69.守護精霊
〈クロエ・ルセル〉
近頃ソラが元気です。
ワタシとの旅の時には見られなかったことです。
…………ユリアン? いえ、ハンナという可能性も……ユリアンでしょうね。
いったいどういう……まさか匂いに反応している? 魔獣までもがユリアンに惚れる?
そんなの聞いたことがない。
でもユリアンの匂いは実弟までも惹きつけてしまっています。
いずれ確かめてみましょう。まずは検証方法を検討しなければ。
側室もこれ以上増やしたところで成人するまで子作りはできませんし、ワタシとハンナの機会を削るわけにもいきません。
あの小娘は寄ってきたら迎えるとして、そこで打ち止めにしなければ。
うーん、匂いの拡散防止……頻繁に湯浴みをする……のは却下。
これも対策を考えなければ。
もう、ユリアンは本当にもう、いつもワタシを悩ませてばかりです。
3泊でラーテルズ共和国首都アインテンプルに到着しました。
ここはユリアン対策の旅でもきています。ソラに乗って。
だから良いでしょう。議会堂前の広場へ着地しました。
ざわざわと五月蝿い。
「クロエ様!」
ん? 声の方へ向くと……あぁ、ハーフエルフの……なんといいましたっけ?
え、エロス?
「エロスでしたね?」
「エリスです! なにがエロスですか!?」
「大体あっているではないですか。何を怒っているのです?」
「クロエ様のそういうところ全てに怒っています!」
あぁ、こういう人でしたね。
面倒な。
「話しがあります。議会と元老院。双方の主だったところを集めて下さい」
「その前にその飛竜を何とかして下さい」
「細かいことを言う。そんなだから小さいままなのでは?」
「エルフとドワーフのハーフなんだから小さいに決まってるでしょ! これ以上育ちません」
「いや、小さい事を言うからでは……」
「違います!」
ユリアンとハンナが珍しいものでも見るような目でワタシを見ています。
ソラは食事に行かせました。明日払暁に戻るように言い聞かせ送り出しました。
「食事って……住民を食べたりは……」
「乗り物にしてからはほとんど人食はしていないと……」
「ほとんど!?」
「だから、細かいのですよ。そんなに心配ならここに留め置けば良かったのです」
「がっ、ぐぐぐ……」
「そんなことより早く集めて下さい」
「もう部下達が動いています! 2、3時間はお待ちください」
「そう。……お茶は?」
「……ついてきてください!!」
なにをそんなに苛々しているのか、だから背が伸びないのではないか? 余分な力を消費して……
「違います!」
うおっ!?
心を読まれた? いや、その系統の防御も常時展開済だ。
何故?
議会堂付近にある小さな飲食店に連れて行かれた。
店内は中々に趣きのある、趣味の良い造りになっている。
装飾も程よく可愛らしい。
「良い店ですね」
「うん、可愛らしいお店だね」
「じっくりと読書がしたくなるお店です」
「ありがとうございます」
「何故あなたが礼を言うのです?」
「私のお店だからです」
ほぉ?
そう言われれば小ぢんまりとしたこの店にこの小さなハーフエルフはしっくりとくるな。
「身体に合わせた訳ではありませんから!」
さっきから何故分かる?
