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#1 奇襲

「ふっふっふっ……いよいよ、我が願望が成就する時が、近づいておるな」


 俺の横で、不敵に笑いながらそうつぶやくやつがいる。

 そいつは、武器持ち込み禁止のこの艦橋内に、バカでかい鎌を抱えつつ、黒いローブをまとった娘。最近、我が地球(アース)522によって発見され、遠征艦隊が駐留し始めたばかりの地球(アース)1064からついてきた、自称「死神」だ。


「敵艦隊、間もなく我が戦隊前方、5万キロを通過する模様」


 レーダー士が、戦隊長の俺にそう告げる。今は電波管制、および灯火管制に重力子エンジンの出力もかなり落とし、敵艦隊に気づかれぬよう身を潜めている総勢50隻の戦隊を、俺は率いている。

 ちょうど敵艦隊と対峙する味方艦隊からのデータリンクからの情報だけが、敵である連盟艦隊の位置を教えてくれる。


「おおっ、ついにそなたの『死』が近づいておるのう。たった50隻の船で、1万隻もの敵と戦おうなど、無謀極まりない。そなた、確実に死ぬぞ。収穫じゃ収穫じゃ」


 大鎌を揺らしながら小躍りするその自称死神に、俺はいら立ちを隠せなかった。


「おい、少し黙ってろ! 今は戦闘配備中だぞ!」


 そういいながら、俺はその鎌の柄をつかもうとするが、手からすり抜ける。そう、こいつ鎌には誰にも触れない。なんでもこの鎌は、人が死んだときに身体と魂とを結ぶ最後のつなぎを切るためだけの鎌であるから、普通の人間には触れることすらできない。

 もっとも、この死神の身体だけはなぜか触れることができる。しかも、他の乗員の含めて丸見えの死神だ。死神って普通、誰でも見えるものなのか? ともかく俺は、その死神の左肩に手をかけて、壁際に突き飛ばす。


「な、なにをするんじゃ!」

「少し黙ってろ。俺はお前に、簡単に魂を渡したりなどしない。切り抜けてみせるから、黙って見ていればいい」

「よう言うわ、それだけ死の臭いを漂わせておいて、自らが長生きできようと思うておるとはな」


 相手にすると、余計にうっとおしいやつだ。俺はこいつの相手するのをやめて、陣形図の映るモニターに目を移す。


「味方、敵の艦隊双方、まもなく30万キロ!」


 いよいよ、敵と味方の主力艦隊同士が互いの射程内に入ろうとしている。俺はこう告げる。


「艦隊戦の開始と同時に電波管制を解除、我が戦隊には全艦に向け、砲撃の指示を送る。合図と同時に、実行せよ」

「はっ!」


 後ろでせせら笑いながらこちらをうかがう死神をよそに、俺は戦闘準備に向けて動き出す。

 さて、死神よ。いつまでその笑顔が続けられることか。

 敵と味方、双方一個艦隊、1万隻づつの艦艇がまさに砲撃戦に入ろうとしていた。宇宙統一連合、通称「連合」側である地球(アース)522遠征艦隊は、敵である銀河解放連盟、通称「連盟」の艦隊との間で、まさしくこの宙域の覇権めぐって戦いを始めるところだ。

 だがそんな敵は、まさか50隻の戦隊がすぐ近くで潜んでいるとは思うまい。戦闘開始を合図に我々は敵側面より奇襲、敵の戦列を乱し、味方の砲撃を支援する。それが、我が第21戦隊、通称「独立戦隊」の今回の任務だ。


 窓の外を見る。暗闇の中に、上下に二本の高速なガスを噴き出しながら白く光る星が一つ見える。数百万年前に大型の恒星が大爆発を起こし、その残骸として今も残る中性子星の姿だ。

 この中性子星域には、あらゆる星々へとつながるワープ航路として使われる「ワームホール帯」と呼ばれる、いわば宇宙空間におけるトンネルのようなものが無数に点在している。このため、ここは宇宙空間における「交差点」とも呼べる場所となっている。それゆえに我が連合と連盟とが、この星域の制宙権をめぐって戦いが絶えない。

 ともかく今回の俺の役目は、この50隻を率いて敵を混乱させ、味方に勝利をもたらすこと、ただそれだけだ。


 それからすぐに、その白い光を放つ小さな天体のすぐ脇を、青白い光の筋が無数に現れた。

 この青色の筋は、敵味方が放つ高エネルギービーム光だ。いよいよ艦隊戦が始まったな、俺は察した。


「味方艦隊、砲撃を開始しました!」

「よし、全艦に伝達! 電波管制解除、砲撃用意!」

「はっ、電波管制解除、砲撃用意!」


 カーン、カーンという砲撃開始の合図が、この艦橋内にも響く。こちらのレーダーが作動し、敵の艦隊を捉える。


「敵艦隊側面、距離5万キロ!」

「各個に照準、砲撃開始!」

「主砲装填、撃ちーかた始め!」

『こちら砲撃室、主砲装填開始、撃ちーかた始め!』


 キィーンという音が響き渡る。そして数秒後に、砲撃音とともに主砲が火を噴く。

 落雷10発分、と言われるほどの凄まじい音を発する駆逐艦の主砲に、ついさっきまでせせら笑っていたあの死神の顔色が変わる。


「ぎゃーっ! な、なんじゃこの騒がしい音は!?」


 うるさい死神だな、やはり砲撃音に驚いて叫び始めた。いくら死神といえど、訓練も受けずにこの強烈な音に耐えられるわけがないだろう。しかし、こんなやつにかまっている余裕などない。


