113.守り抜いたもの
〈ユリアン・エルフィネス・ルセル〉
マグダを送り出したその日、帝都防衛師団に所属不明な軍の接近情報が齎された。
ブリュンヒルデを介して報告された情報を確認する為、飛んだ。
帝都まであと1日を切るであろう位置に数万もの兵士が行軍している。
中には魔獣も見える。
なるほど。飛竜の襲撃で混乱し、崩壊寸前の帝都を襲撃して制圧してしまおうと。
しかしな、飛竜が撃滅された情報が届いていないのに行軍を?
見切り発車にも程がある。
あ、騎馬兵が帝都側から不明軍に向かって走っている。
アレが斥候かな。
すぃ~っと死角から接近して水触手縛り。馬ごと森に入り込み、兵士に尋問。
「ボクが誰だか分かるかい?」
「へ、陛下!?」
「正解。で、何してるのかな?」
「乗馬訓練であります!」
「あ、言い忘れていたね。ボクが嘘だと判断した答えをしたら指が一本ずつなくなるよ。まずは一本」
拘束され身動出来ない彼の左手小指を摘み、捩じ切った。
「ギァッ!」
「何してるのかな?」
「……こ、こんなこと、陛下がなさる訳が無い」
「じゃ、2本目」
次は右手親指。ブチッとな。
「ガアッ!」
「何してるのかな?」
「ハァハァ……伝令です」
「誰の指示で?」
「……お許しを、殺されてしまいます」
「3本目」
左手中指、ポキリ、からのブチッ。
「ガッ、アグゥ!」
「誰の指示で?」
「ふぅっ、くぁぁ、ハァハァ……第12兵団長、ヨハン・バルツァー様です」
「命令書か伝令文は?」
「……腰の筒に」
開けて中身を取り出し、内容を確認する。
「なるほど。飛竜の襲撃は失敗。帝都防衛師団は健在なり。他兵団の離反率は約2割。か。ここまで出張ってきて、引き返すかどうか悩みどころだね?」
「お願いします。どうかお助けください。以後は陛下へ忠誠を捧げます。どうか……」
「それじゃあボクの為に一仕事してもらおうかな」
「な、なんなりと」
「伝令文は魔獣に襲われた際に紛失した。だから口頭でこう言うんだ。『帝都防衛師団は飛竜によりほぼ壊滅。しかし、飛竜達も多大な数が失われもはや飛べる個体もなし。しかるに帝都は大混乱にあり』とね。はい、復唱」
「帝都防衛師団は飛竜により壊滅。しかし、飛竜達も多大な数が失われていてもはや飛べる個体もない。しかるに帝都は大混乱である」
「多少違うけどまぁ、許そう。それじゃあここからは徒歩で向かい、キミの務めを果たしなさい。あ、因みにボクは物凄く耳がいいからね、余計なことを言ったり、報告を歪ませたりしたら……分かるよね?」
「はぃ……」
可哀想な下っ端兵士が務めを果たしたのを確認後、折り返して帝都の上司に報告したいから馬を貸してくれと頼み、行軍から離脱したのを拾い、さっさと帝都へ引き返した。
「ブリュンヒルデ、お土産だよ」
事の経緯を話しつつさっきの兵士を引き渡した。
「ヒィッ! ワルキューレ様!!」
意識を取り戻させた兵士が悲鳴を上げる。
「ワルキューレ?」
「恥ずかしながら私の二つ名です……」
「元ネタは?」
「古い伝承にあるホーンの戦乙女の部隊名で……私の名がその内の1人から名付けられているという……」
「へぇ、イカすね」
「イカす?」
「カッコいいってこと」
分かりやすく顔を赤らめてまぁ、可愛いこと。
「えーとね、推定3万人はいそうだったけど、一般兵士は真面目に命令に従っているだけでさ、国民でもあるわけだよね。だからさ、狭隘な谷筋の森の中で側面から襲撃して、指揮官だけを討滅するようにしたいな」
「時間を掛けずにということですね?」
「そうだね。一気に襲い、さっさと引き上げる。頭を失い右往左往しているところをボクが声掛けする流れで」
「では最精鋭のみを選抜します。地理条件に見合うのは西門から半日ほどのアリー渓谷の森でしょうか」
「そうだね……ボクとブリュンヒルデの初めての共同作業だね。宜しくね」
「! 陛下も同行されるのですか!?」
「当然。作戦指揮官の妻を護らなきゃならないし。クロエやハンナ、ヘルガも一緒に行くよ」
「私を護る? そ、そんなこと……初めて言われました」
