48.姫参戦
〈クラウディア・ヴァン・ヘルムート〉
宮廷へ帰った後、湯浴みをしてフォーマルな服に着替えます。
今夜は珍しくお父様から晩餐のお誘いを受けておりますので。
面倒なこと。
侍女を伴いダイニングルームへ。
既にお父様、王妃様、王太子のニコラウス兄様、次男のアーベル兄様、そして先刻エールリヒ侯爵邸でお茶会を共にしたフランツ兄様が着席しております。
長女のヴェロニカ姉様は隣国の王太子へ嫁いでおり、ここにはおりません。
「遅く成りました」
「いや、刻限前だ」ニコラウス兄様
「それでは始めよう」お父様
適宜運ばれる料理の皿。
食べ進めながらポツポツとした会話が交わされます。
不意にニコラウ兄様から声が掛かります。
「そう言えば今日はあのクロエ様と御子と共にお茶会があったとか?」
「ええ、エールリヒ侯爵のお誘いで。彼の派閥の貴族や私、クラウディア、あと珍しいところではガンツ師も参加しておりました」
フランツ兄様が応える。
「ガンツ師が? それはなかなかに興味深い。歴代の王族の誘いすら断りつづけてきたというのに」ニコラウス兄様
「クロエ様が招かれているからでは? ガンツ師はクロエ様の臣下を自称しておりますから」フランツ兄様
「そうなのか?」
お父様が驚いている。
「クロエ様とユリアンが工房を訪れた際そのように発言したとの証言がありますし、本日も本人がそのように発言しておりました」フランツ兄様
ここで珍しく王妃様が口を開く。
「そのクロエとユリアンと申すはあの天恵のカーテシーの二人?」
ちょっと驚きながら全員で頷く。
「陛下、その二人を夜会に呼べませんか?」
「ユリアンはまだ12歳だ。夜会は成人してからという決まりがある。それにな、クロエ様は意にそまぬ呼び付けなど無視なさる。仮にユリアンを引き合いとして無理に招請などしたら……滅ぼされるであろう」
「滅ぼされる?」王妃様
「比喩でも無ければ過剰な配慮という訳でも無い。事実、クロエ様にはその力がある。王宮程度ならば片手間で撃滅しよう」
「エルフとは言え、陛下が臣下の伴侶如きに様などと。それに、いくらなんでも力の見積もりが過ぎましょう」
「新しく近衛騎士団長に抜擢したマルクス・フォン・バルツァーは知っていよう?」
「鎧袖即断の騎士ですわね。王国騎士最強との呼び声高い誉れの武人と聞き及びます」
「王国最強か……最強はゼーゼマンだ。あとに続く数人はマルキアス辺境伯領と派閥貴族内にいる。その中にはユリアンの父、シュワルツクロイツ子爵が入る。他三方の辺境伯領にも化け物じみた武人が何人もいる。マルクスはそうした化け物達となんとか相対することができるという程度だ。まぁ、この王都に於いては最強かもしれんがな」
「……どのような根拠を持ってそのような」
「先だって王立学院で小さな催しが行われた。学生がガンツ師から賜ったという装備を付けて武器の試技を披露するといったものだ。はじめは師範たる近衛騎士団隊長の依頼を受けて試し斬りなどする程度の話だったそうだが、朕がその見物を望み仰々しくしてしまった」
「それで?」
「まず初めにシュワルツクロイツ子爵家の戦闘侍女が演武を見せた。素晴らしく美しい舞であったな。試技用の丸太をショートソードで撫でながら演武を終るかと思われたが、最後に腕の一振りでダガーを5本投擲し縦列に丸太に刺さり、丸太が10程にバラけて落ちた。
次にユリアンが槍を振り丸太を斜め斬りし、ズレ落ちる丸太に突きを5回貫いた。その後、次の丸太へ行き剣を構えたかと思うと右手が僅かにブレて見えただけで直立に戻り風弾を放つと丸太が三つ、輪切りとなって落ちた。朕は刀身を見ることすらできなんだ」
ここでお父様は一息ついてワインを飲み干した。
王妃様は話しを聞き、定まらない目線を未だにさ迷わせている。
「マルクスに聞いたよ。あれらに勝てるかと。一対一では絶対に敵わないと断言しおった。その対象はシュワルツクロイツ子爵の家人と息子に過ぎないのだよ。それにすら近衛騎士団長は敵わんのだ。中央の武の弱体化は目を覆うばかりだな。それとも地方が強すぎるのか」
「しかし、エルフへの敬称は違うのでは!?」
「その後にクロエ様が試技の場へ進まれた。その隙を突いて近衛騎士団分隊長のペトラがユリアンに側室にとせがんでおってな、直後、レイピアが抜き放たれ、轟音と土煙が舞い上がった。魔導士に晴らさせると大地の傷跡としか形容出来ないような光景が広がっていたよ。後で計測させたところ幅0.7m、深さ2.3m、長さ210mのV字型切れ込みだと知れた。魔導術を使用していないことは帯同した魔導士が確認している。剣の一振りだけでそれを成したのだよ」
給仕に注がれていたワインを再度飲み干した。
深い溜め息を吐いてから続ける。
「ユリアンにちょっかいをかけていた女騎士のペトラだがな、試技を終えてから殺気を纏ったクロエ様に片手で吊り上げられ、210m先まで一直線に投擲され、切れ込みの終端に頭から突き刺さっておったよ。恐らくはクロエ様による防御結界のような術で保護されておったのだろう。大した怪我もなく生きておったそうだ」
「き、危険なのではないのですか? そのような化け物が王都に滞在しているなど」
「アウグストに聞いたのだよ。学院ではどうなのか、危険はないのかとな。あ奴は言いおった、『クロエ様の求めるところはユリアン様の歓心にて。ユリアン様を傷付ける、貶める、誹謗するなどの行為を制すれば如何ほどのこともございません』とのことだ。ユリアンを庇護し、クロエ様へどのような強権も及ばぬよう、法整備をせねばならん。マルガレーテ、いや、王妃よ協力せよ。そしてその方ら、以後クロエ様、ユリアン殿との呼称を徹底せよ。よいな?」
そういうことですか。決定事項の周知と徹底の申し渡し。但し、外聞もあり、晩餐の場でそれを行なったと。
お父様も気苦労の絶えないこと。
王妃様は無口で知られていますが、法治の専門家でもあります。
法の立案、原案は大体王妃様が関わっておられますもの。
先ずは王妃様を納得させるところから始めるのですね。
お父様、大変良くできました。
おや? アーベル兄様の様子がおかしいですね。
アーベル兄様は先年、神聖帝国から第2皇女を娶り新たに公爵家を興されております。
何か思うところでも?