「第3射まで放ったところで全艦、全速前進し敵の後方へ回り込むぞ。艦隊後方にて、攪乱作戦へ移行する」


 敵側面への攻撃で、敵艦隊左翼側の10隻以上を沈めることができた。が、せいぜい1万隻の内の10隻ほど。これがせめて、味方が100だったならもっと沈められたはずだ。

 通常、300隻から500隻で一個戦隊とされるが、我が戦隊はたったの50隻しかいない。つまり、通常の10分の1だ。

 そもそもが敵の攪乱を目的とした少数部隊であるがゆえに、数百隻あっては多すぎて敵に発見されやすくなる。それはわかるが、いくらなんでも50隻は少なすぎじゃないか。

 この程度の艦艇数で、本当に敵を混乱に陥れることがかなうというのか? 軍の上層部は一体、どういう考えで50隻などという少数に……

 と、軍司令部への不満が脳裏をよぎるが、今はそんなことを考えている余裕はない。すでに戦闘は開始された、こちらも砲撃を加えた。当然、敵だって反撃してくる。


「敵艦隊からの反撃、来ます!」

「全速前進、移動しつつかわせ!」


 砲撃音が鳴りやみ、今度はゴーッという機関音が響き渡る。窓の外には、すぐ脇を青白い極太の光の筋が幾筋も通り過ぎる。あれにちょっとでも触れたら、あの世行だ。これをどうにか避けて、我が戦隊50隻は敵艦隊後方へと高速で移動し、回り込む。

 青白い噴出口の光が無数に見える。距離はおよそ7万キロ。全速で敵艦隊後方へと回り込んで、そこから一撃を与えては離脱する、これを繰り返すことで敵艦隊を混乱に陥れる。

 駆逐艦に搭載される防御シールドは、前方からの砲撃に対しては強固だ。展開されれば、主砲の直撃を受けても弾き返せる。が、側面に回るほどその防御力は落ち、後方に至ってはシールドそのものがない。これは敵味方の駆逐艦、どちらも持つ同じ弱点である。その駆逐艦が持つ弱点を、少数の艦艇で破るのだ。

 後方からの攻撃を受ければ、敵もこちらに対し砲撃を加えてくるだろう。もっとも、こちらに狙いを定める敵艦艇は、味方の主力艦隊から見れば無防備な後ろをさらすこととなる。結果として、我々に狙いを定めた敵の艦艇は、味方艦隊から猛烈な攻撃を受けることになる。


「よし、このあたりで停止し、一撃離脱を行う。全艦、急減速!」


 俺の指示通り、50隻の駆逐艦は急減速する。前方にいる味方の主力艦隊に向けて砲撃するため、こちらに後ろを向けた敵艦の数十隻に、照準を定める。


「撃てーっ!」


 キィーンという主砲装填音が数秒響いた後、また巨大な落雷音をとどろかせる我が艦の主砲。それを聞いて、あの死神が叫びだす。


「な、なんちゅううるさい船じゃ! にしてもそなたらは、何をしておるんじゃ?」


 などと問いただしてくる死神であるが、答えている暇などない。どうやら我々が今、攻撃をしているようには見えないのだろう。なにせ、数万キロも離れた全長300メートルほどの駆逐艦の集団を撃っているが、窓の外には敵はまったく見えない。我々の戦闘は、視界内に敵を捉えることはまずない。

 それにだ、うるさいといわれてもだ、戦闘中の駆逐艦なんてものはそういうものだ。勝手に俺にとりついて、勝手についてきたお前が悪い。自業自得というやつだ。ともかく俺は後ろで巨大な鎌にしがみついたまま、この予期せぬ戦闘を前に理解不能に陥っている死神などに構うことなく、命令を下す。


「すぐに反撃が来るぞ、全艦離脱!」


 こちらが逃げ始めると、また敵の主砲から発せられたビーム光がこちらのすぐ脇をよぎる。が、動いている物体相手にそうそう当たるものではない。猛烈な速さで敵艦隊の後方を蛇行しながら進む。


「……よし、再度、一撃離脱戦を行うため、停船するぞ」


 俺の言葉に、戦隊副長のエイレン中佐が表情を曇らせる。また危険な砲撃を加えるのかと、半ばうんざりしているのだろう。

 いや、この程度でうんざりしてもらっては困る。これをあと数回、繰り返すのだから。


「全艦、急減速! 敵艦艇に照準!」


 ふとモニターに映る陣形図を見る。意外にも先の側面と後方から与えた一撃と、艦隊後方を走る我が艦に狙いを定めようとした敵駆逐艦が味方に撃沈されるなどして、敵艦隊の陣形が乱れ始めた。

 たった50隻からの砲撃が、これほどまでに敵を混乱させるとは。

 ならばあと一度、砲撃を加えたならば、敵は撤退を決意せざるを得なくなるのではないか?


