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111.失格者達

〈マグダ〉


私はもはや影としては失格、不適合者だ。


幸せを知ってしまった。

愛する人を持ってしまった。

情をうつす人達を得てしまった。

失いたくない日常を教えられてしまった。

あの方の為以外では……生命を惜しむようになってしまった。


完全に再教育の対象者だ。

凌辱の限りを尽くされ、人格も何もかもを破壊されたあげく、性格までも上書きされて別人格に再構築される。


何人か見てきた。

恋をして任務に支障を来したもの。

親しい者の病を気遣い任務を拒絶したもの。

対象者に籠絡(ろうらく)されたもの。


様々だが、皆一様に穢され、蹂躙され、睡眠を奪われ、心身を徹底的に打ちのめされて自我を奪われてしまう。

そして都合の良い手駒となるように上位者から調教されて、元の恋人の生命すら平気で奪う人形と化すのだ。


全く悪趣味なことだが、一人前の影は希少だ。

再教育の過程で一時的に体力が落ちたとしても、仕込まれた業や知識は中々に捨てがたい。だから中身を入れ替えて再利用するのだ。


今の影を差配する頭領は侍従長だ。

だが、今の私はハンナ様付き戦闘侍女であり、差配はクロエ様ということになっている。

だから今の私は正確には影ではない。


だからこそ侍従長は私に声掛けをしない。

情報を求めもしないし、提供もされない。

完全に切り離された存在。


だから今回の任務はユリアン様からの勅命(ちょくめい)である。

勅命……影でしかなかった私が……陛下から直に御命令を……魂を揺さぶられるとはこのこと。


しかもソラ殿とルサールカ様という、2大戦力まで付けてくだされるとは、信任の深さにこの身は(すく)むばかり。

出立直前にユリアン様は(おっしゃ)った。


「マグダ、君の一番の任務は無事に帰ることだよ。君もさ……ボクの大切な女なんだから」


なんという! 

