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2.じいじ

ゼーゼマン・フォン・マルキアスは生粋の武人である。


戦略、戦術に長じており無手でも剣でも槍でもおおよそあらゆる武器の取扱に精通しどの分野においても無類の強さをほこる。

魔術も3元素において上級まで習得しており、彼専属のどの護衛よりも強い、しかも圧倒的に。

戦略面での高度な考察ができるだけあって知能も高いのだが興味の方向性が武に偏っており領主としてはいささか問題のある人物である。



それについては彼の妻と二人の側室が非常に優秀な民政家であり、政治家であり、実務家でもあったのでゼーゼマンは彼女達への信頼から領地経営を丸投げしているためわりと円滑かつ繁栄していたりする。

領内最大都市であるここは中央部の丘に築かれた領主館を中心に一辺約1km、高さ5mの城壁が囲い、さらにその外側に一辺約3km、高さ10mにもなる外壁が囲う。


現在、農地や住居、街区は外壁の外にまで広がっており、更なる第二の外壁構築が取りざたされ始めている。

今なお繁栄のただ中にある領都である。


街の発展にともなう街区の拡大、これに対する防備として築かれたその巨大防壁は外敵を強く意識した歴代の辺境伯による防衛意識の発露であり積み重ねの結果である。

武門の誉マルキアス家の住まう王国南部最大の要塞都市マルキアスブルク。


その成り立ち時から運命をともにしてきた領主の家名をいただく街名がついている。

ここから馬車で街道をさらに南へ三日も進めば隣国であるルーメル神聖帝国との国境となる。

この領都だけでも常時3,000名程の兵力を保持し、予備役は約10,000名、領内の全兵力と派閥の貴族達を招聘すれば総勢50,000名を超える兵数を揃えることができる。


王国内においても三指に入る兵数であり、質においては王国どころか大陸随一と言われる軍事勢力である。

当然中央の大貴族や官僚からは代々危険視されてきているのだが不思議なことに王家の信任は非常に厚い。

 

そんなゼーゼマン卿のもとに寄り子貴族のなかでも特にお気に入りであり、自身の娘を嫁がせているクンツ・フォン・シュワルツクロイツ子爵のもとから先ぶれの使者がきた。2日前のことである。




〈ゼーゼマン・フォン・マルキアス〉


以前より娘からの手紙や子爵からの報告書にて知らされていたことではあるが、クンツの長子、まあ、我が孫がどうやら救世の御子である可能性があるとのことだ。

大変名誉なことではあるが、世間に知られてしまうとかなり面倒なことになる。

救世の御子の誕生は即ち破滅の御使いの降臨が近いことを意味する。


不定期に起こるそれらの相関は数万年も前から今日に至るまで6回あったのだそうだ。

長命なエルフ達の伝承であり書籍にもなっている一般に知られた事柄だ。

ただし、彼らがどのようにして戦いどのように決着してどのような変化を世にもたらしたのかについては詳細な記録がない。


さらにいえば救世の御子をどのように遇し、協力すればよいのかなどもほとんど記録はない。

二大宗教勢力である創造神の下僕(しもべ)と創造神の使徒はそれぞれに原初のエルフ信仰と使徒の天人信仰を掲げて裏で対抗しているのだが、そのどちらもが次に現れる救世の御子を保護……手中にして神輿(みこし)として教勢を拡大しようと目論んでいる。

なにしろ教義書にそうしろと記載されているくらいだ。

どちらもその正当性を主張して引かないだろう。


王国で保護するにしても中央で政争に明け暮れる肥え太った大貴族どもや、高慢な自尊心しか持たない無能な高級官僚らに関わらせてはろくなことにならないだろう。

陛下と王妃は巻込むとしてどこまで秘密の共有を許すか、悩みどころだ。

とはいえまだ御子と決まったわけではない。


今日、これから会うのは楽しい模擬戦の対戦相手と愛娘と可愛い初孫だ。思い悩むのは伝承に従って鑑定を行い結果がでてからでよい。うむ。

するとノックの音が、


「旦那様、シュワルツクロイツ子爵がご到着いたしました」


よし、ゆくか。初孫と対面だ。




「はちめまちて」


生後4ヶ月の赤子であるはずの我が孫はやや舌足らずながらも挨拶の言葉を投げかけてきた。

愛娘の胸元に抱かれたこの世で最も可愛いそれは強烈な初撃を我が身に浴びせかけてきた。

勿論喋ったということは先触れが運んできた手紙に書いてあったし救世の御子である可能性も示唆されていたことだ。


生後6か月程での言語理解と発言。それが御子の証であり、我が孫はそれに倣ったと。

報告が事実であるなら当然の帰結なのだろう。

ではあってもやはり現実に目の当たりにした喋る赤子というのは衝撃的だ。しかも初孫が。



「お父様?」


娘が呆けた様子の私に語りかける。


「驚きはごもっともなことでごさいましょうが、私達の愛息へ返答をいただけませんか?」


それは……そうだな。


「やぁ、はじめまして。私はキミの祖父だ。逢えて嬉しいよ」


そう言いながら右手人差し指を孫の手へと差出す。

孫はおずおずとした様子で私の指をその小さな手のひらに握りしめて、


「じいじ?」


と言った。

心の臓にキュウっとした、なにやら懐かしいような高揚感? いや、違うな。

この感覚は感傷の部類に属する何か……愛情の強い高まりと猛烈なる庇護欲の発露であるか。


「私にも抱かせてはもらえまいか」


幾分声を震わせながら問うと、


「どうぞ」


と言って孫を差出してきた。


繊細で、この上もなく尊貴なる宝物を扱うように両手で受け取り我が胸元へ抱き寄せて顔を覗き見た。

髪色は鮮やかな金色でクンツの血によるものだろう。

顔立ちは娘に似て非常に可愛らしい。

将来は大変な美人に育つに違いない。

あぁ、男子であったな。まぁよい。

いずれにせよ見目麗しき若者となるであろうことに疑いはない。


それにしてもなんと愛おしいことか。

この子が側にいるというだけで日々の幸福感と充実感は保証されたも同然である。

うむ、決めた。


「この子を私に……」


「「あげませんよ」」


クンツと娘が同時に声をあげた。くっ、クンツまでもが我が発言を遮り拒絶を。

じっと見据える私へさらにクンツが発言する。


「ゼーゼマン様であっても私達からこの子を取り上げるなど許容できません。絶対にダメです」


「わたくしにお父様をキライにさせないで下さいまし」


娘までもが追い討ちを。


苦渋の表情で孫に目を向けると、顔を外へ向け視線を娘達へやった。


「かぁしゃまとぉしゃまがいい」


くぁっ!今度は胸に激痛のごとき痛みが走った。

私の我儘、私の望みは孫の苦痛でしかないというのか。

そっと孫を娘に返しながら「冗談だよ」と笑むと、娘夫婦から怪訝な視線を向けられた。



このあと行政館から駆け付けてきた妻とのあいだにほぼ同じやり取りがあったことをここに明記しておく。

本作にお付き合いいただけそうならばブックマークとご感想を是非!

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