116.リカルダ・ハバル
〈リカルダ・ハバル〉
本家は一度途絶えかけたことがあるそうだ。
優秀さが買われた養子を得て存続したが、血は薄まったとされた。それを補う為に二代前の分家の娘が嫁ぐことに。
それが私の母だ。
私は両性具有の半端者として生を受けた。その後、弟が生まれたこともあり、私は女として育てられた。
業前はかなりのもので、15歳にして里で最強と云われた。
ただ、房術は……切るかという話しもあったのだが、跡が残るし、そのままでは閨に上げられないともされて……そちらは免除とされた。
だから私は未だに処女だ。
だが、男として種があるのかどうかは本家の血筋としては確認の要ありとして、里の女達と散々やらされた。
だが、誰1人孕まなかった。
その内の幾人かは私に夢中になり、いつしか忠臣のようになっていった。
女としては生理がないので、そちらも機能なしとされた。
我が家は母が仕切り、父はほぼ家に居ない。
幼き頃より救世の御子様の再臨祈願をし、再臨した御子様へお仕えするのが一族の宿願であることを母から刷り込まれたお陰ですっかり御子様の使徒を自認するようになった。
そもそも影の頭領という立場も御子様の探索の為ということだし。
成人の二年後に救世の御子様が隣国のヴァン・ヘルムート王国に誕生したかもしれないとの情報が出回った。
共和国の聖者がお告げを得たとかいう眉唾な話しだが、神聖帝国としては救世の御子保護は国是ということで影を大量動員して捜索が始まった。
私も一時期派遣されたものだ。
しかし、産まれて直ぐに言葉を話す赤子をどうやって探すというのか。
正しく雲を掴むような話しだ。
庶民の子ならば直ぐに噂になるだろうが、貴族家ならばまず隠すだろうしな。
私がヴァン・ヘルムート王国に居たのは3年程だ。
皇帝がご不調とのことで、警戒のため本国へ呼び戻された。まぁ、直ぐに崩御され、あの馬鹿が皇帝の座に就いた。
そこからは目を覆うばかりの出来事の連続だった。
中でも聖女拉致凌辱案件から共和国との紛争、そして精霊による凶作の始まり。
これは滅ぶな、と予感した。
国の為に尽くすなどは我ら一族に取っては二の次。
滅ぶ祖国など放っておけばよい。
そんなことよりも御子様を探さねば。
そんな中、ほぼ確定的な情報が齎されたのだ。
「ダークエルフが世話係に付き従う赤子がいた。その子が王立学院に入学したらしい」
学院への入学は何年も前から予測されたこと、学院長の膝元へ分散して影を送り込んである。
その中の1人が学院長の派閥貴族の従者として出向いたお茶会で遂に発見した。
「ダークエルフとともに12歳の美少女が招かれた。艷やかな金髪に深いスカイブルーの瞳を持つ稀有なる美少女。その少女は赤子のころにダークエルフが聞かせた子守唄を歌詞、曲どちらも記憶しており、見事なる演奏に乗せ、天から授かったかのような歌声で歌った。家名は不明ながら、名はユリアンである」
歓喜した。
母も小躍りするが如く喜んだ。
「そのお方に仕えるのです。帝国は見切ります。我らが主はその美少女、ユリアン様のみ。皆のもの、各地にて汚職資産等の収穫をし、金品、資材、なにもかもを揃えてユリアン様の元へ参上しますよ。リカルダ。ガイウスへも伝達しなさい」
「はいっ!」
ガイウス殿は我が一族の枝で、救世の御子様へお仕えすることを第一義とする家の方です。
武人としてつとに有名でありますね。
準備を大急ぎで進める中、大事件が生じます。
血の繋がりはありませんが、我が祖父にあたる現頭領が、自身の発案となるヴァン・ヘルムート王国のマルキアス領における穀物略奪作戦に随行し、「天罰」に遭い死亡しました。
直ちに父セバスが後任に就きますが、シンパを集め何やら秘密裏に動いています。
里だけでなく、一族の主だったところの組頭達は母に帰属しています。
それ程に母の求心力は強く、カリスマもあります。
なんと、御子が新王に!?
