88.父の奮闘
〈クンツ・フォン・シュワルツクロイツ〉
あまりのことに呆然としている間にユリアン達は去っていってしまった。
暫くして妻が先に気を取り戻した。
「あなた! 追いますよ!」
そ、そうだ。
立ち上がり窓にふと目をやると飛竜が飛び立つところだった。
時既に遅し……
ヴィルマに目線を戻す。
「王都へ……王都へ行くのです」
支度を始めた。
王都へ。
道中の村や町には殆ど立ち寄らず馬車を走らせた。常ならば14日掛かる道程を9日で駆け抜けた。
10月上旬のうちに王都邸へ辿り着いた。
だが、ユリアンは居ない。学院かと思ったが違うらしい。
家人たちは揃って、
「ユリアン様達は家名を捨てたからここには住めないと言って出て行きました」
と言う。
移転先も聞かされていないとか。
途方に暮れてしまう。
……学院……あそこに間に合うように帰参した筈だ。
学院へ行って確かめよう。
「ヴィルマ、学院へ行こう」
「……それは……そうね、そうだわ」
「旦那様、奥様。この時間ですと……」
午後8時を回っていた。
仕方ない、明日か。
翌朝、内務卿のエールリヒ侯爵から呼び出しの使者がきた。
内務卿だと? マルキアス辺境伯ならばともかく、私なぞに用はなかろう?
疑念を持ちながらも侯爵邸へ赴いた。
「やあ、シュワルツクロイツ子爵。始めましてかな?」
「そうですね、始めまして。クンツ・フォン・シュワルツクロイツ子爵です。以後良しなに」
「うむ、良しなに。初対面の君に今からとても辛い話しをしなければならない」
「と言いますと?」
「私は王立学院の学院長も兼務していてね、その縁で君のご子息やクロエ様とも親しく接して頂いている」
学院長だと? それなら。
「「ユリアンに会わせて下さい!」」
妻と声が重なった。
「私の話しとは正にその件についてだよ」
今の私は上級貴族へ向けてはいけない類の目をしていると思う。
訝しいことこの上ない。
「まず、ユリアン様は今はまだ君達に会いたくないと考えていらっしゃる」
「ユリアン様?」
「聞いたはずだよ? ユリアン様は今や一国の王だ。しかもその勇名は共和国にまで轟いている」
「それは?」
「そこまでは聞かされていないのだね。良かろう、私の知る限りを話そう」
そうしてとある英雄譚を聞かされた。
それらの話しが本当ならば、ユリアンは武人として私を、いや、マルキアス卿をも上回るだろう。
私の息子が英雄。そして民衆に望まれて王位に。
何故か涙が零れた。隣に座る妻に手を握られた。見るとヴィルマも泣いている。
何故?…………あぁ、私達の息子は手の届かない高みへと去ってしまったのだ。
会えないはずだ。
ユリアンはこのヴァン・ヘルムート王国としても要人中の要人だ。
もうどうしようもなく……寂しい。
自慢の息子だった。
愛しい息子だった。
手放したくはなかった。
クロエからだって奪い返して自由にしてやりたかった!
だが全ては手遅れだったのだ。
この先、戦争で、政治で、金銭で、様々に揉まれながら魂を削られる思いをしながら生きて行くのだろう。
その傍らにはあのダークエルフが必須だ。
そんな人生は……幸せなのだろうか?
少なくとも武人としての生き方しかして来なかった私にはそうは思えない。
ユリアン、私の可愛い息子。
我が手を離れるには早すぎるよ…………
「シュワルツクロイツ卿、私から一つ提案があるのだが、聞いてみないかね?」
「……なんでしょう」
「もう少ししたらとあるポストに空きができる可能性があるだが、後任人事は難航が予想される。君にはある一点に於いて非常に高い適性がある、一方でかなりの学びが必要でもある。だが、学びの分野に於いては私は王都随一との自負がある。どうかね、一つ挑戦してみては」
「そんなこと、私になんの利点があると言うのですか?」
「息子さんとの確実な接点が出来ますな」
「ユリアンと?」
「えぇ、そのポストを手にすれば間違いなく」
何も分からない。だまされているのかも知れない。
しかし……前に出なければどんな敵も討つことはできない!
私は受け型ではない、火のごとく攻める剣士だ。
やってやろうじゃないか!
「分かりました、この身を委ねましょう。よろしくお願いします」
歴史、地理、各地産物、人名録、気候、移動経路、各国貿易体制、関税…………くっ、負けぬ。やり抜くと決めたことを投げ出すなど武人のすることではない。
掴み取り、ユリアンとの絆を取り戻すのだ!
12月下旬、とある日の午前、陛下より伯爵へ陞爵され、その日の午後、辞令が下されて外務卿に任じられた。
何故?