下を向いてモジモジして、まぁ、可愛いこと。
準備を2時間余りで済ませ、日のある内に出撃した。総勢1,200名ほど。
常時2,000名態勢の中の1,200名は多くないかと思ったが、長い列を襲うのだからそれくらいは要るか。
襲撃後の離脱ルートも打ち合わせして、開始タイミングの決定と周知方法も取り決められた。
現地に着いた頃には闇の中だ。
灯りは禁止。
翌朝、推定6時頃。騎馬兵が2騎駆け抜けて行った。斥候だろう、スルーだ。
3時間後、行軍の先頭部隊がやってきた。この狭隘な道での3万の軍勢の行列は推定で5kmにはなると予測された。1,200名の騎士や兵を5名1組の隊に分け240組とし、20m毎に伏せてある。
クロエとハンナは遊撃。ヘルガは中央辺りに配置した。
オレは待機。
行軍の先頭が最も帝都側の組へ最接近したところで襲撃が始まる。
ソレを察知したら20m隣の組も襲撃開始。この中継を延々と連続していくと敵側の対応よりも幾分早く襲撃に掛かれる。
オレは山を張った位置で待機していると、総大将らしき人物を見つけた。
まだ、襲撃の波は届いてはいないのだが、ソイツの足を指弾で撃ち抜き歩けなくしてから馬の耳に軽く一撃を入れて落馬させた。
大混乱だ。
そして襲撃。各々は目的を達成して概ね無事に離脱しているようだ。
混乱に乗じて総大将を拐った。
あとの指揮官達は皆殺しだ。先頭の開戦から推定20分程で作戦は終了。
僅かな犠牲はあったものの、大成功と言ってよい成果をあげた。
あとは烏合の衆だ。予想通り右往左往しだした。
そこに新皇帝陛下登場。
光を伴いお空に現れたその神々しいオレ様は言った。
「お前達が我が国民であるならば武器を捨て、それぞれの故郷へ帰参せよ。受け容れられないならばここで我が魔道に掛かれ。死を遣わす」
自分でやってみたらできた拡声魔法で敵全軍に語り掛けた。
その殆どが武器を捨て故郷へ向けて歩き出した。
殆ど………1,500人くらいかな?
残った。
「お前達は自殺志願者ということで良いのか?」
すると代表者? が述べた。
「我らは戦闘開始と共に裏切る役目を負った者達に御座います! 宰相閣下やガイウス閣下の密命を受けし者達にて、報告も兼ねてこのまま帝都へ向うことをお許し願いたい!」
「……証はあるか?」
「そのようなものは持ち歩けません! 見つかればその場で処刑されます」
「クロエ、頼む」
クロエが手近な1人に闇魔法で尋問している。
「本当のようだ。嘘は言っていない」
この時、なにか小さな引っ掛かりを感じた。この者らに関してはきっと言った通りなのだろう。
だが、アイツに関してはどうなのだろう?
アレを疑うのはかなり困難なのだが…………
だが、仮にそうだとして……マグダが危険なのではないのか?
計画は常に最悪を想定して立てるもの。現状での最悪……
「では我らが出立して、1時間後に動き出せ。外壁門で監察を受けてからの街入りだ。よいな?」
「はっ!」
急いでクロエの元へ行く。
「侍従長が信用できるとした根拠はなに?」
「ヤツからは一切の邪気が感じられない。発言も概ね本心からのものだ」
「闇魔法で確認した訳ではないんだね?」
「疑わしくもない者に……ましてや身内に属する者に闇魔法を使うのは無作法だろう?」
「……帰参後、直ぐに審判をして欲しい」
「……理由を聞いても?」
「彼は影の頭領の副官だった。そこからの繰り上がり人事で現頭領となった。つまり、先の皇帝の係累と言える。そして2大反抗勢力へ派遣した影の人選は彼によるものだ。選ばれた者は先の頭領の子飼い達。ここに疑念を持たなかったのは偏に彼の人品が好ましいものだからだ。だが、それを排して見れば……あんなに疑わしき者は居ない。そうではないか? そして、マグダはいまや虎口に立っている可能性がある」
「……直ちに城へ!」
「つかまって」
城には念の為ベアトリクスを警護として待機させてある。
ここはブリュンヒルデに任せて一気に城へ飛んだ。
まずは愛の巣へ。居ない。王家控えの間、居ない。食堂……居た!
