34.これがワタシ?②
〈ユリアン・フォン・シュワルツクロイツ〉
準備室内には既に選び抜かれたと思しき大小の衣装二着が用意されていた。
出来レースという単語が脳裏を過ぎった。
最早これまでか……いや、いかん。
このまま流されたらまた新しい扉を無理やり啓かれて迷子にされてしまう。
性癖属性の迷子。
因みに、性癖とは性的嗜好を指す言葉ではない。日常生活の場でこそ宛てられるべき言葉である。
のだが、使い勝手がいいのでパラダイム変換だ! これも誤用。
オムツで排泄は闇の中。アリかナシかで言えばアリ寄りのナシか。
あの時至った解脱は再び輪廻に里帰り。
ア◯ル責められは既に開発が最終段階へ移行しつつある。もはや後戻りは絶望的だ。
近頃はクロエも追随している。
無条件降伏間近。
調印式は是非とも無人の原野で人知れず行いたい。
立会人は失禁令嬢に頼むか。
共感が得られそうだ。
今度オムツを勧めてみよう。
こんなことを考えているうちにハイスピードで処理されてゆく。
肌触りの良い純白のドレス。
装飾過多とならないように細心の注意を持って仕上げられたであろう上品なレースの割り付けは素人のオレから見てもその流麗さにウットリしてしまう。
着せられて分かったのだが仕立てが良い。動きやすいのだ。
いつの間にかエイダちゃんの侍女までもが参加。
ん? 甲冑着た……女騎士? までいる。男はオレだけ。
まぁ、クロエも着替えしているしな。
って、クロエもこちらへ参入。
みんなが嬉々として顔や髪を弄りたおしている。
そういやこの処髪切ってくれてなかったな。
毎週ハンナが整えてくれていたのに。これに備えて?
いつからだっけ。
完璧主義者のクロエが下着の履き替えを主張した。もうね、ナスがママに好きにさせた。
わたしのママがナス。
脱いだパンツは極自然にハンナのポッケにインされた。
彼女の侍女服? には何故かポッケがついている。普通はない。
ガーターに純白のストッキング。ピッタリの赤い靴。
いくら採寸したからって靴ってこんなにピッタリになるものなのか?
うん、純白のドレスに赤い靴が素晴らしく映える。
曾祖父さんに連れられて行かないよう注意しよう。
手指の先まで手入れされ、一番最後に唇へ薄い紅をさされた。
この時点で鏡は見ていない。
少し離れた位置へ下がり、みんながオレを観ている。
誰もが真顔だ。
女騎士だけがなんかハァハァしてる。
誰か一人でも刺さった人がいるならば本望。
なんか趣旨が変わってきていないか?
やがてクロエ、ハンナ、エイダちゃん侍女の三人が互いにアイコンタクトして頷き合ってから、クロエの身支度に取り掛かった。
手持ち無沙汰なオレはただそれをながめていた。
「綺麗だな」
ついポツリと呟いた。
ボッという音とともにクロエが振り向いた。
擬音のバッではなく、リアルにボッである。
目が合うと、耳までもカァッ!
