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44.それぞれの思惑

〈アウグスト・フォン・エールリヒ〉


閣僚として、学院長としてその場に立ち合い全てを見届けた。


我が主の力は想像できうる私の上限を遥かに凌駕していた。

そのお力は少なくとも人族のそれではない。


敬愛し、畏怖し、全肯定した我が主。

しかして慄然たる根源的恐怖は避け得ざるものであった。


それでも危険視はしない。

なぜなら我が主の全ての行動原理の根幹はユリアン……様の歓心に根差していることを知っているからだ。


影仕えの為の方法論が出来上がり、更に補強されてゆく。



ところでだが、近ごろのユリアン様のご様子は非常に楽しげで明るい雰囲気だ。


一方クロエ様の雰囲気はなにやら暗い。

元々無表情で感情の動きに乏しいお方ではあったが、ここ最近はつとに低調とみえる。


なんと表現するべきか。失われた何かに後悔している?

或いは大切な何かを奪われた?

ユリアン様に激しい叱責を受けた?


どれもありそうだが。うむ、有り得ん。


クロエ様から奪う? ただの自殺志願であろう。

ユリアン様はクロエ様の夫君であるが、様子を見ていれば分かる。あれは庇護(ひご)者と養い子の関係に近い。


ユリアン様の成長を目を細めて見守り、導く者。

そして、その言に耳を傾け期待に応えようと奮起し続ける幼子。


聞けばその繋がりはユリアン様の生後6ヶ月から始まったという。


ユリアン様に大器を見て後見となったというのが真相ではなかろうか。

まさか乳児から魅了を受けた訳でもあるまい。


いずれにせよだ。あの戦闘侍女にも驚いたが、ユリアン様の技にも驚いた。

あれで入学後の実力測定が中級だと?


あれから二月余りであの技前は有り得ない。であれば答えは一つ、測定時に手を抜いたのだろう。


何故だ?

実力を偽る意味、必要性。12歳の子供にそんなものがあるのか?


思えば彼も分からん男だ。


担当教師によれば授業態度は真面目だが、クロエ様が横に座る様になってからはなにか落ち着かない様子が見て取れるようになったとか。


まぁ、無理もない。

クロエ様だからな。私とてその様になろう。


そして恐らくは授業の内容は卒業迄を含めた全てを履修済であろうとも言っていた。


一度誤って高難度の数学問題を出してしまい、誰もが答えられない中、ユリアン様だけが完璧な回答をしたのだとか。


武だけではない、高い学識も持ち合わせている。

あとは文化面を含めた教養だが、あのカーテシーを魅せられた……もとい、見せられたあととなってはそちらも想像がつこうというものである。


ふむ、一度当たってみるか。



今週末の闇の曜日、我が家でのお茶会に招待しよう。




〈ヨーゼフ・ヴァン・ヘルムート〉


なんなのだ、あ奴らは。

クロエは置いておくとして、ユリアンとあの戦闘侍女。

おかしいであろう。2名ともが近衛騎士団長を凌駕する実力者だと?



先頃解任した騎士団長に代わり実力本位で抜擢した新騎士団長があのハンナとかいう戦闘侍女を見て、


「戦場に於いての集団戦ならばまだしも、1対1ならば臣よりも強いかと思われます」


と、躊躇う(ためらう)ことなく返答しおった。

影とすれば最強の手駒となろうとも申しておったな。

さもあらん。


その上ユリアンだ。

あ奴の試技を見ての新騎士団長の感想は


「あの装備を着けた彼の前に立てる気がしません。一太刀目はなんとか認識できましたが、三太刀放ったなど……あり得ぬのです。槍でもそうでしたが、踏み込みが(するど)過ぎて、もはや対応不可能でございます」


見ると歯噛みして震えていた。



それほどか。

なれば二人ともを我が近臣としたい。



我がヴァン・ヘルムート王国は大貴族の政治と辺境伯の武力で成り立っている。


朕とてそれらの一角を担ってはいるし、実権がないわけでもない。

先頃も軍務卿を皆まで罷免(ひめん)したばかりだ。


形ばかりとはいえ貴族達は王家への忠誠を誓うし、表面上は忠義の臣として振る舞いもする。

だがな、奴等の本貫は家を守ること、その為に王国を「管理」することだ。


愚昧(ぐまい)でも勤めを果たさずとも政治に口を出さなければその王は寿命を迎えるまで生きられる。

然し、英邁(えいまい)で政治を一手に牛耳ろうとする王は長生きが出来ない。


そういう立場にある(ちん)は常に屈強たる護衛と有能なる影を欲している。



うむ、美麗なる戦闘侍女はハンナ・フェルナーと申したか。

いっそのこと二人とも我が後宮に迎えるのもよいな。


ハンナを後宮での護衛とし、(とぎ)も申し付ける。

ユリアンは……いかんな、そう言えばあ奴は男子であったか。

後宮へは……いっそ切ってしまうというのはどうか。

尻は使えよう。

そうであれば後宮へ招くことも可能か。


いやいや、流石にそれではシュワルツクロイツ子爵のみならず、ゼーゼマンすらも激昂しかねんな。


ならば朕の側仕えとして常の(ねや)へ侍らせれば……



ゴッ!!!


突風!?


何なのだ、何が起きた?


クロエは位置に付いただけで……何も……レイピアが抜き放たれている?


その先にはもうもうたる土煙が……魔導士へ指示しこれを打ち払う。

そこには……それを人が成したなど誰が信じようか?


大地に刻み込まれた真っ直ぐな「傷」。

それがこの敷地の終端まで続いている。



後日、宮廷に仕える大魔道士に聞いたが、土魔導でもそんなことは不可能であると言っていた。



アレが付き従い、伴侶であると公言する男子を我が閨に?


国が滅ぶわ!



大貴族どもも朕を切り捨てるであろう。


なんと言う危険な欲に塗れ(まみれ)たことか。

今正気に至れたことが正に救いだ。




「アレ」か。


正式な呼び名を早急に定めよう。

ただ名を記すのではその危険度が後世へ伝わるまい。

アレはまだ数万年生きるのだ。


アレの本質を言い表わす的確な二つ名を定めねば。

公式文書に記載し、新たな法を整備するのだ。


何も分かっていない馬鹿が手出しをする前に。

法と国軍と官僚で彼らの地位を保障し、庇護せねば。



滅びが(もたら)されるであろう。

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