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31.学院長の奮闘

〈アウグスト・フォン・エールリヒ〉


貴種、ダークエルフのクロエ・ルセル様は実に博覧強記である。

数度の会話程度でも伝わるその怜悧な頭脳共々実に得難い存在である。


王宮でお会いした時も信じ難いような貴重な情報を我々へ提供してくれた。

但し、ユリアン・フォン・シュワルツクロイツを介してではあるが。


聞きたいことはまだまだ山のようにあるが、もう少しすればシュワルツクロイツが学院へ入学する。

そうしたらその後は私の懐の中だ。

いかようにも交渉できよう。



4月1日 光の曜日。王立学院入学式典はつつがなく終了した。


シュワルツクロイツの選択科目は歴史学。実技は武術か。

彼は救世の御子でダークエルフの婚約者という非常に稀有なる身の上だ。

子爵家嫡男でもあるが、このままでは派閥の寄り親たるマルキアス辺境伯の力が肥大化し過ぎるとの意見がかなり強い。


ただでさえ王国最強の武闘派であり、神聖帝国と数百年にも渡り対峙し続け、幾度かの侵略を全て押し返してきた。

英雄の家系とまで称賛され国民からの人気も非常に高い。

そこに更に1500年ぶりとなる至高の称号と、この世界最高戦力が加わるなど誰にも許容出来ないだろう。


しかし阻止する手段が一切浮かばない。

いや、あるにはある。唾棄すべき類の策略だが、もしその裏側が露見したならば国が滅ぶであろう。

破国の闇女帝。400年前のホーンにとっての悪夢は時の流れと共に更に強くなったとしても、丸くはなっていないだろう。



以前、シュワルツクロイツ子爵とマルキアス辺境伯が調査した報告書に対しては、なにかの冗談かと一笑に付す者が数名いた。

だが彼らは会議中、歯の根が合わない程の震えを止めることが出来ないでいた。

事実なのだ。

数万人とも云われた屈強なホーン達の国をたった一人で滅ぼすなど、往時、魔王を自称したホーンの王との対比すら無意味な絶対強者が実在している恐怖を受け止めねばなにも進められない。