ギギギギとぎこちなく顔の向きを戻す。
擬音祭だ。また京都に行ってみたいな。
南禅寺とかが好きだ。
充分にヒマは潰せた。
まずはクロエが教室へ移動する。
学生達も集まったらしく、若い歓声が聞こえてくる。
分かるよその気持ち。
生きている芸術作品。全ての所作が凛として美しく、吐く息すら欲してしまいそうな狂気に囚われずにはいられない。
高嶺の花という言葉では尚足りない。絶対者そのものが醸す抗えない美と暴力的なまでの魅了。
出会ってしまったことが不幸なのか、出会わずに死ぬことが不幸なのかは当人にしか解らないだろう。
そんな唯一無二がそこに在る。
ふう、久しぶりにほぼ本心の称賛を独白したぜ。誰にも聞かせられない。
ましてや本人には。
きっとその夜は歓喜した彼女によって絶叫の夜と化すだろう。
これで変態異常性欲者じゃなければなぁ。
理想的なんだけどなぁ。
手が届く変態に出会ってしまった不幸。今も噛み締めている。
隣室のざわめきが鎮まってきたところであの侍女が入ってきた。
頷きの合図を受け、ハンナがオレに手を差し伸べる。
オレはその手を取って立ち上がる。
手のひらの向きが本来の男女のそれと逆。
エスコートされながら、扉まで進むと侍女がドアマンよろしく開けてくれた。
教室へと踏み込み、恥ずかしさから俯けていた顔を静かに上げた。
しんと静まり返った教室。誰かのつばを飲み込む音が聞こえた。
クロエだけがオレを熱のこもった目で見つめている。
他の連中は目を見開き息をするのも忘れたかのようにオレから目を離せずにいる。
ちょっと、や、やだ。そんなにたくさんのひとから見つめられつづけるなんて。
そんなの慣れていないし、望んでもいない。
日陰にひっそりと咲く花でいいの。
クロエのような大輪の華を付ける女帝とは比べるべくもないというのに。
なんで意地悪するの? クロエの後にレビューとか。
グスン。
謎の落ち込みを一頻り味わったあと、ハンナに手を引かれて大きな姿見の前まできた。
俯いたオレは自分の足元ばかり見ている。
ハンナから声が掛かった。
「お嬢様、お顔を上げてくださいな」
言われるがまま顔を上げると姿見に映った自分がいた。キョトンとしたその表情は素朴でありながら、かなり控えめに言っても『絶世の美少女』がそこにいた。
ウソ、これが……ワタシ?
激しい鍛錬と試練のようなセッ◯スに明け暮れて、心の奥深くまでささくれだった醜いアヒルの子。
そんなボクが実は白鳥だったなんて。
こんなの、絶対クセになるに決まってる。
まてよ、おい!
陛下までをも組み込んだ予定調和の果てに新規の性癖定着を計ろうだとか。
しかも休校中だったエイダ嬢までもが噛んでいるだと!?
どんだけ広範囲かつ緻密に仕組んだんだ!
策略の立案にはクロエ以外も関与しているはずだ。クロエには王国内にほぼ人脈がないからそれは確定。
それにしても、なんというスペックの無駄遣い。
くそぉ、オレはもうこれ以上歪まないぞ。
最近ノーマルの解釈があやふやになりつつあるがこれから先には絶対に進まない。絶対にだ!
不意にエイダの侍女が横合いから近付き、手にしたコサージュっぽいモノをオレの髪に飾った。
銀糸で編んだ大きなアゲハ蝶のような髪飾りに羽根が添えられたものだった。
え? やだ、可愛い……
イチコロである。
今直ぐ鏡に映るこの天使を攫って、どこか遠くの国へ逃げてしまいたい。
そして海辺に家を建てて波の音をききながら静かに生きていくのだ。
一人で。
あぁぁぁぁぁっ!?
どーすればいい?
救いはないのか?
仕事しろや! 救世の御子!
マジつかえねぇ!
「完敗です。ユリアン。ワタシの思い上がりを打ち砕き、その上でこんなにも魅了してやまない。いったいどんな術式を使ったのですか?」
「まこと、数多の貴族の華達を見慣れた朕ですら見事に心奪われてしまった。天の使いか美の精霊か、生まれ生きてきた甲斐というものをこの歳になって初めて実感しておる」
「私、養いますから、結婚して下さい!」
女騎士だけなんかヤバいこと言ってる。
あ、壁まで吹っ飛んだ。
良かったね。丈夫な鎧を着てて。
でもダントツでヤバかったのはエイダちゃんだ。
正面からオレに抱きついて
「わたくしを貰って下さい」
と言ってきた。
なにはともあれクロエを見る。
無反応。
これまでもが予定調和の内?
人払いができたらタネ明かししてもらおう。
それまでの間、姿見に注目。
うん、可愛い。




