16.濡れそぼる令嬢
短めです。配分が難しい。
〈ユリアン・フォン・シュワルツクロイツ〉
王宮を後にしたのは日が暮れて辺りが暗がりに呑まれ始めた頃だった。
公爵邸で夕食をいただいてから、屋敷を辞して子爵邸へと帰路についた。公爵からは泊まっていかないかと引き止められたが、家人が心配するし明日の予定もあるからと、やんわりと断わった。
帰宅するとエントランスで待機していたらしいハンナが馬車まで出迎えてくれた。
食事は公爵邸でいただいた旨伝え、湯浴みの準備を頼んで自室へ向かった。
今日は闇の日。安息日だ。
だから「先に」風呂に浸かれる日なのだ。
元日本人にとってここ大事。
部屋着に近いラフな服に着替えてから2人で浴室へ向かう。
替えの下着や肌着などはいつもハンナが準備してくれる。領屋敷のときからずっと。
いつもありがとう。
思えば彼女との付き合いも長い。
オレが産まれる前から屋敷に仕え、13年ほどになるとか。乳幼児のころから着替え関係メインでお世話になっている。
オムツも彼女に一番多く替えて貰っていると思う。
んー、ハンナは結婚とかどうなんだろう?
仮に成人した15歳に就職したとして、そこから13年ってことは若く見積もっても28歳だ。
この世界での適齢期はとうに過ぎている。どうするんだろう?
こういうのって主家で世話したりしないのかな?
本人には聞き辛い。あ、クロエが何故か仲いいんだよな。
こんどクロエに聞いてもらおう。
なぁんてことを考えながら身体の隅々までクロエに洗ってもらった。
一人風呂が恋しい。
翌日から次々と挨拶まわりをこなしてなんとか2日残しで全て終わらせた。
途中、派閥内で同い年の娘がいるという伯爵家の王都屋敷へ出向いた際、なにやらおかしな空気感に。
令嬢と共に王都へとやって来ていた伯爵へ爺さんからの手紙を渡す。
手紙を読んでいる合間に同席していた令嬢に話しかけてみた。
えらく可愛らしい12歳の彼女には「可愛らしい」以上のどのような感情もわかないのだが、オレが話し掛けるとハニカミつつ俯きながらポツリポツリと返答を返す。
学院の話になり、
「学院に行けばヘルガ嬢のような可愛らしいお方がいらっしゃると思うと今から入学が楽しみです」
という身も蓋もない社交辞令を申し上げたところ、バッと顔を上げて立上り、真っ赤に頬を染め、強い意志を込めた瞳をオレに向けて言い放った。
「ワタクシにもチャンスを下さいませんか? ユリアン様に妻としてお仕えし、お支えし、お尽くしするのがワタクシの物心付いてからの夢でした。そのための努力もしてまいりました。仮とはいえ一度は婚約者に選ばれた身です。どうかワタクシをユリアン様のお側に!」
そうしてクロエの方を睨みつけ………失禁した。
隣りに佇むクロエを見やると、慣れたはずのオレでも背筋に怖気が走るほどヤバい顔をしていた。
その滲み出る殺気に当てられて辺境伯派閥内でも上位に数えられる強者の伯爵が椅子から転げ落ちて絶望の表情を浮かべている。
「ボクの妻はクロエだよ。今までも、これからもね」
みるみる氷解してゆく部屋の中の「空気」。もうひと押し。
「今日はたしか火の曜日だよね?」
水の曜日である。
「屋敷に帰ってからが楽しみだね」
表情に喜色が現れる。
まぁ、いいだろう。だが闇の曜日の安息日は絶対確保だ。
「それでは伯爵様。これにてお暇させていただきます」
そうしてその場を辞した。
尻もち伯爵と失禁令嬢。責任なんて取れないし、取りたくない。
当人達にとっても知らんふりされたほうが良いに違いない。
その日の夜は凄かった。