だが実際に接した私が見るところ彼女は理性的で良識も多分それなりに備えている。

なによりシュワルツクロイツ家子息が同行していれば、彼を通してコミュニケーションもとれるらしいことは確認済だ。


うむ。いっそのことその知見を活かして教師でもしてもらうか。

シュワルツクロイツ家子息を教える事ができると匂わせれば意外と請けてもらえるかも知れない。

よし、当たってみよう。


後日、あっさりとクロエ・ルセル様の教師就任が決まった。


5月1日から頼むことにした。

初日は各種手続きと説明、施設案内などだ。

なにやら学生課から苦情がきたらしいが、些細なこととして不問処理した。



クロエ・ルセル様の歴史学の授業を受講した。


博覧強記どころでは無い。我々ヒューマンが触れ得ない禁書の内容。

エルフだけに許されたとてつもなく貴重な伝承の一部。

実際にその場で見聞したという数百年前の事件や出来事。

どれ一つ取ってみても、ヒューマンでは絶対に知り得ないはずの真実の歴史。


学習要領によって歴史学の初期授業はまず通史全てを流して解説し、その後古代から順に詳細な説明をしてゆく流れとなっている。

4月中に通史解説は終了しているのだが、「この教科書では不十分だ」とのご指摘をいただき再度クロエ・ルセル様による通史解説から再スタートとなったのだ。

そして今日がその初日。



彼女が語った何もかもは我々にとって再検証不可能であり(反証可能性の欠如)、とてもではないがヒューマンの学問として定義できるものではない。

だが、彼女自身は学問の何たるかを理解している。


自身が資料を積上げ検証し、別角度から再検証し、可能であれば証人から証言を取ったりもしている。

一つの事象に対し常に疑念を持ち、再検証し事実を更新し続ける。

彼女は正しく学問の徒である。

ただ我々が彼女の修めたあまりに高次なる学問を再検証出来ないだけなのだ。


最後は信じるかどうかの話だ。

私は信じた。そして……その識見、その強さ、その美しさに心酔した。



私だけではないだろうが、閣僚の立場にあろうとも陛下に必ずしも心酔してはいないし、忠誠心らしきものもそう意識したりはしない。

上級貴族として国家を支え運営するのが役割りであり、国王という個人を奉る(たてまつる)のは二の次だ。

次いで大事なのは自身の家を守り次代へと繋ぐこと。つづめて言えば国家の安定もこれに資するべきものだ。

だからこそ国境付近に領地を持つ貴族には隣国への接近や寝返りなどが中央との取引手段として有効となるのだ。辺境伯の潜在的優位性の根となるものだな。まあ、それはともかく。


仮に嫡男が愚かならば廃嫡することに躊躇(ちゅうちょ)しない。他に男子がいなければ娘に優秀な他家の次男三男を娶せれば良いだけのことだ。


王家においても繰り返されてきた伝統的手段だ。

そうした、なすべきことができていれば国も家もなかなかに潰れないものだ。


だからこそ我々上級貴族は上辺で忠誠を誓っていても、それは儀礼以上の意味を持たない。

そうした信条に生きる私が心酔できる対象を得るとは、人生とは分からないものだ。



火の曜日は王宮にて閣僚会合が開催される日だ。

近年は平和なこともあり、不定期化していたのだがクロエ様の王都滞在という、一種の緊急事態に際しこのところ毎週行われている。

あのミュラー公爵令嬢の事件以来、緊張感が高まりつつある。

自身が財務卿であるミュラー公爵はあれ以来物静かだ。

罷免を求める声も一部に有ったが、陛下が押し留めた。


エイダと言ったか。あの娘に救いの手を差し伸べたのは他ならぬユリアン・フォン・シュワルツクロイツなのだから。

これであの件を元に過剰な処分など行えばかの者がどう思うか。

それを想えとのお言葉には充分な説得力があった。それでしまいだ。


ともあれ、その日の夕刻より行われた会合に於いて私はクロエ様の授業内容を掻い摘んで説明し、これを聞いた陛下と閣僚諸卿が是非にも講義を受けたいと言い出した。

まさか授業の教室へ導くわけにもいくまい。どうせ他にも聴講希望者は増えよう。

そこで、クロエ様の許可を得た上での特別講義を後日大講堂で開催する旨を提案した。


しかし、かなり興奮している諸卿のみならず、陛下までもが待てないと言い出した。

合議の結果、明日午前に希望者を募り、大講堂で午後1時30分開始であればクロエ様にも負担にはならぬであろうと決まった。


勝手なものだ。


だが、まぁ、契約時に受講する人数の取決めなどは無かったから何とかご納得頂けるか?

あとは……舞い上がっている諸卿へ釘をささねばな。


「分かってはおろうが、念を押しておく。授業の主体はあくまでも学生である。受講希望者は学生が最優先するものであると心得て頂きたい」


「承知した。軍務卿、明日は(ちん)も学院へ赴く。警備を万全とせよ」


「はっ、では近衛騎士団の最精鋭を動員いたしましょう。ご許可いただけますか」


「うむ、騎士達へは内務卿の指示を徹底させよ」


「委細承知にて」


こうして段取りが進められてゆく。

私も動かなければ。時間がない。


ことを進めるにあたりこれからやらねばならないことがある旨を告げ、陛下の前を辞した。



急ぎ学院へ取って返し、まだ居残っていた職員へ大講堂の整備を指示する。

帰宅した職員や教師へも使いを送り呼出した。


全てが終わったときは深夜になっていた。

なんとか間に合った。席次などは明日の午前でも間に合おう。


一旦帰宅し、クタクタに疲れ切った身体を休めた。

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