29.沈黙の受講生
〈ユリアン・フォン・シュワルツクロイツ〉
四日目、今日はクロエの授業がない。
いつも? 通りに隣に座りセクハラ三昧のクロエ。
何か良からぬ事を考えている気配がする。
熟考する際のクセが出てるし。
その上で残った左手でお触りをしてくる。
考え事をしながらのダブルタスク実行とか、流石のハイスペック機
やっぱ最高峰のいい女だしね。
考え事をしているクロエの横顔も素敵。
弄り続ける左手に……あ、倅が少し反応してきちゃった。
するとすかさずオレに流し目を向けて僅かに微笑むクロエ。
いやん、そんなの反則ぅ!
さすがダブルタスク。
適当に弄っているのではないことがよく分かる。
キチンと倅にも気を配り、反応があれば直ちに注意を振り向ける
立てば響くとはこのことか。
そんな慣用句はない。昨日考えた自作だ。
その夜はいつもより多めにご奉仕致しました。
今だけはボクだけを見て?
シングルタスクで全力で。
五日目がきた。今日は授業が全て終われば王都邸へ帰宅だ。
その前に件の歴史学授業がある。
午前はいつも通りに過ぎてゆき、半立のまま昼休憩になる数分前、学院長が現れた。
頭に包帯巻いて。
クロエ師を授業会場へお招きするための輿を用意したとかで、一瞥してから廊下に出て見やると、あれだ、神輿だ。
短い時間で作ったわりには装飾過多ともいえる飾り付け。
強度確保の為に組まれた木材は極太でしかも井桁に組んである。その上に玉座の様な重厚な椅子が鎮座していた。
屈強そうな大柄の兵士8名が……こいつ等、またしても近衛騎士じゃん。ヒマなのか?……まぁ、兵士が傍らに控えており……これ高さ的に大丈夫かな?
オレが気付いたくらいだから当然クロエも気付く。
この輿の危険性をクロエが説く。
狼狽えている学院長が安全性を証明する為に自ら試してみるということになり……頭を天井に痛打した。
勢いよく担ぎ上げた兵士達からは
「やっぱり」という空気感が伝わってきた。
教えてやれよ。
徒歩で大講堂へ向かうと、隣室に食事まで用意されていた。
至れり尽くせりである。
ただクロエに対する気遣いのみが空回りしている。
授業改め講義は大人達というよりも上級生達の希望で初回授業の内容を是非もう一度と頼まれている。
クロエが演壇袖に座らされているオレのとこまで来て、
「同じことをもう一度とか、ユリアンは嫌ですよね?」
と聞いてきた。
ここからは聞き手達の顔が良く見える。
眺め回すと国王陛下と目が合った。
小刻みに首を縦に振っている。
是非、ということか?
しゃあねえな。
「同じ話しでもいいよ。でもちょっとだけ視点を変えるとかすると面白いかも」
はじめにクロエから講義中の私語は禁止と指示されたせいか、水を打った様な静けさの中でクロエの講義を聴き、叫び出さんばかりの表情を顔に貼付けひたすら何かに耐え続ける面々。
うん、鼻息と溜息と、感嘆符が擬音化したような謎音がほぼ同時のタイミングで聞こえてくる。
権謀術数渦巻く世界で暗躍していそうな人達も、学生達、教師達。
みんなの心が一つになっているね。
ただただクロエ師が凄い。
でもさぁ、禁止されたのは私語なんで「えぇっ!」とか「そ、そんな!」とか「あ、ありえん!」とかの個人的感嘆の発言? は禁じられていないと思うんだけど。
どうだろう?
やっぱり時間延長したのだけれど、前回より短い40分くらい。
打ち切る際に放ったクロエの発言にオレ戦慄。
「本日は屋敷へ帰ってするべき新しきことの打合せがございますので、ここまでにしたいと思います」
新しきこと?
午前の授業中の熟考と関係が?
あるのだろうな。
ヤバい。何かが水面下で進行している?
これは絶対に回避しなければならない案件だと本能と理性の双方が告げている。
逃げるか?
何処に?
しかしトレーサークロエの力量は魔獣狩りとかで散々みせられている。
オレ如きがクロエから逃げ切るとか想像すらできない。
あ、爺さんのところへ逃げ込むか。
いや、ダメだ。あの領都マルキアスブルグが壊滅する未来が見える。
もーいーや。
何したって無理だし。無駄だし。
投げやりになりながらクロエに手を引かれて大講堂をあとにした。
夜は普通にいつもの土の曜日を過ごし、二人を残して速やかに爆睡。
今週は疲れた。
熟睡した。してしまった。




