた法が存在しない。
もっとも、こちらはさらにプラス230年というのもあるから、19歳扱いなどしないだろう。よく考えたら、死人の冷たい身体でワインを飲んだところで、何か特段、変化が起きるはずもない。
「うーん、なんだか気持ちよくなってきたぞえ」
と思っていたが、なんとこの死神、酔っぱらい始めた。
「おい、お前、ワインを飲んだら酔っぱらうのか?」
「ほえ? 当たり前ではないか。ワインを飲んで酔わぬやつなど、おるはずがなかろう」
変な死神だな。身体は死んでるくせに、酔っぱらうことはできるのか。どういう構造をしているんだ、この身体は。
まあいい、それ以上に警戒すべきは貴族だ。死神を伴い、しかも悪いうわさを流された後となれば、警戒せざるを得ない。
が、その乾杯の直後、俺は意外な人物に呼び出される羽目になる。
そう、国王陛下だ。
「えっ、陛下の元へ来るようにと?」
「はい、今回の社交界の主役ですから、是非にとのお声がけでございます」
なんと、国王陛下直々に呼び出しがかかってしまった。当然、俺だけでなく、あの死神もついてくる。陛下の前に、だ。
そこで俺は、この迎賓館の宴場の中央にある壇上に立つ国王陛下の元へと向かう。50を過ぎたばかりの初老の、至尊の冠をかぶるそのお方の前に、俺は進み出る。
「カイエン准将、いえ、カイエン男爵、ただいま参りました」
ドレス姿に大鎌を持つ死神を引き連れた俺は、陛下の御前で名乗る。
「ほう、カイエン男爵であるか。此度の戦いでは少数で敵を奔走し、華々しい戦果を挙げたと聞くが、それを指揮したのはそなたであると聞いたが?」
「はっ、その通りでございます。しかしながら、紙一重の戦いでした。一瞬の遅れが、戦隊50隻を全滅に追い込むところ、運が良かったとしか申し上げられません」
「謙遜するか。しかし、運も実力のうちと申すではないか。現に帰還中にも数倍の敵に襲われたが、それを撃退したとも聞いたぞ」
「畏れながら、それも背後にいるナポリタンと申す死神より、鉄壁騎士団の逸話を聞かされ、それを参考に戦ったにほかなりません」
「鉄壁騎士団か……」
おっと、しまった。前王朝での英傑の名を出してしまった。この場では不味かったか。ところが陛下の反応は、意外なものであった。
「その鉄壁騎士団であるが、我がアウソニア王国の成立に大いに関わっておるのだ。彼らが前王朝より解散を命じられ、そのことがきっかけで、革命軍に加わることを決めた。無敗の英傑を味方につけた我らは、その時点で勝利を手にしていたのだ。その英傑に倣い、寡兵で大軍を破る姿はまさに鉄壁騎士団そのものであるな」
これは後で知ったことだが、実は鉄壁騎士団はこの王国でも存続していた。ただし、その名を「勇鉄騎士団」と改めていたとのことだ。その騎士団は今、我が軍の支援を受けて、ロボット兵器である人型重機の操縦特訓を受けているとのことだ。
「ナポリターナ殿よ、ここへ」
陛下のそばに仕える側近が、ナポリタンを呼ぶ。あまりにも場違いな場に現れたこの死神は、恐る恐る陛下の御前に進み出る。
すると陛下は、あの大鎌に手を伸ばす。当然だが、生きたものには触れられないその鎌を見て、興味深そうにこう漏らす。
「ほほう、面白いものじゃな。本当に触れられぬとは、やはりこれは『神』の所業であるのは間違いないな」
と、陛下がその鎌を触れたところで、壇上より貴族や王族らの前で、陛下の側近が叫ぶ。
「皆の者、聞け!」
「此度の戦、貴殿、カイエン男爵の活躍により、大勝利を得た。よってこの場にて、我が王国の歴代の英雄の一人として加えたいと思うが、どうであろうか?」
すぐ傍に立つ俺を指して、そう告げた陛下の言葉に、賛同の意を示す貴族らの拍手が贈られる。
そこで俺は、ふと考えた。
これはもしかして、バッセル大将が俺に言っていた「軍に任せろ」の一環ではないのか? 国王陛下の前で英雄扱いされれば、男爵程度が流した噂など、かすんでしまうに違いない。
が、陛下の言葉は終わらない、さらにその横にいる死神のナポリタンについても触れた。
「『死神』と称する神がいる。死を司る神とされ、あまり良い印象を抱く者はいない」
いきなり、陛下はこう切り出された。俺の一件はともかく、ナポリタンのことは弾劾するおつもりか?