多数の死体と、立ったままこと切れる寸前と見えるベアトリクス。
その後ろにはエイダとクラウディアが毅然として立っている。
「クロエ!」
襲撃者達はまだ20人程いたが、あっという間に蹂躙されつくされる。
オレは瞬動でベアトリクスの元へ。
全力の治癒。
左腕の肘から先がない。右眼に寸鉄が刺さっている。左耳が欠損。身体中斬られた傷だらけ。出血が酷い。
よくもこれだけ……有難うな。
ベアトリクス、有難う。
治癒は間に合った。欠損箇所は回復し、血の気も取り戻した。
「ベアトリクス……君のお陰でボクは家族を失わずに済んだよ。有難う」
「ユリアン様、ベアトリクスは立派でした。決して引かず、決して諦めず、自分よりもわたくし達の安全を優先して下さいました。今わたくし達が生きているのはベアトリクスのお陰ですわ」
「クラウディア……君達に怪我は?」
「「ありません」」
「ユリアンさま……わたしは、ベアトリクスはお役にたてたでしょうか?」
「あぁ、勿論だ。凄いよ、ベアトリクス。君のお陰で……ホントに有難う」
「ユリアン様の奥方様を護るのは我が務めに御座います。お礼を頂くには及びません。わたしの生命はその為のものですから」
「「ユリアン様!」」
「どうしたの? 二人して」
「ベアトリクスは閨も共にする仲であり、ユリアン様のお情けを分かち合える人です。そして躊躇わずに、わたくし達の為に生命を惜しまず戦える魂の持ち主です。出来ますれば、どうか家族の一員として遇して頂けないかと……」
「そんな、クラウディア様。わたしなど……ブリュンヒルデ様の劣化版騎士に過ぎません。お情けを頂けるだけで……」
「クロエ、どう思う?」
「ユリアンの心のままに」
思えばコイツもマグダも侍女のままなのがおかしな話しなんだよな。
オレの中ではとっくにオレの女なんだし。
負担云々も今更だし、うん。いい機会だ。
「ベアトリクス、家名を変えることに抵抗はあるかい?」
「ユリアン様? それは……」
「既に君はボクの中ではさ、ボクの女なんだよ。だからこの際、ちゃんとボクの妻にならない?」
ベアトリクスは顔を赤らめて、目に涙を溜めている。
「良いのですか? わたしなどが」
「君がいいんだよ。それとも男の嫁はイヤ?」
「ユリアン様ならば有りです!」
そう言いながら首に抱きつくベアトリクスは……やっぱり可愛い。
オレは可愛い女が好きなんだとしみじみ思う。
こうなるとマグダも貰ってやらんとな。先ずは無事を確認しなきゃならないのだが、その前に……
セバスは暗示なのか何なのかは解らんけれども人格どころか記憶までも切り替えている可能性がある。
だから審判のような真実を語らせる術式を行使しても「良いセバス」のときには掛からない可能性がある。
だから「計略中のセバス」を引き出してから審判にかける。
因みに、審判にかけると敵対者の場合、大概「壊れる」そうだ。だから多用してこなかったそうな。
意外に良心的?
複数の人間が駆けてくる気配が。
扉は開いたままだ、そのまま駆け込んできた。
「陛下! 側妃様方、ご無事でしたか」
セバスとメイド達。みんな影だな。
もう審判にかけるまでもないな。
でもやる。一応ね。
「セバス、これはどうしたことなのか、説明を」
「城内にもルーメリア元公爵の手の者が多数入り込んでおり、人定をしていた最中でした。この事態に至るは我が不銘にて、お詫び申し上げます」
「君は闇術式の審判を知っているかい?」
「ほぼ伝承の中にしか見られない幻の魔道術式だとか」
「うん、城内及び帝都内の全ての影を集めてくれ。直ぐにだ」
「……はっ!」
「このタイミングかな?」
「そうですね」
クロエから闇のスジが伸びてセバスとメイド達へ刺さる。
彼らの動きが止まる。
「お前はユリアンの味方か?」
「いいえ、ですが敵でもありません」
「お前の主は誰か?」
「私が首魁に御座います」
「ルーメリアは?」
「我が手の内にて」
「帝都にはお前の部下がいかほどいるのか?」
「影が26名、武人が58名に御座います」
「ユリアン側と言える影は幾人いる?」
「里側の156名」
「ではお前の部下の名を全て言え」
「…………………………」
「お前は何を目標として反乱を起こしたのだ?」
「救世の御子様を制御下におき、私がこの国を支配する。そして油断しきったヴァン・ヘルムート王国へ侵攻して併呑する」
「お前に共犯者はいるのか?」
「居ない」
「宰相は誘わなかったのか?」
「アヤツは御子様に過剰に心酔している。それに私の野心に気付きつつあるように見えた」
「メイド達よ、帝都内にいる仲間を全て招集せよ。他所へ出張っている者らも全て呼び寄せるのだ」
「「「「「はい」」」」」
「セバスよ、マテウスは何処か?」
「自宅にて監禁しております」
「直ぐに解け」
「はい」
黒いのを不可視化し、そのまま行動させる。
「あとは任せていいよね?」
「ユリアン……すみませんでした。まさかワタシの判断ミスからこのような……」
「誰にでも失敗はあるものさ。むしろクロエの人らしさを見れた気がして安心したよ」
「……ユリアン。好き」
「……ボクはルサールカと合流して、マグダの所に行くよ。あとは宜しくね」
「はい」
マグダ、どうか無事で。