気持ち悪い。
「まあまあ、せっかくだしお茶を頂こうよ。ね、クロエ」
そうですね。
「あの、この少女はどちら様でしょうか? 尊大なクロエ様を呼び捨てにして、対等な態度で接していますよね?」
「尊大? あぁ、ワタシの主です」
「主!? そんなのがこの世界に存在しえるのですか?」
どういう言われようだ。感情の表し方に困るな。
「あ、ボクはユリアン・フォン・シュワルツクロイツといいます。クロエとは伴侶となります」
「伴侶!?」
あぁもう面倒な。
その後はお茶と中々に美味い菓子をいただきながら温い、だが心地よい時間を過ごした。
2時間余り後、呼出しがきた。
さぁ、交渉だ。
とはいえ、ここの連中がワタシに逆らうわけもなく、更にユリアンの正体を明かせば全面的にコチラの要求を呑んだ。
元凶の皇帝は既に平民に下げ渡していると告げると、溜飲を下げた者、幾分同情の様子を見せるものなど様々であった。
あとはワタシ達が紛争地へ赴き、まだ収まっていなければ止めるまでだ。
とはいえ帝都を出立して12日。まだ停戦の使者は現地に達してはいないであろうな。
我らが早すぎるのだ。
ついでに聖女の守護精霊について聞いた。
その怒りは凄まじく、彼らも同調していたとはいえ、ここに至りその怒りを宥めるなど想像もつかないと言い出した。
居場所を聞くと、すぐ近くの聖堂にいるのだとか。
ユリアン達と赴く。
まるで暗黒の中に沈み込み怒りで我を失ったかのような上位精霊は……瞬時にユリアンに懐いた。
瞬きの間で、ユリアンに抱きつき顔を埋めてスーハーしている。
天人の影響下でユリアンへすり寄るならば理解できるが……実体のある上位精霊は天人の支配がほぼ及ばない。
それにもかかわらずユリアンを愛でる姿勢に一切の迷いがない。
ソラのことといい、ユリアンの愛され具合に不安すら覚える。
とりあえずこの腐れ精霊の頭を鷲掴みして引き剥がす。
「ユリアンはワタシの伴侶だ。勝手に懐くな。殺すぞ?」
少し怯え顔をしたが、すぐに
「ユリアンって言うのね。わたしルサルカ! 今からあなたの守護精霊になる女よ」
宣誓で性別を口にする精霊を初めて見た。
頭を掴んでいる右手に代わり、左手でコメカミを掴み締め上げた。
「やぁぁぁ! 潰れるぅ。 離して、離してよぉ」
「潰れろ、カスがぁ……」
「まぁまぁ、許してあげて、クロエ。人懐っこいだけで悪気はないみたいだし。ね?」
くぅっ。「ね?」って……可愛いすぎるだろぉ?
そんなの……許すしかない……
「ほらっ、ユリアンも言ってる。早く離してよ! え、あれ? 痛いっ! 痛いぃぃ!」
こんのクズ精霊がぁ、今直ぐ天におくりかえしてくれるわぁ。
おぉ?
ユリアンがワタシに抱きついてキスしてくれました。
全身の力が抜けさり……ユリアンに身を任せます。
「優しいクロエが好きだな、ボク」
ああん。ユリアンったら、もう。
その代わり今夜はユリアンが優しくしてね?
持ち手を後頭部に替えてルサルカの顔をワタシの鼻先まで近づける。
小さく「ヒッ」と聞こえた。
「ルサルカといったな? 我が名はクロエ・ルセル。ユリアンの正妻にして終生の伴侶だ。よく聞け。ワタシの許可なくユリアンと性交渉は許さん。ワタシの許可なくユリアンに憑依は許さん。ワタシの許可なくユリアンに愛を囁くことは許さん。……理解したか? あ?」
「…………はい」
「お前は守護精霊などという上等な存在ではなく、ただユリアンに仕える側女に過ぎない。序列を遵守せよ。ワタシの次はそこのハンナだ、いいな?」
「はい!」
「おまえは今のところ5番目だ。
よいか、調子に乗るなよ?」
「……はい」
「ワタシのことはクロエ様だ、ハンナはハンナお姉様と呼べ。分かったか?」
「はぃぃ…」
「クロエ、もうその辺で。ルサルカ、聖女様の話しは聞いたよ。酷い話しだ。ボクも腹が立った。だからあの馬鹿皇帝をその地位からひきずり降ろして今は底辺に落とした。それで許してくれないかな?」
「それは……生きてるってこと?」
「そうだね。だって、死んだら終わりじゃないか。もっと生きて苦しませて、後悔させて、自ら死を乞い願うくらいには追い詰めてやらないと……もったいないだろ?」
あ……ユリアン? あなたは……人心の最底辺を知っている?
何故?
「うん。そうだね……でも……見たいな、今のアレを」
「わかった。手配するよ。それで、君はボク達と一緒に来るのかな?」
「もちろん! ずっと一緒よ」
アインテンプルを退去しました。
ソラは満足そうです。なにを食べたかは知りません。
ルサルカは実体があるといっても魔素の異常圧縮による無理矢理な実体ですから、質量はほぼありません。触れるし、打撃もある程度は有効ですが、普段はまぁ、浮いています。
だからソラの負担にはならないという……追い出す口実が見当たりません。
ん? ユリアンなにを……え? そんなことが可能なのですか? ええ! 本当にできた!
ユリアンによるルサルカ改造が成り、少々の揉め事のすえ結局同行することとなりました。
チッ、
議会から停戦の使者はでていますが、ワタシ達の方が早く着きます。
さて、どう止めましょうか。
ユリアンの歌?
混戦と広域紛争ではどうなのでしょうか?
分かりません。
とにかく行きましょう。
ユリアンと共に。