「あの、宜しいでしょうか?」
「なにか」
「クロエ様とユリアン……殿の関係が余りにも知れ渡ると救世の御子として暴かれる可能性はないのでしょうか?」
「最もな疑念だ。だがな、神聖帝国との遣り取りは今後も継続してゆく。国防としての取り組みはゼーゼマンがいかようにも対処しよう。御子探索の手は学院周辺へも既に延びている。ユリアン…殿へたどり着くのも時間の問題だと影からの報告にもある。ならば優先すべきは王都の安全ではないか」
「成程、二兎を追わずですね」
「お前には余計な苦労を負わせることとなるな、済まぬ」
「なんの、我が祖国、我が親、我が兄弟の為ならば苦労などというものはありません」
わたくしとアーベル兄様の母は側室で同腹です。
王太子であるニコラウス兄様と嫁に行かれたヴェロニカ姉様は王妃様の腹です。
フランツ兄様だけが同腹兄弟を持たない側室腹なのですが、二ヶ月早生まれの兄様とは良好な関係を保っております。
だってここは気が抜けないのですもの。味方は多いほうが良い。
フランツ兄様だって同腹兄弟がいない上、後見人となる母親の実家が伯爵家では心許ないでしょう。
まぁ、そんな小さな政治の話しなど今はどうでもよいことです。
早く部屋へ戻りやるべきことがありますもの。
あの天恵の歌を、曲を、可能な限り書き留めなければ。
心奪われるとは正にあのこと。
ユリアン様への密やかな懸想が実を結ぶことはないでしょう。
それでも沢山の思い出を作り、可能な限り同じ場所に滞在し、お話しをして……記録を残すのです。
わたくしに与えられた人員の中には影出身の侍女や市井でハンターをしていたという調査に長けたものなどがおります。
そうした者達に命じてユリアン様の観察とその記録を出来うる限り詳細に書き留めさせています。
わたくしがそれらの記録に触れ、ユリアン様の行動に想いをいたし続けている限りわたくしはユリアン様と共にあり続けられるのです。
まぁ、何故かユリアン様の寮室は外部から内情を伺うことが一切出来ず、屋敷にはユリアン様滞在中結界が張られて近寄ることすらできないとか。
どちらもクロエ様の仕業でしょう。
いずれにせよどこぞへ嫁に出されるまでの手慰みのようなもの。
そう長くは続けられない。
どうして王族などに生まれてしまったのか。
悔いようもないことをつい考えてしまいます。
例えば貴族の娘だって好いた殿方と結ばれるなど夢物語だと言うのに……
ん? お父様がなにか言っていますね。
「しかしマルガレーテよ、楔を打つと申すが具体的には何をせよと?」
「王家としてできることは外交でしょう」
「外交? どことだ?」
「決まっています、国家の脅威になり得るクロエ様とです」
「もっと具体的に申せ。言葉数を惜しむな」
「……クロエ様の根幹にユリアン殿が在る。ユリアン殿はマルキアス辺境伯派閥の子爵家嫡男。
ユリアン殿を子爵家から分離し別家を立てさせ、より王家に近しい立ち位置へと誘導する。その為に血縁を結びます。勿論正妻はクロエ様。従って送り込む姫は側室ということに。全てはクロエ様の合意が得られればという仮定にしか過ぎないながらも現在取りうる最善策かと」
「なるほど、そうなるとユリアンが当主となる新設の貴族家は国王派の武の象徴と出来るな。上手く運べばマルキアス辺境伯派閥も取り込めるし、クロエ様という最高戦力も手にはいる。正に総取りの策よな」
おやおやぁ?
待って、待ちなさい。わたくしは王妃様の献策の生贄となるのです。
下級貴族たる子爵家男子へ側室に出され、嫁ぎ先では正妻たる恐ろしいダークエルフに下位者として仕える悲劇の姫君としての立場を確立します。
そんな身の上に同情を禁じ得ない善意の協力者を募り、お父様方へは多大な恩も売ります。
悲劇の犠牲者として。
資金他様々にお強請りできることでしょう。
そしてユリアン様、クロエ様にもそのような流れでお縋りする。憐れに思し召して頂ければ重畳ではありませんこと?
わたくしはただ不安気な顔をして待っていれば良いのです。
お父様からのお声掛けを。
絶対に喜色を見せてはいけません。