ところが、全く予想外のことを陛下は仰せになられた。
「しかし、神とよばれるからには我ら人間に何らかの益をもたらす存在だ。死神とは、死んだ者の魂を肉体から切り離し、この世とあの世を結ぶ道を案内する役目を持っているという。もしこの神がいなければ、我々は死後、あの世へ行けず悪霊と化してしまう。人はいずれ、死ぬ。その時に世話になる死神を穢れと称するのは、良いことではないと予は考える」
あたりが一瞬、しーんとなった。俺の悪評どころか、その元凶ともいえる死神に対してもフォローする発言を加えてきた。明らかにこれは、バッセル大将の入れ知恵だろう。
「と、言うことで、生きている今を楽しみ、皆で料理をいただこうではないか。さ、今日の宴を存分に楽しんでくれ」
最後に陛下はこう締めくくられた。再び貴族らの間で談笑が始まる。
「うまく、行ったようだな」
気づけばすぐ後ろに、バッセル大将がいた。俺にそう呟くと、そのまま陛下の元へと向かった。大将閣下と陛下に深々と頭を下げ、その壇上を降りた。
「おい、死神ってそういう役割の神だったのか?」
ところがだ、壇上を降りるや、ナポリタンがそんなことを言い出す。
「俺だって、詳しくは知らない。が、確かに神と呼ばれる存在だから、人の役に立つ何かをもたらす存在だ、というのには納得した」
やれやれ、当の死神が、自身の役割を知らないとは。もっとも、本物ではないからな。本物の死神によって、説明もなしに死神にされてしまった娘だ。
だが、そうだとすると、その本物は何を考えてこいつを死神に変えたのだろうか? せめて、死神とはこういう役割の存在だと説明くらいしたっていいんじゃないのか。だが、先日現れた時も、ついに本物の死神はこいつに、特に多くを語らず脅しだけをして消えていった。
どうも、引っかかるな。こいつを死神にした、その理由に。そしてなぜ今、こいつは復活したのか。そしてなぜ、俺に付きまとうのか。
いずれこれらの謎が、分かる日が来るのだろうか?
「カイエン殿、そなたの武勇伝をお聞かせ願いたい。宇宙での戦闘とは、どのような者なのでしょうか?」
などと考えていると、数人の貴族らが俺の元に集まってきた。
「ええと、そうですね……ところで、宇宙に出たことは?」
「私は三度、出ましたよ。初めて戦艦テリビーレの中にある街を見た時は、感動しました」
その貴族の一人が、宇宙へ出向いた経験を話した。戦艦テリビーレとは、我が地球522遠征艦隊の旗艦を務める大型艦で、全長5000メートル、主砲35門、そして繋留ドックを40基備える。修理用の密閉型ドックも8基あり、主力戦艦としての装備は抜群だ。
その艦の中心部には400メートル四方に切りぬかれた空間があり、そこには4層からなる街が形成されている。連合側の戦艦としては、標準的な艦内都市だ。軍民合わせて2万人が、そこで暮らしている。
そして補給に訪れた駆逐艦の乗員や、平時では地球1064の人々を招き入れて、地球522から来た交易業者との商談なども行っている。
そういえば、まだ戦艦の街にナポリタンを連れて行ったことがないな。そのうち、行く機会はあるだろう。
「宇宙に出られれば分かるかと思いますが、あそこはただっ広い空間です。真っ暗闇の中、我が50隻の戦隊は自身の数百倍もの敵に対して不意打ちをかけ、敵を混乱させ、陣形を崩すことが任務であります」
「なるほど、ですが敵も味方も1万もの艦艇をお持ちだとか。そのようなところに、たった50隻で?」
「少数なればこそ、敵に見つかりにくく、奇襲をかけやすいのですよ」