帝都の混乱を収め、宰相マテウスとガイウス将軍、さらには民衆に支持され新王へ推戴されたと?
母に促され直ちに帝都へ向います。
侍従長補佐の任にあった父と合流し、穀物の調達に向かったという御子様のひととなりなどを伺います。
「報告にあった通りの見目麗しい、天恵の歌声の持ち主であったよ。さらにいえば、武に於いても一廉の力量を感じた。付き従うダークエルフの凄まじき存在感、ヒューマンの戦闘侍女は……お前にも匹敵する力量を感じさせたな」
「我らは一族を率いてヴァン・ヘルムートへ移住する予定でしたが、帝国に留まった方が良いのでしょうか?」
「うむ、そうだな。そのほうが良かろう。新王陛下の下僕として、抵抗勢力を制しなければならんな。東部はガイウスの勢力が強い。西部へ監視を多目に付けたい。里へ応援要請を頼む」
「紛争地から影を引き上げればよいのでは?」
「今それをやれば戦線が崩壊しかねん。伝達に時間もかかるしな」
「……分かりました。お母様へお伝えしましょう」
何か引っかかる。西部といえばルーメリア公爵の領地がある。
祖父は公爵とは密接に繋がっていた。勿論父もだ。
よもや支援ではあるまいな?
ふむ、母への応援要請だけでなく、保険も掛けておくか。
いずれにせよ、皆も御子様に拝謁したがろうしな。まずは半数を集めるか。力量に於いて私に次ぐマグダは紛争地へ派遣されている。呼び戻しは否定されてしまったが、ヤツを父の手駒にされるのは避けなければならない。
早期に接触せねばな。
紛争は終結し、穀物が全土へ行きわたるほどに大量に運び込まれた。
方法がまるで掴めない。ある日突然穀物庫が麦で満たされたのだ。
この奇跡は御子様とダークエルフによるものらしい。
新王に就任し、直後に帝国をお救い下さったとは!
未だ見ぬ御子様への帰依の気持ちが更に高まります。
一端帰国なさる陛下。ヴァン・ヘルムート王国王都屋敷にてお仕えする家人の選定が始まりました。
その希望者の中に何故かマグダがいます。
「マグダ、貴女何を考えて侍女志望を?」
「……狂乱の舞姫に……惚れた」
「……貴女の中に公私の別というものはあるのですか?」
「狂乱の舞姫に仕えるということは御子をお支えするということ。このお二方は私よりも遥かにお強い。従って武によってお仕えするのは僭越に過ぎる。だから侍女だ」
「ならば私が……」
「リカルダ様は帝都を離れられないだろう? セバス様は……恐らくは御子の為にならないことを画策している」
「あ、貴女もそう思いますか? はぁ、もはや父とは思わない方が良いのかもしれませんね」
「数を集めることだな。セバス様の業前は抜きん出ている。だからこそ本家の養子に迎えられたのだから。側近の部下達もまあまあやるしな」
「ご忠告、痛み入るわね。はぁ、仕方がない。人事は任せなさい。その代わり……いずれ紹介なさいよ?」
「あぁ、恩は忘れん」
そして案の定、父は裏切った。しかも大規模な計略を持って、反乱を主導したのだ。
まぁ、踊らされているほうは操られているだなんて自覚はないのでしょうけれども。
しかし……陛下にその全てを潰された。
何なのでしょう、あの巨大魔導術式は?
何故帝都が焼けないのでしょうか?
生き残り飛竜がいともたやすく水槍で落とされている……
兵士など居なくとも世界が取れそうな大魔導。
それを巨大なドラゴンの上から放ち、悠然と帝都に降り立つ神話の中の英雄。
それが我らが陛下…………身震いするほどの感動です。既に数度お見掛けし、父を介してお仕えもしてはいますが、あの方に間接的にお仕えする自身がどうにも……歯がゆい!
