表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/54

001_消えゆく精霊


 絶大な威力によって路地の面影は消えていた。


 精霊が立っていた位置を中心に、爆心地近くでは壁と建物が粉砕し、遠くでは焼け焦がれている。


 ただ一人、精霊の背後で丸くなっているオーガンは無傷である。


「いき……てる?」


 自分の身体をべたべたと触り、五体満足であることを確認したオーガンが顔を上げると、精霊は右手を前方へ伸ばした姿のまま固まっていた。


 左腕は無残にも消し飛んでいる。


 オーガンは身震いした。


 僅かにでも逃げ込む先が間違っていたら、オーガンの身体もあのように消し飛んでいたかもしれない。


「加減したとはいえ、まだ生きているか」


 ディアックの追撃が精霊を襲う。


 いつの間にか手にしていた炎の剣で、切り掛かってくる。


 精霊の右手の前には透明な壁が存在しているかのように、剣は弾き返されてしまう。


 だが、先程と比べて弾く力が弱そうに見えた。


 すかさず、ディアックは空いているもう片方の手に剣を作り出し、切り下ろしてきた。


 両者の攻防は続く。


 絶え間なく切り続けるディアックと、全てを弾き返す精霊。


 しかし、それも長くは続かなかった。


 消耗した様子の精霊。ディアックの目には彼女の分が悪そうに見えた。


 ついに、ガラスが砕けるような音が鳴り、炎の剣は精霊を切り付けた。


「くっ……」


 肩から袈裟切りにされ、傷口からは小さな光の粒子が漏れ出る。


 人が血液を流すように、魔力が流れ出ているのだとオーガンは解釈する。


 そんな窮地に、精霊は退くのではなく、猛攻の手を緩めないディアックに向かって突き進んだ。


 そして、あろうことか、もう片方の炎の剣を素手で掴んだ。


 驚くべきことに、そのまま握り潰し、剣は霧散し消えていった。


「やるな」


 驚きはあるが、脅威はないといった表情のディアック。


 如何なる精霊の攻撃も耐えきる自信があるようだ。


 そんな彼の胸元に、隻腕の精霊は手を伸ばす。


 即座に対応したディアックは両腕で胸部を守る。


 そんな彼の胸部に向かって、掴むでも殴るでもなく、ただ人差し指を真っ直ぐに伸ばす。


 そして、ゆっくりと近付けて呟いた。


「消えて」


 精霊の周囲に強風が吹き荒れる。


 風によって巻き上げられた枯葉のように、ディアックの屈強な身体は後方の上空へと吹き飛ばされた。


 上空で身動きが取れないディアックに対して、精霊は指差し続ける。


 見えない力に押されるように、猛烈な速度でディアックは街の外へと押し出されていった。


 見る見るうちにディアックの姿は小さくなっていき、ついには雲に潜り込んでしまう。


「……いなくなった」


 思わずオーガンは呟く。


 脅威は去ったのだ。


 逃げるなら今しかない。


 即座に走り出そうとするオーガンだが、背後で何かが落ちるような音に振り向く。


 膝を地面に付けた精霊の背中が見えた。


 その姿は弱弱しく、小さく感じた。


 もともと精霊の背丈はディアックよりも、オーガンよりも小さい。


 だが今は、その背丈がより小さく思えた。


「大丈夫か?」


 いたたまれない気持ちになったオーガンは語り掛ける。


 万が一、この精霊に襲われたとしても、対処できそうだ。


 そう思えるほどに、精霊は弱って見えた。


「煩い」


 ゆっくりと立ち上がり、その場を去ろうとする精霊はオーガンとすれ違う。


 オーガンとは一度も目を合わせようとせず、ふらふらと歩いて行った。


 そんな彼女の背中にオーガンは大声で告げる。


「その……ありがとう。おかげで助かった」


 オーガンも急いでこの場を離れなければならない。


 だから、端的に、自身の感情を精霊に伝えようとした。


 オーガンの感謝を受け止めた精霊は歩みを止め、オーガンの方向を振り向く。


 自身の気持ちを伝えられたことに嬉しさを感じて、口角が少しだけ上がる。


「……ん?」


 何かがおかしいことにオーガンは気付いた。


 精霊の視線はオーガンを捉えていない。それよりも高く、上空を見つめているようだった。


 その方角とはつまり――


 振り向こうとしたオーガンの頬を炎の槍が掠める。


 正確には、オーガンの網膜に焼き付いた残像が、槍であると後から判断した。


 強烈な熱風が肌を焦がし、大気を揺るがす轟音が鼓膜を震わせる。


 そして、槍は容易く精霊を貫いた。


 腹部に巨大な風穴を開けた精霊は、何処か遠くを見つめている。


「お、おい……」


 全身から光の粒子を放出している精霊は、自身の姿を維持できなくなってきているようだ。


 そんな彼女が放っておけず、オーガンは一歩ずつ近寄っていく。


 精霊とは人類にとっての大敵である。しかし、敵であることと、見殺しにすることは結びつけることが出来なかった。


「……大丈夫か?」


「平気」


 焦るオーガンとは対照的に、精霊は非常に落ち着いた態度だった。


「いやいや、このままだと死ぬだろ!」


「それでも、構わない」


「俺は君に助けてもらったんだ。だから今度は……」


 途中までに言葉を発したとき、オーガンは精霊が僅かに微笑んでいるように見えた。


「私は人間が憎い。だけど、あなたのような人は嫌いじゃないかも」


「……」


 死を受け入れている。


 そう感じたオーガンは返す言葉が見つからない。


 精霊の身体から放たれる光が強まっていったとき、オーガンの脳裏に一つの発想が浮かぶ。


 『精霊は人を捕食する存在』であることを。


 その判断が正しいかわからない。


 ましてや、実体を持たない精霊がどうやって人を捕食するのかも知らない。


 だが、躊躇している時間はなかった。


「俺の身体の一部を食え。そうすれば魔力を補充できるだろ」


 それは、精霊にとっても予想外の言葉だったのだろう。


「……」


「指を何本か。それでも足りないなら……腕でもいいから!」


 そう言いながら左腕を差し出すオーガンに、精霊は動揺していた。


「……無理」


「遠慮はいらない、早く。時間がない」


「違う。そうじゃなくて。私の場合は特別に無理なのよ」


「いいから! 死にたいなら後で死んでもいい!」


「だから、違うって――」


 押し問答を繰り返しているとき、両者の指先が微かに触れ合った。


「「え……」」


 稲妻が走ったような強い衝撃をオーガンは受ける。


 身体から魂が抜けだしたような虚脱感。


 真っ白な光で視界が染め上げられ――


 ここで、オーガンの意識は途絶えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