などと、貴族たちと談笑している間、僕のすぐ後ろではナポリタンが貴族のご令嬢に囲まれていた。
「あなた、以前はダグラス伯爵家の令嬢だったとか?」
「い、いかにも、わしはダグラス家の者であった」
「と、いうことは、今でもダグラス家とかかわりが?」
「230年前で、しかもわしはアウソニア王国ではなく、エタリウム王国の時代の者じゃ。かかわりなど、持てるはずもなかろう」
「あら、この大鎌、本当に触れないのですわね」
「230年前の伯爵令嬢にしては、きれいな髪をしてますわよね」
どうやら、集まっているのはそれなりに高貴な貴族家の令嬢たちだろう。何やらいじられているな。といっても、いじめられているという様子ではなく、230年前の令嬢に興味津々といった様子だ。
「後ろからつけてきた300隻を相手に、たった50隻で戦いを挑んだのですか!?」
「ねえ、230年前の社交界って、どんな様子だったのかしら?」
すぐそばで、俺もナポリタンも大勢の貴族たちから質問攻めにあっている。俺は一つ一つ、分かりやすく答えているが、ナポリタンは貴族令嬢らしさを取り戻したのか、自信満々に答えている。
「あの時代には、豚の丸焼きなるものがあったのじゃ」
「ええーっ、ぶ、豚の丸焼き!?」
「アンティカの森に住む野豚で、大物を捕まえてはその場で焼いておった。それを食べると、鉄壁騎士団の力にあやかれるとあって大人気の料理じゃったな」
「鉄壁騎士団……ああ、今は勇鉄騎士団と呼ばれている上級騎士団のことね。それってもしかして、アンティカ森遭遇戦の故事に倣ってのことかしら?」
「そういわれておるな。というかそなた、よくその話を知っておるな」
「貴族令嬢たるもの、戦いの歴史を心得ているのは常識ですわよ」
昔は戦史など令嬢にふさわしくないとされていたのに、今は逆に戦争の歴史を心得ていることがご令嬢としてのたしなみと変わったらしい。王朝の違いによる影響だろうか?
ともかく、我々はこの場にて、貴族らに認められる存在となった。これでダグラス伯爵家を貶めようとか、死神を忌み嫌おうなどという者はほぼ皆無となった。フランチェスカ一世の野望も、ここに潰えた。
が、質問攻めにされるのは、何とかならないだろうか。ナポリタンはむしろ嬉々として応じているが、俺の方はそういうのは苦手だ。困ったものだな。
「やれやれ、出番はなかったな。せっかく、先日の恩に報いる機会であったというのに」
質問攻めの中、現れたのはダグラス伯爵家当主、レオポルド二世様だ。
「いえ、この場は陛下でなければ成しえなかったことでしょう」
「それもそうじゃな。ところで、カイエン殿」
「はい、何でしょう?」
「そなた、ナポリターナとお似合いだと思うのだが、いかがかな?」
「えっ、あの死神と、ですか?」
「鎌を持たず、あのドレス姿だけの令嬢であれば、そなたの妻にふさわしいと思った次第じゃ」
「いや、ええと……」
「わかっておる。いくらダグラス家の者といえど、230年も前の、しかも今は死神としてこの世におる存在じゃ。あれが我が家の令嬢であれば、そなたとの縁談を進めたいところだったのだがな」
などと言い始めるレオポルド二世様だが、ちょっと待て、死神を妻にめとるだって?
といいつつ、大鎌を除けばごく普通のご令嬢だ。胸がちょっと小さすぎる気がするが、まあそこは目をつぶれば……いやいや、そういうことじゃないだろう。
こうして、俺とナポリタンはなんとか貴族内での地位を取り戻したものの、その後の質問攻めとダグラス家当主からの思わぬ話に、俺は翻弄されっぱなしだった。