「よし、全艦停止だ! 砲撃用意!」


 そう俺が命じた、その瞬間だ。ふと俺は、急に静かになった死神が気になり、振り向く。砲撃音に怯えて恐怖を浮かべていた死神の顔に、笑みが見えた。

 おかしいな。さっきは砲撃と聞いて、あのけたたましい音にさらされると身体をびくつかせていたというのに、今は不敵な笑いを浮かべていやがる。訓練もなしに初めて聞く砲撃音で、とうとう神経がおかしくなったか?

 いや、違う。明らかに違う。そういえばこいつの目的は、俺の魂を奪い取ることだった。

 そうか、つまり、そういうことか。


「全艦、面舵いっぱい、最大戦速! 全力即時退避!」


 停船して再び砲撃に移るつもりだったが、大きく舵を切ってその場を離脱し始める。と、その直後、猛烈な光の筋が戦隊のすぐ脇をかすめた。

 間一髪だった。だが、攻撃の方向が敵艦隊ではない。明らかに我々の後方からの砲撃だった。

 そこで、俺は思い出した。

 そうだ、艦隊の後方にはたいてい、大型戦艦が20隻から30隻いる。

 普通、3000メートルから5000メートルほどの大型戦艦が、艦隊の数万キロ後ろに控えている。

 戦艦とはいうが、戦闘にはほぼ参加しない。動きは鈍く、しかも大きいから、前線に出たところでただのいい的にしかならない。だから今どきの戦艦というのは、駆逐艦の補給や修理を主任務とした大型の基地とでも呼んだほうがいい。それが、戦闘中は射程圏外に控えて、戦闘不能や故障した艦を回収するために後ろに待機している。

 が、おそらく今の砲撃はその敵の戦艦からのものだろう。いくら基地化した大型船といえど、戦艦というだけあって武器も備えている。そのうちの一隻が、こちらが止まるのを予測して一撃を加えてきた。

 死神が、俺の死を確信した歓喜の笑顔を見せなければ、俺は本当にあの世行きだった。

 「死」を回避した俺の判断により、死神は地団駄を踏む。


「あー、くそっ! もうちょっとであったのに!」


 なんてことだ、うっとおしいだけの奴だと思っていた死神に、そんな使い道があったとは思いもよらなかった。こいつ、とにかく感情が顔に出やすい。それが今は、幸いした。


「再度、一撃離脱の場所を探る。後方の戦艦隊からの砲撃にも憂慮せよ」

「はっ!」


 いや、いっそ後方の戦艦を狙い撃つか? あれが一隻でも撃沈または大破すれば、敵にしてみれば大損害となること間違いなしだ。駆逐艦の大軍を狙うよりは簡単かもしれない。

 が、その一撃離脱も、戦艦撃沈のチャンスも、訪れなかった。


「敵艦隊、後退を始めました! 全速後退中!」


 後方にいる戦艦隊も、前方の駆逐艦およそ1万隻も、我が50隻によって生じた乱れによって予想以上の損害を受け、撤退を決意したようだ。敵の一個艦隊が、すぐ後ろにいるこちら側へと迫ってくる。


「敵が後退を始めた。作戦を終了、我が戦隊は現宙域を離脱する」

「ですが、味方艦隊は追撃戦を始めました。我々も同調すべきではありませんか?」

「追撃戦の最中に敵に手出しをすれば、むしろ敵の艦隊はこちらに向きを変えて全力で撃ってくるぞ。たかが50隻の艦隊が、今度は一個艦隊を相手にする羽目になる」

「その通りですね。了解です、全艦に、全速離脱を命じます」


 副長も理解したようだ。そう、これで我々の役目は終わりだ。高々50隻の戦隊がやるべきことは、もう終わったのだ。

 あとはただ、無事に逃げ帰ることだけだ。


「おのれぇ、命拾いしおってからに。次こそ、わしはその魂を奪い取ってくれようぞ」


 悪態を吐く死神だが、俺は逆に笑みで応えてやった。なにせ、考えようによっては命の恩人だからな。今度ばかりは、こいつのおかげで助かったようなものだ。


 俺の名は、アレックス・カイエン。年齢は26歳、階級は准将。先日の戦いで味方の混乱した際、30隻をまとめて敵艦隊へ肉薄して攻撃を加え、混乱した隙に味方艦隊は撤退することができた。その戦果をもって、俺は准将に昇進させられ、50隻の戦隊を率いることとなった。

 そんな俺に、死の臭いを嗅ぎつけて憑りついた死神にも、一応、名前がある。ナポリタンというそうだ。

 自身を「わし」と呼び、まるでパスタのような名前の死神の娘がこの駆逐艦に乗り込んだことで、まさか戦隊を救うことになるとは思いもよらなかった。

 この奇妙なめぐりあわせに、俺は感謝すべきなのか、それとも嘆くべきなのか?

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