もっとお側で!
閨への毒物散布などの計略を知り……父の、いや、セバスの叛逆が明白となりました。
帝城内の影の半数は私の部下です。
母の配慮からそのように取り計らわれました。
セバス配下にも私の忠臣と化した女が数人紛れています。
時間差はあれどもその動きは概ね把握していたのですが……飛竜襲撃から後の動きが把握しきれていませんでした。
マグダがソラ様に乗り西へ向かったこと。セバスの裏切りに感づいた陛下が単身西へと転移したこと。全て事後に知ることとなる。
痛恨事だ。
クロエ様の「審判」により何もかもが明かされてゆく。
私はそれに乗じた。我が身の潔白と忠誠を知って頂かなければ何も始まらない。
帝国の影が全てセバスの支配下にある訳では無いことも併せてご説明した。精神を視る闇術式? を使い全て確認して……ご納得頂いた。
セバスを処分するとのことなので、私の配下を除外して頂くようお願いし、これも容れていただけた。
有り難い。
セバスは全ての計画と……野心を明かした。
意外だったのは、この男も救世の御子へ帰依する気持ちがそれなりにあったことだ。
ただ野心が強く出過ぎたのだろう。
あのような思想をお持ちの御子様の御意に、ただ愚直に従えば良いものを……まことに愚かな父であった。
さらばだ。
翌日、ソラ様に乗って陛下、ルサールカ様、そしてマグダが帰参した。
マグダ?
少し見ない間に……美しくなっている?
しかも濃い茶だった髪は艶やかな黒髪に、緑色の瞳は金色に……耳の形が……精霊?
まるで精霊様のような容姿。
それに佇まいが、雰囲気が、ヒューマンのものとは乖離している。
マグダの観察をしていると、クロエ様と陛下が言葉を交わし……クロエ様がマグダに跪き、泣きながら謝罪をしている!?
それを優しく諭すようにマグダは受け止め、尚も泣き続けるクロエ様を同じく跪き、抱きしめてその背を擦っている。
マグダは……生まれ変わったのだろう。ヒューマンではない何かに。
そしてその為の試練はクロエ様によって齎された?
それをクロエ様は激しく後悔し、頭を垂れて許しを乞うたのだろうか。
一行になにがあったのかはあとでマグダから聴き取ればよかろう。
先ずは新任のご挨拶をせねば。
御一行様が皇族休息の間へ移動した後、宰相閣下から辞令を頂く。
その辞令を持参し……宰相閣下も同行し、陛下の元へ。
「前任の侍従長は叛逆の咎によりクロエ様から粛清されました。この者はセバスに代わり侍従長兼影の頭領となるリカルダ・ハバルにございますれば、以後如何様にも使役下さいませ」
「リカルダ・ハバルにございます。私はセバスの子であり、陛下にも幾度かまみえてごさいます。立場上、直ぐにご信任頂けないかとは存じますが……どうか、お側に侍ること、お許し下さい」
「クロエも、マテウスも、そしてマグダまでもが君を信用できる人物であると言う。ボクはボクが信頼する人達が信じるに値するとした君を……信じるよ。宜しくね」
マグダを見た。小さく首肯している。
あの時の返礼か? だとしたら多大なる見返りだ。
マグダ。恩に着る。
それから一族のこと、里のこと、母のこと、そして大多数の影達の想いを陛下と皆様へむけて語った。
我らは救世の御子様にこそ忠誠を誓い、お仕えすることを宿願とする、ただただ貴方様の生誕と栄光を願う者達なのだと。
マグダもその一人であると。
陛下は困った顔をして、頬を掻いている。
素朴で微笑ましい、稀代の英雄。そして美の化身。
この方に直参として側仕えできる栄誉が我が身に……
必ずご満足いただける働きをして見せます!
命じて頂ければ夜伽のお相手も努めさせて頂きま……
え? ご側妃様方が突如厳しい目線に!?
慎重に参りましょう。




