006_古びた本
「興味あるの?」
遅れて馬車から降りて来たアオイも群衆の輪に加わる。
彼女の胸元に取り付けられている徽章を見て、オーガンは顔を顰めた。
もう、後戻りはできないのだから。
「どうかした?」
「はぁ。何でもない」
「そう。それならいいけど」
素っ気ない振りをしながら、アオイは座り込んで並べられた商品を手に取る。
「興味があるのは……アオイの方だろ」
彼女の名を呼ぶときは、自然と声を小さくしてしまう。
それを、アオイは鼻で笑い、小声で反論する。
「別に、同名の人間なんて、いくらでもいるのに」
半ば神格化しつつあった『あの人』の名前を子供に付ける親は、確かに存在した。
とは言っても、慣れないものは仕方ない。
アオイは商品を手に取り、顔に近付けてよく観察している。
「これ、なんだろ」
「気になるなら買えばいいだろ」
「……」
恐らくは耳飾りであろうそれを、様々な角度から覗き込んでいる。
「一つくらい持って行っていいぞ」
声の主は御車だった。
商品の陳列が終わり、手が空いたようだ。
「お金、払いますよ」
「いいって。実は、あんたが馬車に乗るときに多めに貰っていたんだ」
『それに』と言いながらオーガンとアオイに顔を近づけて小声で話す。
「ここにあるのはタダ同然のものばかりだからな」
「……そうですか」
無料で回収したものかもしれないが、ここまで運び込む労力はタダではない。
馬の維持費だって必ず必要になる。
そういった事情を考え出すと、御者の提案をオーガンは素直に受け入れられなくなっていた。
「では、あれを」
アオイが指差したのは、日焼けして表紙の文字も読めなくなっていた一冊の本。
「もちろんいいぞ」
アオイは手にしていた装飾品を元の位置に戻し、代わりに本を拾う。
そして、本を開いてページを捲ろうとするが――
「何をしてるんだ?」
オーガンは思わず口を出してしまった。
アオイは本のページを送ろうと指を動かしているが、どうも上手くいかない。
つるつると滑ってしまいページが送れないかと思いきや、数十ページを突然捲ってしまう。
古びた本であるから劣化が原因かとも思うが、オーガンがその本に手を伸ばすと普通に捲ることが出来た。
アオイは真面目な表情で悪戦苦闘を続ける。
そんな彼女を見かねた御車は、ある物を差し出す。
「ほら、これ使いな」
顔を上げたアオイの視界に入ったのは、革手袋だった。
古びていて色が所々剥げており、折り目の皺も若干目立つ。
しかし、味わいのある良い品だ。
「乾燥肌なんだろ」
「……」
アオイは黙ったまま革手袋を受け取り、両手に手袋をはめる。
サイズはちょうどよく、アオイに似合っていた。
「……ありがとう」
感謝を伝えたアオイは本を読みだす。
「にいちゃんは選ばなくていいのか?」
御車はくるっとオーガンの方に振り返る。
「自分はいいですよ。それに、もう二つ貰ってますから」
本と手袋、これ以上貰っては罰が当たるだろう。
「そうか」
オーガンは、座り込んで読みふけっていたアオイの肩を叩く。
「ここだと邪魔になるから行かないか?」
ぱたんと本を閉じ、アオイは歩き出していった。
彼女の行動の速さに戸惑いつつも、オーガンは御者に一礼してから追いかける。