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38.天恵のカーテシー

〈ユリアン・フォン・シュワルツクロイツ〉


屈辱と愉悦が同居したオレにとってのアナザーゾーンを抜け出したくて、辞去(じきょ)を告げるために陛下へ向き直ると、かなり逝ってしまっていらっしゃる目をしていた。

このままでは2分もしないうちに、

後宮(こうきゅう)へこないか?」とか、スカウトされそうだ。

その前に去らねば。


「陛下、臣はこれにてこの場からご無礼仕ります」と臣下の礼を取った。


「陛下、絵師を連れて参りました」


間髪入れず廊下側から声がする。

どっかで見たような気がする偉そうなオッサン。

その後ろに5人、イーゼルやらカンバスやらを抱えたのがゾロソロ入ってきた。


彼らは思い思いの場所取りをして、絵描きセットを組み上げる。

そしてオレとクロエを一瞥すると、ある者は溜息とともに諦め顔。ある者は呼吸を忘れたかのように静止してこちらを見つめている。ある者は脱力したとろけ顔になっている。


まぁ、それは置いておくとして。


「なんですか? 彼らは」


さっき入室してきた偉そうな人がこちらへ来て自己紹介をはじめた。


「実は君とは二度目の邂逅(かいこう)となるのだがね、財務卿という重責を陛下より賜っている。名をカール・フォン・ミュラー公爵というものだ。気軽にカールと呼んで欲しい。因みに、そこにいるエイダの父でもある」


てんこ盛りの自己紹介。

はぁ、


「おかしな格好で失礼します。クンツ・フォン・シュワルツクロイツ子爵が子、ユリアン・フォン・シュワルツクロイツと申します。以後良しなに」


一応貴族の礼として右拳を心臓に宛てて上体を45°前倒ししての挨拶をした。


「おかしな格好などということはない。似合っているのであれば、それを余人が認めるのであれば、その場での君の姿は正しく正装だよ。だからさ、その艶姿(あですがた)を絵として残したいんだ。クロエ・ルセル様とともにね」


かふっ。血を吐きそうな無理強い。


エイダ! 貴様には二度とちゃんはつけてやらん!

君はいい奴だったが、君の父上がいけないのだよ。


「もぅ、帰って宜しいですか」


もう一度、貴族の礼をとりつつ努めて平静に陛下に問う。


「絵の下書きが終わるまではつきあえ、ユリアンよ。クロエ殿も承知しておる」


みんなグル。


「ところでユリアンよ。さっきの辞去の挨拶をカーテシーでもう一度やってくれんか?」


ざわっ……あからさまに周囲がざわつく。

さすが陛下とか、分かっていらっしゃるとか聞こえる。


「あの……陛下?」


(ちょく)である、ユリアン・フォン・シュワルツクロイツよ。(ちん)の前でカーテシーを」


パワハラ!!


ハンナが近寄ってくる。


「ユリアン様、両側のスカート中ほどを指先で摘み腰の高さくらいまで持ち上げ…………」


知ってるわ、カーテシーくらい何百回も目撃してるわ。

なんならモノマネしてたわ!


「ハンナ、ハンナ! 知っているよ。カーテシーの何たるかくらいは。ただね、この姿でそれをしてしまうと大切なナニカを失ってしまう、そんな気がするんだ」


「ユリアンよ。気を楽にせよ。余興だと割り切って朕の前で披露してくれれば良い、それだけだ。他意もなしだ」


気楽にて、オマエさっき勅っていったよな?

それって王命だよな?


今度はクロエが寄ってくる。


「それならばワタシと一緒にやる?」


「エルフは中人族に礼をとらないんじゃないの?」


「それでは画家達へ向けて礼を取りましょう。キレイな絵を描いて下さいとお願いするのです」


「おお、それは名案。流石クロエ殿だな」


どんどん流されていく。

もうすぐカリフォルニアが見えてくるかも知れない。


えぇーい! やってやらぁ!


「それじゃあクロエも一緒だよ?」


なにか高まったかのような顔のクロエと横並びとなり、窓を背にして一堂に相対してカーテシーを行なった。ゆっくりと、丁寧に、それでいてキレを意識して。



~~~~~



後年、ミュラー公爵がとある夜会で派閥の貴族達に囲まれて語ったところでは、


「あれ以上のカーテシーを見たことがない。今も夢に見ることがある。私は道ならぬ恋心を抱き、そして置いてきたのかも知れない。届かぬ想い、故にこの美しい記憶は永遠のままだ」


天恵のカーテシーといわれ、後に王国所蔵の中でも最高傑作と云われる名画。

一説にはあと数枚描かれたとの伝承があるが世に出ることはない。


午後の浅い入射角の日を背後から受けた、二人の美女の礼姿の絵画。

公爵が恋焦がれたのはどちらの女性であったかは謎のままである。

だが、この絵画に纏わる(まつわる)儚くも美しい悲恋の物語は名画と共に遥か後世にまで伝えられる事となる。


この絵画の別名「ミュラー公爵の想い人」の物語として。



別話として、カール・フォン・ミュラー公爵は王国貴族を離脱した英雄へ側室として嫁した長女に終生嫉妬していたとの証言もある。


一方で、英雄は天恵のカーテシーの美女二人ともを娶ったとの伝承もあり……まぁ、そういうことなのだろうと学識者の間では受け止められている。



~~~~~~



オレがこの伝承を知ったのは遥かに後のこと。


クロエは相変わらずだが、あの頃のオレを描いたソレを自慢気に見せられたときの悶えるような羞恥心。

オマケに伝承を聞かされて……


関係者はほぼ死に絶えている。


だが、オヤジ! オレ、アンタに懸想(けそう)されてたの?


いやぁ~。

情けなくも美しい? 小話でした。

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