膝に力が入らない……震える我が身をユリアン様が支えるようにして抱きしめてくれた。

そして皆が見ている中でキスを戴いた。


「最低限、生きてさえいれば回復は出来るけど、とにかく無事に帰ること。いいね?」


「……はい」


勿論このお方のためならばいつ何時でも生命を捧げられる。

しかし、帰ってこよう。必ず帰参してユリアン様に可愛がって頂くのだ。

大切な皆様と共に。


ハンナ様が紙の包みを差し出してきた。


「邪魔になるものではありません。持っておゆきなさい」


中身は……


「恩に着ます」


「ルサールカ、報告忘れずにね」


「任せて。たまには戻るし」


「あ、ボクんところに転移できるんだっけ。それはいいけどさ、戻れるの?」


「ソラがいれば」


「眷属だから?」


「そう」


眷属……羨ましい。

私も精霊になれないものか。


「それじゃあマグダ、いこうか」



そして天空へ。


「ねえ、マグダ。アルプ山地に行くのはいいんだけど、敵の拠点とかどうやって探すの?」


「山地には行きませんよ」


「ん? それじゃあどこに行くの?」


「西部の街、ハガルへ向かいます」


「そこに……なんかあるの?」


「ルーメル帝国派の拠点があります。そこを調査して、監視に付いている影たちを監察します。明らかな裏切りである場合は……処分してゆきます」


「わたし何か手伝える?」


「……ルサールカ様は不可視になれますか?」


「ほい」


消えた。気配までも稀薄に。


「流石です。最初から居ると認識していなければ感知できませんね」


「影の監視でもする?」


「むしろそちらは私がやりましょう。ルサールカ様はアイロス・フォン・ルーメリア元公爵の監視と、見極めをお願い致します」


「犯人だと分かったら殺す?」


「西部軍閥連合との繋がりや、手段の探求もいたしたく」


「分かった。任せて」


「ねえ、ボクは?」


「ソラ殿はアルプ山地の偵察と、精神支配された魔獣、

闇術者の排除をお願いします」


「みんな殺しちゃってもいいの?」


「可能であれば正気な術者がいれば確保したいですね」


「うん、了解だよ」


「ルサールカ様は報告、連絡の核となりますので、定期的に私と接点を」


「じゃあコレを身体の何処かに着けておいて」


髪の毛を2本頂いた。一本は足の指に巻き付けた。もう一本は頭髪の奥の方に括り付けた。

一方は分かりやすく。一方は秘しておく。


さて、今夜にはハガルに到達します。ソラ殿には申し訳ないのですが、仮眠をとりましょう。



推定午後10時頃。ハガルの輪郭が見えてきた。

帝都でソラ殿に地図を見せて位置と大体の距離を把握していただき、後はお任せの楽な旅路。本当に有り難い存在です。

その上……可愛いですし。


不可視化されているとのことなので、外壁内部に降りていただき、即座に離脱してもらいました。


ここでの活動期間は2日間とした。

明後日の午後10時にソラ殿に迎えにきてもらいます。


影たちは……5人中2人が黒でした。

あとの3人も気付いていて放っておいた感があるな。

この3人のうちの1人に接触しました。


「神無き世に何を思う」


「……変わらぬ欲心の行方を」


「マグダだ」


「なっ! 未亡人か?」


「その呼び名は好かん。名乗れ」


「オウルだ」


「裏切り者が2人いるな」


「あぁ、そうだ」


「何故報告しない?」


「裏切り者が纏め役であり、通信員なんだよ。残り3人でどうしろと言うんだ」


「……ユリアヌスルセル帝国はお前達にとってぬるい職場か?」


「……済まない」


「オレは今、御子たる陛下直属だ。不敬も(あなど)りも一切赦さん。いいな? 心して質問に答えろ」


「分かった」


「飛竜の件は知っているのか?」


「知っている」


「……アレの遣り口を」


「フランセルへドレスを」


「あの薬か。だが、飛竜は言葉が通じない。どうやって操る」


「闇術者だ。18人集めていたな」


「その闇術者はどうした?」


「元公爵の家臣にかなりやる術者がいてな、ソイツが術者を精神支配していたが……もう限界なんじゃないか? 処分されただろうさ」


「そんなにどうやって集めたんだ?」


「帝都で建国の祭りをやるから、その催しに魔獣を使うと、ハンターギルドに依頼を出したんだ」


……クロエ様……凄いですね。貴方様の仰った通りです。


「では首謀者はルーメリア元公爵として、西部軍閥連合は絡んでいないのか?」


「大混乱の帝都を制圧するのが奴等の仕事だ。明日の朝には動き出す予定だな……というか、昨日の今日でなんでアンタがここにいるんだ?」


「お前は知らなくてよい。さて、そこまで知りながら国の為に、いや、御子の為になんの行動も起こさず、静観していたわけだな。先代の頭領はそうした場合、どうしていた?」


「連絡手段を押さえられ、行動も制約を受けている。どうしろと言うのか。離脱したところで直ぐに捕捉され再教育にかけられ……」


「もうよい」


指弾で鉄球を飛ばし眉間を撃ち抜く。

声もあげずに崩れ落ちた。


よし、次だな。


裏切っていない方のあとの2人を同様にあたり、同様の情報を引き出し始末した。

裏切り者は尋問が無意味だ。

接触すらせず処分した。


さてと、ルサールカ様と接触するか。


『元公爵の家臣の闇術者は処分したわよ。なんか軍閥とか、帝都にいる情報提供者のリストとかは一応手に入れたわよ』


『……これは……念話というものですか?』


『そうよ。わたしの一部を身に着けておけば一時的に念話対象者になれるの。便利でしょ?』


『そうですね。現役時代に欲しかった(わざ)ですね。非常に便利です』


『そっちは? 全員処分したんでしょ?』


『勿論です。我が身を案じて国に、いや、御子に殉じない影など、害のみあって利がありませんから。私もそちらへ合流します。しばしお待ちを』


『またなくても……えい!』


眼の前の景色が瞬時に変わる!

なんら身体的負担なく……転移したのか?


『大精霊様は何でもありですね』


『ソラにも髪の毛結んであるから、直ぐに呼べるよ』


『元公爵らはまだ生きているようですね』


『あなたも尋問したいでしょ?』


『痛み入ります』


薬を使い、更に話術誘導で洗いざらい情報を引き出した。


これはもう()らない。


『私はこれより西部軍閥連合の本部が置かれたグラルブルグへと向かいます。ルサールカ様はどうなさいますか?』


『ソラに合流しようかな』


『あ、裏切っていない方の影の証言ではハンターギルド経由で雇入れた闇術者18人は既に処分されたとか。どこまで信じられるかは分かりませんが、どうにも見つからないようならば……』


『死んだものとして、支配を受けた魔獣の処分をするわ』


『では、明日夜に』


『うん、気をつけてね』


『はい』



とはいえ目的地までは運んでもらった。これに慣れてはいかんな。


便利過ぎる。

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