60.ユリアンの功績
〈ゼーゼマン・フォン・マルキアス〉
ユリアン以降孫は6人授かった。どの子も可愛い。
それでもユリアンは特別だ。
妻もそう言っている。
学院へ行く少し前にここへクロエ様とやってきて模擬戦をしたのはもう半年も前か。
驚いたことにユリアンの力量はクンツとも遜色のないところまで伸びていた。
クロエ様のご指導の賜物か。
凄まじき成長だ。成人するころには私を超えるかもしれん。
なんとも楽しみな可愛く美しい孫よ。
それなのに嫡子を外れ、貴族籍も抜けるという。そしてクロエ様と旅立とか。
ある意味羨ましい。
自身と頼れる伴侶、二人の力だけで世界を渡る。
なんと心躍る旅ではないか。
私とてこの背負いし重責無くば家を捨て直ぐにでも飛び出してゆきたい。
だが無理だな。築き上げたしがらみが、なにもかもが私を縛る。
権力が、地位が、栄誉が私を縛る。
こうなっては動けん。
体制を支配する者は体制に支配されてもいるのだ。
なんと不自由な。
一度ユリアンに聞いてみたいものだ。お前にとっての自由とは何かをな。
「旦那様、シュワルツクロイツ子爵様ご到着にございます」
ん? 早いな。到着は2日後ではなかったか?
応接室へと向かう。
「おぉ、ユリアンではないか。息災か? クンツ。長旅ご苦労である。クロエ様。歓迎致します」
「ゼーゼマン卿、早くの到着、申し訳ごさいません。妻達は予定通り2日後の到着となります」
飛竜か。あれも欲しいな。
私程度では従ってはくれまいがな。
「なんぞ急ぎの要件でも出来たかな?」
「ゼーゼマン卿。執務室へ移動しませんか?」
情報管理が必要と?
よかろう。
「付いてこい」
「それで?」
「領内でユリアンが盗賊を捕まえました」
「お前の領内でか? どういうことだ?」
それから事案の詳細が語られた。
紛争による兵士不足。下位精霊による凶作被害。各地の反乱に農民の逃散。
末期ではないか。
うちが歴代にわたって放っている草、その繋ぎをする影達。一体なにをしている?
「その殆どが報告されていない。直ちに裏を取らねば……食料を奪いに来るやもしれぬな」
「そう思い、急ぎご相談に上がりました……報告書はだいぶ前に送り、使者も帰参しております。しかるになんの沙汰もないことに疑念がございました。やはり初耳ですか」
「なんだと!?」
城内に裏切り者がいるということか。
なんとも。
「沙汰なしを私から聞いたユリアンが再度賊に聴取を行いました。これには私も同席しております。そこでユリアンは神聖帝国の事情を誰かに話したかを問いました。すると一度だけあったと」
「それで?」
「帝国訛りを懐かしいと言って話し掛けてきた男がいたと。自分は亡命者で、もう20年以上前に国を出た。今の様子を聞かせて欲しいと言って酒を奢られたそうです」
「亡命者? いるにはいるが……」
「ユリアン相手程には詳細な情報は提供出来ていなかったようですが、凶作と盗賊の頻出、民の離反などは話したようです」
「兵士不足の原因などには至っていないと」
「そこでユリアンは相手の男の名前や特徴などを聞きました」
「わかったのか?」
「名前は忘れていましたね。ですが特徴はかなり詳細に覚えていました。左頬と額に刀疵、左手の指が2本欠損」
「……ま、まさか。ヤツなのか……」
「私の脳裏にも恐らくは同じ人物が浮かびましたよ。国境警備隊副隊長ヨハン・フォン・クリューガー。マルキアスランキングは15位でしたか」
あ奴は神聖帝国貴族であった両親と共に30年程前に亡命してきた。当時はまだ2歳かそこらの乳飲み子であった筈。
あちらでの爵位は伯爵であったという。故にフォンの名乗りを許した。
現在、ヨハンには騎士爵を与えている。
領内でも上位の強者であるが……
そんなものが裏切りを。
「とはいえ、彼では使者の手紙を窃取することはできません」
「それは……そうだな」
「そこでユリアンの策を用いました」
「ユリアンの?」
「4日前、影を使者に偽装して再び密書を持たせました。城で従者へ密書を手渡した後、監視させました。密書は上役のまとめ役へ渡り……秘匿されたとのこと」
「その従者まとめ役は?」
「クルト・ベッカー」
「……そうか……すまんな。全てお前任せで。私は落ち込むことしかできんとは。これらは真にユリアンが?」
「ええ、自慢の息子です。少しばかり出来すぎな私の自慢の息子です」
「間違えるな、お前とヴィルマの子だ」
「ハハハ、そうでしたな」
「それで、どうしたらよい? 策はあるのだろう?」
「ここからはユリアンから」
「ではゼーゼマン様……」
「お祖父様! であろう?」
「……お祖父様、ヨハンは一先ず放置で、クルトに休暇をやりましょう」
「裏切り者に休暇?」
「周りの者にも周知したところで……攫います。それから尋問ですね」
「なる程、突然居なくなっても取り敢えずは警戒されることはなくなるか」
「出来るだけ短期間で城内の掃除をしたいので、尋問はクロエに協力してもらいます。余程の傑物でなければ直ぐに落ちますよ」
「ハハハ……見学してもよいかな?」
「……構いませんが……その後怖がったりしないで下さいね」
クロエ様を見る。今のところ無関心であるな。
「う、うむ」
「それで、神聖帝国の紛争地帯についてなのですが…………」
視察というか偵察について説明された。
強く反対したのだが、クロエ様の前に沈黙させられた。
パーティー後の出立を認めさせられてしまった。
なぜかクンツが苦笑いしている?
致し方なし。初めての外国、見分をひろめるが良かろう。




