007_拒絶
駆け足で追いついたオーガンには聞きたいことがあった。
「その本は何が書いてあるんだ?」
「読みだしたばかりだからわからない。だけど、たぶん、冒険譚」
「へぇー。そういうジャンルが好きなんだ。意外」
「違う。なんでもいいから読んでみたかっただけ」
「そっか」
オーガンはアオイに共感していた。
新天地に訪れたのだから、何か新しいことをしてみたいと思うのは自然なことだ。
今まで読書とは無縁な生活を送っていたのなら、本を手に取ってみるのもよい。
歩きながら本を読みだしてしまったアオイに、オーガンはもう一つ質問を投げかける。
「なあ、精霊に乾燥肌なんてあるのか?」
当然小声で、アオイにだけ聞こえるよう細心の注意を払う。
御者は乾燥肌だと言っていたが、馬車の中でオーガンがアオイに顔を近づけたとき、そうは見えなかったのだ。
読書の邪魔をされたことが嫌だったのか、アオイはオーガンを睨みつけた。
彼女の機嫌を損ねることがいかに危険であるか、オーガンはディアックとの戦闘を思い出す。
脚が固まってしまったオーガンに合わせて、アオイも歩みを止める。
アオイは振り向き、相対する二人。
「これ、見える?」
手袋を外し、手のひらに本を乗せると、オーガンの眼前に近付けて来た。
「ん?」
本の表紙をじっくりと観察するが、何もおかしな点はない。
「そっちじゃなくて、ほら。私は物体に触れることが出来ないの」
「……あっ」
手のひらと本の隙間。
そこには僅かな空間が空いており、本は宙に浮いている状態だった。
「だから、本のページが捲れなかったのか」
「そういうこと」
「そういえば、馬車から降りてくるのが遅かったのも、徽章を取り付けるのに苦戦していたとか?」
いつの間にか手袋をはめなおしていたアオイは、歩き出していた。
拒絶しなかったということは、彼女にとっての肯定であると判断する。
アオイを追いかけながら、ふと、オーガンは精霊という存在について考えてみる。
オーガン自身も精霊についての基礎知識は持ち合わせているが、教本で習った内容と目の前の存在――アオイはかけ離れていた。
「精霊って実体を持たないんだよな。それなのに、どうして手袋をつけたり、徽章を身に付けたりできるんだ?」
思い返せば、馬車に突然乗り込んできた小さな精霊は、壁をすり抜けてどこかへ飛んでいった。
だが、アオイは木箱にもたれ掛かることもできるし、なんなら人間を蹴り飛ばすこともできた。
それは、矛盾している。
再び、歩きながら本を読みだしたアオイは、オーガンに視線を向けることなく答えた。
「精霊は独自の『性質』を持ち合わせているのは知ってる?」
「あぁ。その『性質』は、精霊が生まれたときの現象に起因する……とかなんとか」
「そう。山火事に魔力が宿れば、炎を宿す精霊になる」
アオイは本を読みながら淡々と答える。
そして、ここまで話を誘導されれば、察しの良くないオーガンでも気付く。
「じゃあ、アオイの持っている『性質』は……」
「万物を寄せ付けない力場」
「つまり……」
アオイははっきりと言わなかったが、オーガンにとって気になる単語があった。
――『拒絶』だ。