59.執念の女
〈クロエ・ルセル〉
子を産み育てた後、強さのみを求めて殺伐とした人生を800年余り過ごしてきた。
もうだいぶ前には充分な域に達してしまい、基礎領域の鍛錬ばかりしていたら更にとんでもなく底上げしてしまい、もはや周りがゴミか羽虫程度に思えてきた。
人との関わりを捨てて隠棲に入ろうかというタイミングでのユリアンとの出会い。
色褪せていた世界が途端に鮮やかな光に満ちた世界へと転換していった。
はじめからありもしない性欲に突如として目覚めたのもこの時だ。
もぅ、ソレしか考えられないほどに頭の中が染められた。
しかし、その時点でユリアンは赤子だ。なにも望むことは出来ない。
だから未来に夢をみたのだ。
ユリアンに不老と長寿を。
ユリアンから性の施しを受けられるようになるのはいつか、それまでに目標を達成するにはどうするべきか。
契約期間の間に充分な準備をし、断腸の思いでユリアンから離れた。
長寿化については既に目処が立っていた。
あとは不老だが、これについて研究していたダークエルフがいることを知っている。それと有角族のとある里に所蔵された禁書の中にそれを扱った物があったはず。
当時は興味がなく手を出していない。
他にもいくつか該当しそうな知見をあたろう。
専門家だと思っていたダークエルフは壁に突き当たり、関連分野の研究で茶を濁す体たらくと化していた。
何に行き詰まったのか聞き出すと、いくつかの実験素材がどうにも手に入らないのと、有角族の里にある禁書の記載事項の確認がさせてもらえないこと、などを挙げた。
全て揃えたとしてどれほどの期間で仕上げられるか聞くと100年もあればなどと温いことを抜かす始末。
「全て用意できる。だから5年以内に結果を出せ」
「5年では短過ぎる。希少な素材も用いての実験を多数繰り返す必要がある。一人では限界があるよ」
「資金、人員、素材、施設。全て用意する。それでも断るというならば……」
「ひっ!……分かったその条件でやるよ。だからその目をやめてくれ……」
まずは有角族の里です。
道中、必要な素材を狩りながら進み常人ならば1年は掛かろう道程を半月で駆け抜けます。
食事はすれ違いざまに狩った魔獣などを生のまま齧って済ませます。三日に一度、二時間ほど睡眠を取り、また駆ける。
到着した時にはボロボロの恰好でしたが、里の長老は快く禁書の閲覧を許可してくれました。
素早く目当ての禁書を捲り即座に内容を記憶します。
さらに関連しそうな禁書を全て同様に記憶し、翌日には里を出立しました。
素材を過剰に集めつつ、時折人里へ出て素材の運搬依頼をします。
運搬先はワタシがもつ複数の拠点の内、あのダークエルフが住まう森から1番近い場所です。
ドワーフとハーフエルフがやたらと集う街があります。
ここで街の長に談判します。
「素材の扱いに長けた者。生体研究の経験がある者。を10名ずつ程。他にも多人数の世話をするメイドや料理人などを手配せよ」
そう言って執務机の上に金貨袋を3つ積んだ。
総額大金貨600枚だ。
「期間は約5年。目的達成したらさらに同じだけ出そう。お前にな」
怯えていた目に暗い光が灯る。
「承りました。必ずやご用意致します」
場所を示した地図を渡す。
「ここまでは物資輸送だと2ヶ月掛かる。故にまずは食料などの物資を纏め先行させよ。人員も到着がこれに見合うように集めて送り出せ」
抜けはないか考える……
「現地にはジャンヌというダークエルフがいる。万事其奴の指示に従え。良いな?」
「ジャンヌ様ですな。承りました」
「ジャンヌ。いるか?」
夜明け前、まだ暗がりの中、ジャンヌの家の前で声を掛ける。
しばしして、今起きたと言わんばかりのジャンヌが姿をみせた。
「なあに? あれからまだ2ヶ月だよ。 忘れ物でもした?」
「旅の支度をしろ。研究の拠点へ移動する」
「は? そんな馬鹿なこと……本当に?」
ワタシの目を見て悟ったらしい。
「払暁より1時間で出立する。最低限必要な資料と用具のみ取り揃えよ。速やかにだ!」
やれば出来るものだ。それから2時間余りで支度を済ませた。
ワタシはほぼ手ぶらなので重い荷物はもってやった。
仮にもダークエルフであるジャンヌは身体能力が高い。
彼女が着いてこられるギリギリの速さで森を駆け抜ける。1週間で拠点に辿り着いた。
チッ!
ワタシだけなら2日で着いたのに。
各地から送り出した素材はまだ到着していないようだ。
まずは、ここに元々ストックしてあった大量の羊皮紙に禁書の内容を書き写していった。
ある程度の纏まり毎に紐で綴りジャンヌへ渡していく。
ジャンヌはそれを歓声を上げながら読み込んでいく。
数々の気づきと発見があったようで、
「これなら5年のオーダーもなんとかなるかもしれないよ!」
と言ってはしゃいでいる。
「なるかもしれない? 違うだろ? なんとかするんだよ。な?」
途端に青褪めて小さく頷くジャンヌ。
「これから各地より素材や物資がここへ運び込まれる。1ヶ月強あとには研究要員と世話係の人員が来よう。お前はそいつらを使って効率的に研究を進めよ。あとは……」
隠し金庫から金貨袋を取り出す。
「開け方は覚えたな。この中の金は好きなだけ使え。くるやつらには支度金を街の長に支払ってあるが、不満があるようなら追い金を払ってやるといい」
「……うん」
「この拠点はお前にやる。報酬の一部と思い好きに使え。あとは……よいか?」
「言った通りなら充分かな。あ、研究要員って何人くらいくるの?」
「素材の取り扱い要員が10名。生体研究要員が10名と申し渡してある。足りなければ街の長へ招聘の手紙でも書け」
「そんなに!?」
「ではもうよいな、ワタシにはまだやることが多い。素材は適宜送る。2年後にまた来る。ではな」
言って直ちに旅立った。
次は鉱人族の里で500年ほど前に聞いた伝承についてだ…………
不老化のほうは結果としてはジャンヌの貢献により達成した。
成果の褒美をやるから申し出よと言ったら
「クロエとまぐわいたい」
とのことだった。まあ、女なら構わんか……ということで抱かれてやった。
そして長寿化だが……
これはユリアンには言えない。
いや、言わないほうが良い。
仮に言う時がくるとしてもそれは施術したあとだ。
彼の生体としての頂点が何年後にくるのかはまだ分からない。
今は可愛らしい可憐なユリアンもやがて雄々しい男となろう。
その時まで、ユリアンにも明かせないたった一つだけの秘密。
愛しているわユリアン。
命懸けて。




