008_曇る心
彼女は否定することが多く、決して肯定することはない。
代わりに、否定しないことで肯定の意思を表示しているように思える。
「これはね、自分の意思で変えようと思っても、変えられないものなの」
「もしかして、変わりたいと思ってる?」
「……」
返答は返ってこない。
読書に夢中になってしまったのか、単に無視しているのか、それとも肯定しているのか。
どれかわからないが、これ以上深く聞くのは野暮かもしれない。
人間だって、出会って間もない人に根掘り葉掘り聞かれるのは良い気がしない。
そのとき、アオイは大きな樹木へふらふらと近づいて行った。
そして、盛り上がった大きな根っこに座り、本格的に読書を始めてしまう。
オーガンも樹木へ寄りかかって、空を見上げる。
木漏れ日に照らされて気持ちの良い日ではあるが、オーガンの心はやや暗かった。
「これからどうしよう」
アオイに問いかけたわけではない。独り言である。
アオイの目的は過去の英雄の汚名返上。
オーガンの目的はアオイからの逃亡。
そのどちらも非常に困難であることに違いはなかった。
何も考えは纏まらないから、木陰から商品に集まっている人々を眺める。
物色を終えた人から帰路についており、群衆もすかすかとなっていた。
オーガンと目が合った御者は手を上げて何かを伝える。
恐らく、もうすぐこの村を出発するのだろう。
オーガン達はこの村に滞在することになるから、手を振って意思を伝える。
それを見た御車は握り込んだ拳の親指を立て、陳列されていた商品の片づけを始めた。
「……もしかして、村じゃなくて、街まで連れて行ってもらった方がいいのか?」
人が多い方が二人にとって都合のいいことが多いだろう。
さらには、宿や食事といった問題が金で解決できるようにもなる。
「そういえば……今日の寝床はどうするんだ?」
こんな田舎に宿屋があるとは思えない。
馬車にもう一度乗り込んだ方が良いと判断したオーガンはアオイに声をかける。
「なぁ、やっぱり馬車に戻ろう。村より街に行った方が多くの人に真実を伝えられる」
「数ではなく、質が重要でしょ」
本を読みながらぼそっと言い返す。
結局は彼女の自己満足のための旅なのだから、彼女がそういうなら、それが正しいのだ。
「そうは言ってもさ。じゃあ、寝床を借りるために一緒に頭を下げてくれるのか?」
「私は、寝る必要がないから」
溜息がオーガンの口から漏れ出たとき、近づいてくる足音に気付く。
「こんにちは。旅の方ですか?」
しゃがれた声の老人は、オーガン達に向かって歩いてくる。
「あ、はい」
ちらりとアオイの方を見ると、彼女は老人を無視して本を読み続けている。
印象を悪くしたくないため、オーガンは深々と、二人分の頭を下げて挨拶する。
「良い天気ですな」
「はは……そうですね」
「この村を訪れたのは、何か理由があってのことで?」
「いや、その……大した理由はなくて……ですね……」
歯切れの悪いオーガンに、老人は優しい瞳を向ける。
「そうでしたか。別に理由がなくても構いませんよ。ただ、何かお困りでしたらお力になりたいと思っていただけですので」
老人はアオイの方へと視線を向け、話を続ける。