81.焦燥のじいじ
〈ゼーゼマン・フォン・マルキアス〉
ユリアンが出奔してもうひと月が過ぎようとしている。
誰にも言わずに女二人連れて去っていった。
何故だ?
いや、理由は知っている。置き手紙に書いてあった。
確かに私は約束を破ったのかも知れない。
だが……そんなに怒らなくともよいではないか?
私はただ、皆にユリアンの素晴らしさを知ってもらい、称賛を捧げ共に喜びたかっただけなのに……だからその日を我が領の祝日とすべく、特別な呼称を付けたかっただけなのに……ユリアンは何故分かってくれないのか。私のお前を大事に思うこの心を。
あぁ、ユリアン。今頃どこでなにをしているのか。
心配で仕事も手につかない。
「旦那様、わたくしです。入ります」
仕事など……
「なんだ?」
「帝国内へ新たに影とハンターを放ちました。
あと、草を名乗るものが1名領都へ参っております。現在は聴取中で御座います」
「……このタイミングで草を名乗る者?」
「左様で」
怪しさが凄まじいな。
「よくよく吟味せよ。但し、本物の可能性は排除するな。本物ならばこれまで親、父祖の代より我が領に尽くしてきてくれた忠臣ぞ。相応に労わねばならん」
「承知に御座います」
草からの聴き取りをまとめた報告書を見ている。
・帝都の平定と皇帝の廃位を執り行なった英雄の出現。
・民衆と帝国遺臣達の圧倒的支持による英雄による新王への就任。
・共和国との紛争停止と全面撤退の実現。
・飢饉の民を救う穀物の大量持込みと公正なる分配。
・凶作の原因の除去。
これらは二人の女武人を引き連れた可憐なる姫騎士が成し遂げた。
その家名は「シュワルツクロイツ」である。
暫し思考が停止し……我が領の英雄は帝国の英雄ともなったと?
更に帝国から逃げてきた北部の貴族達が「北から流れてきた化け物のような三人の女騎士達に帝都が乗っ取られ、身の危険を感じ、逃げてきた」との証言を……皆がしていると。
どうやら真実であるらしい。
ユリアンが元帝国の新国王になったというのは。
なんと誇らしい我が愛孫よ!
是が非でも会いに行き、この手で抱きしめてやらねば。
こうしてはおれん。帝国領への旅の準備を……
「旦那様、シュワルツクロイツ卿よりお手紙が届きました」
うむ、クンツにも教えてやらねばなるまいな。いっそ共に行くか……
「…………お祖父様とは当分のあいだ口も聞きたくないし、会いたくもない……とユリアンが言って……」
がはぁ、くっ、待て、私の心臓よ……まだ、まだ止まるなっ!
くっ、
胸を拳で強く打つ。
ハァハァ……危うかった。
この手紙を読んで突然死など、クンツ、引いてはユリアンに迷惑が降りかかりかねない。
…………どうしよう?
王都へ行けばユリアンに会える。
なのに会いたくないと……
どうしよう?
…………………どうしよう。
その翌週、ユリアヌスルセル王国なる国から先触れの使者が私に会いに来た。
「布告致します! これより数日後、我がユリアヌスルセル王国よりヴァン・ヘルムート王国への使節団が当ご領地を通過いたします。
総員約500名、マルキアスブルグにて一夜の滞在を希望するものであると、団長、ガイウス・フォン・ケンプフェルト将軍はご希望であります」
ガイウスだと!?
あの最恐の騎士ガイウスか?
「返答やいかに!」
「貴国は元ルーメル神聖帝国であるか?」
「いかにも」
「現国王のお名前はなんと?」
「ユリアン・エルフィネス・ルセル陛下に御座います…………元のご家名はシュワルツクロイツであったと」
「左様か……通過及び滞在を容認しよう。宿及び城の一部を解放することを約束する」
「マルキアス辺境伯殿のご厚意に感謝致します…………こちらは陛下よりの非公式文書に御座います。辺境伯殿へ直にお渡しするように仰せつかっております。どうぞお納め下さい」
普通の手紙のようだ。
……ここで目を通すのは止めておこう。
執務室にて封を切った。
「本心よりの反省と改心無くば、2度とお祖父様にはお会いしません。改心したとして、その証明も必要です。お祖母様とあと二人くらいは証人が必要です。以後、国防は不要ですので、よくよくお考え下さい。ユリアンより」
改心。心を入れ替える。
どうやれば良いのか?
だれに聞けばよい?
妻か? イザベルに……ダメだな、小言を言われ過ぎて最早何を言われても心に響かん。
………誰かいないのか、私を制する心きいたる者は……
ハッ、ヴィルマか。娘の言葉はそれなりに腑に落ちる。
よし、クンツの所へ……使節団の応対をせねばならんか。
ここで手落ちがあればユリアンの機嫌を更に損ねてしまう。
それは絶対にいかん!
呼ぶか。
今後のことを話し合いたいと。
うむ、手紙を書いて直ぐにでも使者を出そう。
早馬を出し、5日後に使者は帰参したが……シュワルツクロイツ夫妻は王都へ立った後であった。
クソォ! 私だって行きたいのに!!




