37.堕ちた公爵令嬢②
〈エイダ・フォン・ミュラー〉
ユリアン様のものとなるための下準備。
最難関かと思われたお父様の説得はクロエ様との関係構築を条件にあっさりとご了承いただけました。
謹慎中であり学院にも行けない身としては情報収集くらいしか出来ることがありません。
そうして集まってくる情報にはクロエ様関連が多くありました。
わたくしはこんな恐ろしい方にあんな無礼な物言いを。
生きているのが奇跡です。
そう言えはあの直後に話し合った際、お父様も同じことを仰っていました。
ユリアン様のことで頭が一杯でしたからまともに聞いていませんでした。
その後も時間だけが過ぎてゆきます。
ユリアン様。妄想の中のユリアン様とお茶をしたり、屋敷の庭を散策したり、音読での読書会をしたりと、楽しげな想像をたくさんするのですが、浮かんでは消える儚いまぼろしのユリアン様にはなにも届かない。
最後に残った一番大切で、思えば切なくて、それでも本心から求めて止まない想いの中心。
ユリアン様の匂いが嗅ぎたい。
こんなはしたない想いは誰にも明かせません。
いつも話しを聞いてくれる侍女のエマにもまだ明かしていません。
身体の奥のほうが熱くて、なぜか下腹部がムズムズして……股間から出血しました。
呆然として自室の床に座りこんでいるわたくしを見つけたエマは直ぐに何が起きたのか理解したようで、何かを取りにいくと言って一旦部屋から退出していきました。
暫くして戻ると、着ているものを全て脱がされて、綿を包んだ包帯のようなモノを私の股に宛てがいます。その上で、いつも愛用しているふっくらとした下着ではなく、ショーツという肌にピッタリとした下着を履かされました。
そのまま裸の状態で、何故出血したのか、出血にはどう対処するのか、この生理? 用品は以後必ず持ち歩くことなどを教えてくれました。
下着も、生理用品の押さえがきかない今までのモノは止めて、今履いているショーツに替えなさいと。
そのあと部屋着を着てからお母様の元へエマと共にゆき生理が始まった旨報告しました。
お母様は「やっとですか」と、溜息と共に呟いていました。
エマは言います。
「お嬢様はその身に子を宿すことができるようにおなりです。いままで以上に殿方との距離感には慎みを持って接するようになさって下さい」
そういうことですか。
概要としては存じておりましたが、わたくしはそうした性教育を受けておりませんでしたから。
狼狽えてしまいましたね。
以前から疑問におもっていたことをエマに問いました。
「何故わたくしにはそうした教育が施されなかったのでしょう? 他家では行われていることは知っていますよ」
ちょっと困った顔のエマ。
「口止めされている?」
少し考えてから教えてくれました。
「大奥様のご指示です。大奥様は神聖帝国の大貴族ご出身で、創造神の使徒教会の熱心な信徒でいらっしゃいます。その教義と申しますか、教えのなかに『性の目醒と子を成す行いの正否はテラの見えざる息吹に触れて成る』という一節があるそうで、自然に任せるべき事を教育するなどもっての外なのだとか」
あぁ、あの老女が……厳格ではあるが無能で、愚痴が多く、あらゆる物事に好悪が激しい。
お父様もうんざりなさっており、二年前に小さな病を得たことを幸いに領地の別邸に押し込めてそのままになっていましたね。
「居なくなって二年になりますが?」
「旦那様にもいくぶんそうした気質がごさいまして……」
弟の代にはなんとかして欲しいものです。
それからはエマを師として性教育を受けます。
通常授業や選択科目の軍事と内政は学院で学ぶことなどない程度には履修済です。
今はユリアン様のご期待に適う性知識の取得が急務です。
だというのにエマは実技的なことは一切教えてくれません。
「何故肝心な部分を教えていただけないのかしら?」
「お嬢様はそのままの方が殿方、特に話に聞くユリアン様には好感度が高いと思われます」
「そんなことを……エマ自身に経験がないから教えられないのでは?」
エマはかがみこんでわたくしに目線を合わせ、軽く両の肩に手を置きます。そして口もとだけで嗤いながら暗い刺すような目線を向けて言いました。
「もしお嬢様が想いを遂げられて破瓜に至ったあと、彼はこう聞くでしょう『痛かった?』と。そうしたらこのように答えてください『ここに至るまでの痛みにくらべたらどうということもないですわ』と。ユリアン様は生涯お嬢様を大事にして下さることでしょう。本当にお羨ましいこと」
肩に指が食い込んで、痛い。
怖かった。過去に何か有ったのでしょうか?
