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5.クロエ・ルセル

クロエ・ルセルは過去に子を1人成している。エルフはおおよそ100年ほどかけて成人するのだが、この頃あたりから各々がなにかしらの事象に興味をもち研究や習熟に没頭しはじめて人間関係や家族関係などが希薄化していく。


彼女の娘もこうした習性に従い生後110年ほどで親元を去っていった。

以来娘とは会っていない。

ひょっとしたら里へ帰参しているのかもしれないが彼女自身が帰参していないので知るべくもない。

そんなことよりもクロエは自身のワンテーマである強さの追求に注力すべきであり実際そうしていた。


魔導をベースにしながらもフィジカルアップを欠かさず武術研鑽も怠らない。

実に勤勉かつ一本気な性格である。しかし強さを追求するならば鍛錬だけでは足りない。

実戦が必要だ。しかも自身の底上げをもたらすような強敵との死闘こそが理想。



里にいた頃、少子化が極まっていたエルフ社会では長老会による出産子育ての強制割り振り制度があった。

興味対象の追求や自由なフィールドワークを妨げるそれらの妊娠出産からの子育て期間は他種族からは想像もつかない苦行なのだがクロエはこの申し出を受けた。


ちなみに拒否した場合は里からの追放と部族からの除籍である。

寿命が長く数の少ないエルフ達は里を中心としたコミュニティのネットワークがあり、相互に「覚えている」ことにより生存確認と身分保証がなされて、どこであっても「偉そう」にしていられる根拠になっているのだ。


他の人族との混血たるハーフエルフにはこうした身分保証がないし、里入りも許されない。

追放と除籍とはエルフとしての立場と身分を失うに等しく、その先の人生を生きにくくし尚且つライフワークの探求にも大きな支障がでる。


失うものの大きさもあるが実のところ強さの追求と鍛錬において、特に魔力操作系の鍛錬は自宅で家事をしながらでもできるし能力の向上を自覚しながら過ごすこともできる。

彼女的には出産育児にともなう時間喪失はないに等しい。

むしろ我が子の成長と強化の相関などを観察し、なにかに活かせないかなどと考察しているくらいだ。

それにこの強制策にはアメと鞭がセットになっている。



エルフの長い人生とはいえ100年から200年を無為にさせるのだ。長老会はエルフ社会の権力機構であり良識を超越した判断と決定ができる。

それゆえの出産子育ての強制というペナルティつきの強権発動なのだが、反面、本人の希望に沿ったその後の人生のバックアップにも注力している。

そうでなければ個人主義が強いエルフ達はその後の身分などかなぐり捨てて実力だけで生き抜く余生のほうを選択しかねない。

実際そうしたエルフは何人かいた。


彼女が長老会に望んだことは強くなるための情報と手助けと強者と闘うための仲介。

これらは娘の出産後すぐに実行され、数百年経った今でも継続されているクロエのためのプログラム。

つい最近も中人族の内ではかなり上位の強者である貴族の屋敷へ潜り込み、強力な血筋の末に生まれた「救世の御子」認定されたらしい赤子との接触と身近で観察するポジションを融通してもらった。


それは実に有意義な5年間であった。また、歓喜に満ちた新たな人生の始まりでもあった。




〈クロエ・ルセル〉


100年をかけて成人するエルフに比べ中人族の成長は早い。

わずか15年で成人するというのだから。

寿命が短い生物ほど生殖能力を得るまでの期間が短い。

そして短命な人生のなかで子育てをしながらさらに何度も子を成して急かされるように生き抜くのだ。

特に女は。呆れるやら感心するやらだがマネしたいとは梅雨程も思わない。



生後6ヶ月だという赤子と挨拶を交わした。

いくら成長が早い中人族とはいえそれがいかに異常なことかは理解している。

魔法の師となることも仕事の一部として挙げられていたが、なるほど、可能だろう。

赤子の世話も仕事に含まれており、説明時に可能なのかと問われたときはどういうことかと疑念を持ったが、なるほど、納得である。ちなみに問いかけに対して出産子育ての経験があると応えたところかなり驚かれた。

まぁ、無理もない。私の見た目は中人族なら20歳前後といったところだから。


さて、まずは赤子と親しく接する第一歩として大切なのは何をおいてもスキンシップであろう。

揺りかごの中の赤子をおくるみごと腕にとり抱き上げた。

ふわりと赤子特有の香りが鼻腔にふれる……身体の芯から、より正確に言えば子宮のあたりから熱が生じるのを感じた。

はじめはあるのかどうかもあやふやな母性の目覚めかと思ったのだ。

が、次第に身体中に小刻みな痙攣のような震えが生じ、より多く、より深く赤子の匂いを全身が、魂が求め渇望した。


強さ追求の過程で自身を完全に律する術を身につけたはずの私が今、ひと目もはばからず赤子の首もとに顔を埋めて深く深く吸気することを止められない。


ここまで案内してきた乳母の女性が背後から声を掛けてきた。


「いかがされましたか?」


細くゆっくりと息を吐きやや間を置いてから振り向きざまに応える。


「手放して数百年経ちますが、娘を思い出しました。そういえば赤子とはこのような匂いがするものでしたね。懐かしい、温かな感触です」


「そうでしょうとも。特に若様は良い香りを漂わせておりますもの。わかりますわ、そのお気持ち」


わかってもらえた。


ひとしきり今後の話をして、屋敷内の案内などを受けてから私に割り当てられた部屋へ通される。

既に私物や必需品などが運び込まれていたが、それでも手狭さは感じられない広い部屋だ。

装飾などは子爵家相応といったところだが陽当りも良く、庭の眺めも良い、待遇の良さが感じられる良質な部屋である。


さっそく荷解きをして替えの下着を取り出す。

スカートの裾をまくりあげて履いているショーツを脱いで両手に摘んで目の前に。

それは股間部分がぐっしょりと濡れていた。

これから5年間、私の理性は耐えられるのだろうか。

行為に及ばすとも私の気をやってしまうほどの芳わしき香りを放つ赤子との日常は果たして天国か地獄か。



明日から憂鬱で心浮き立つ日々が始まる。

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