聞けませんけれども。
お父様から呼び出され執務室へ。
クロエ様がユリアン様の為に素材集めをしているそうで、我が家にも目的物の一つがあったのだとか。
わたくしの気持ちはお父様へお伝えしておりましたので、謝罪の機会にしてはどうかと仰られて下さいます。
有難いことです。
是非お会いして和解の機会としたいとお願い致しました。
久しぶりにお会いするクロエ様はまるで物語の女神様の如くお美しい。
あの頃の曇った眼では10歳近くも歳上の……庶民が言うところの「年増」ではないかと……しかし、この方はエルフ。この先100年経とうとも変わらぬ美貌を保ち続けるのです。世の殿方がそれを欲しない筈もない。
わたくしは浅はかさ、愚かさに恥じ入り、言葉を尽くして心からの謝罪を致しました。
そして寛大にもお許しいただいた後、お付きの侍女が非常に興味深いお話しをされています。
自分が興奮しているのが分かります。
不意に話しがわたくしへと振られました。
これは……わたくしの仕事ではないでしょうか?
わたくしのスキル、エマの才能。行ける。やれる筈です。
わたくしは問われるがままに計画を組み上げてゆき、途中、学院長による補足を受けながら瞬く間に作戦行動のレジュメを書き上げました。
無関心を装っておられたお父様にも役割りが振られ、戸惑ったような顔をしながら実は楽しんでおられるのをわたくしは知っています。左手の親指を人差指に擦り付けるクセ。
それが証拠です。
作戦の細部を詰めること、そして可能ならば取引をする為にクロエ様達を自室へお誘いしました。
実に愉しいひと時でした。
そしてわたくしのワガママは聞き届けられました。
第二なら側室も可能みたいです。
側室なら家人扱いですから家族として紹介ができます。
とても嬉しい。
第一側室のハンナさんのことはお姉様とお呼びすることに。
そして最後に小さなお願い。
なんとその場でお恵みがあるとは!
全て見通されておられたのですね。
わたくしの恋心も、魂の渇きも。
お二人が優しい目で包みを手渡してくれます。
その包みの価値は我が全財産に匹敵するでしょう。
あとは部位ですが、はしたなくも一番に望むのは……あ、あぁ……感動の余り涙が止まりません。
震える手をなんとか動かしソレの上部に鼻を寄せていきます。
あぁぁぁぁぁ……なんという至福か。
比喩ではなく、何度も夢に見たユリアン様……のパンツ。
いぇ、まだです。まだ下部の核心部分を味わってもいないのに至福などと。
さぁ、もはや躊躇いなど無用。
飛び込むのです。天界の花園へ!
すうぅぅぅぅぅぅ………………
か、はぁぁ、うぅんん!
ビクッ、ビクッ、ビククッ!
ぷしゅっぁぁぁ〜
目覚めるとベッドの上でした。
まるで生まれ変わったかのように晴れやかな気分です。
起き上がって応接テーブルを見ると紙の包みが二つ置いてあります。
クロエ様、ハンナお姉様。エイダは今回受けた御恩を生涯忘れません。
決して裏切らず、疑わず、頼り、頼られ、敬愛と信頼を糧として共にユリアン様に尽くし、寄り添いましょう。
今度こそ折れることなく、真実の我が矜持にかけて誓います。
計画は大成功でした。
そんなことよりもユリアン様が尊い。
なんという美しさ、なんという愛らしさでしょう。
ご自身の姿をご覧になったときの戸惑いのお顔などは、それを観ているわたくしまでもが全身に蔓延りウネルような熱にまとわりつかれ身悶えしてしまいました。
わたくしだけではございません。
同室にいる全員が魂を奪われたかのように呆けて目が離せなくなっています。
そしてわたくしはクロエ様やお姉様が見守る中、ユリアン様に抱きつき愛の告白を果たしました。
ユリアン様は優しくわたくしを諭し、
「また今度落ち着いて話そう?」
と、仰っしゃって下さいました。
とても可愛らしいお顔で。
あぁ、わたくしが逞しい殿方ならば今直ぐこの天使を攫って遠い国へ逃げのびて、海辺に小さな家を建てて日がな波の音を聞きながら静かな暮らしを楽しんだことでしょう。
二人っきりで。
ままならないものです。
ん?
廊下の扉が半開きに……お父様?
ユリアン様をじっと見つめて固まっていますね。
ダメですよ。アレはわたくしのモノです。
専有では有りませんが。




