106.帝都防衛師団
〈マテウス・フォン・クロイツェル〉
私は陛下から宰相の地位を戴いた。
陛下のお考えを基軸とし、これに見合う制度と体制の構築。反対勢力、抵抗勢力、帝国残存勢力らの捜索と討伐。
各種社会資本のうち、重要度が高い順に再構築してゆき、元皇帝の資産を再分配しながら経済を回してゆく。
今年度は税の徴収は見送り、来年度の収穫予測から税率を試算。穀物のみならず物品の輸送経路をどうにか繋ぎ、商業を活発化させる。
その他の小規模な権力闘争や独立画策などにはひとまず目を瞑る。
そうした基本方針に基づき、軍を中心として、協力的な民衆をも動員して大規模事業も次々と稼働させてきた。
多少の歪みは呑み込みつつ。
そんな中、東の国境付近から懸念の声が上がっていた国喰い旅団壊滅の報が届く。
更に、オットー・フォン・アウラリア伯爵の大公僭称と勝手な独立宣言。それに、アウラ代官管理地の資産大量裏取得、密輸他多数の事案が白日化され捕縛された。
経済的損失回避や、この件による停滞防除が同時に為されており、こちらが成すべきは充分な証拠に基づいた裁判の履行のみ。
さらに各地から寄せられる「大型飛竜に乗って旅する貴人をみた」と言う報告。
そのどれもが、「陛下は我らと共にあり!」と締め括る。
クククッ、陛下、思う壺ですな。
実に優秀かつ多才なる側妃の方々と武門の象徴と化したドライリッターが最早ドラゴンとなった巨大な飛竜に乗って世直しの旅をする。
心踊りますな!
わたしも同行したかった。
もう直ぐお帰りになるはず。
陛下からご提案のあった改革案は全て履行済み。
過剰な調度品は落ち着いたものに入れ替えた。売却益の範囲内での落ち着いた品へ入替え。
寝室もクロエ様のご希望通りに改装したし、ソラ殿の居場所も寝室の直近に構築した。
受け入れ体制はととのいまして御座います。
陛下。
……あぁ、陛下。
お帰りになられたら……またあの歌声をお聞かせ願えないだろか?
あの天使のお姿で、天恵の歌声を、美しいしらべにのせて……
なんと妙なることか。
私が望んだ死を取り上げて、やり甲斐と希望を投げつけ、任せっきりの陛下。
そのご信頼が私の胸を締め付ける。
あの歌声が私に活力を植え付ける。
あぁ、何たる歓喜か。この歳になってから人生の何たるかを教わるとは。
陛下の御為に死力を尽くしましょう。
陛下達の帰参が遅れている。一昨日にはお戻りになられる筈であったのだが……!?
突然の発光。天空を巨大な火炎が覆う!
何かが落ちてくる。アレは……飛竜の群れか!
なんと、30はおろうか?
のこり数匹には水槍? が無数に飛来し全て撃ち落とした!
発出元を見やると……ソラ殿が悠然と舞っていた。
全く、何度この国を救えば気が済むのか。あの英雄達は。
こうしてはおられん。
お出迎えをせねばな。
え? 何故そんなに手前で降りられるのか?
そこは……そこは帝都防衛師団駐屯所ではないのか?
へ、陛下! いけません。ソコだけはいけません!!
〈ユリアン・エルフィネス・ルセル〉
王都が遥か彼方に見えてきた。
そしてそのさらに彼方に……飛竜の群れが?
「クロエ、あれって」
「飛竜ですね。150匹くらいでしょうか」
「爆炎術式でやってみるかな」
「下の街が焼け野原となりますが?」
「クロエが結界張ってよ」
「あの広さを? まぁ、出来ますね」
「ソラ、ボクの魔法に風魔法をのせてくれる?」
「うん、同時に?」
「群れに届いたらポンッて」
「楽しそう」
「じゃ、2人ともお願いね」
「ユリアン様、私は?」
「撃ち漏らしを水槍で落としてくれる?」
「はい!」
久しぶりの大規模範囲「魔法」だ。
ルサールカから実態を聞かされてからは総じて魔法と呼ぶことにした。
クロエ達にもその理由とともに話してある。
「我が国」でもそうするつもりだ。
魔力滞留に意思を示す。
堅い殻をイメージし、その中に火炎の元となる魔素をぎゅうぎゅうに詰め込み、更に圧密して詰め込む。
スイッチとなる魔力を封入し殻を閉じる。
ここまで10秒くらい。掛かりすぎか?
「それじゃあソラ、コレに暴風を纏わせてあの群れの中心へ飛ばしてくれる?」
そういいながら紅い玉をソラの眼の前20mくらいの処へ飛ばした。
「うん、やっるよ〜!」
ゴウッ!
竜巻のような球体が紅い玉を包み込む。それはさらに大きさと強さを増してゆき直径10mほどの暴威の塊と化した。
「クロエ、お願い」
なんら指向性の何かを放つことなく、王都が外壁外部の民家や畑ごと薄っすらとしたピンク色の膜に覆われた。
「アレで大丈夫?」
「寝室の防御結界と同じ強度ですよ」
ならいいな。ヘルガの水触手でも歯が立たない、ただただ堅いあの結界なら。
「それじゃあソラ、やっちゃって」
ボッ!
一直線に飛んでいく。推定10kmはあろうかという距離を数秒で潰し、群れの中心へ至る。音速超えか?
スイッチオン。
カッ! っと閃光が広がる、直後に真っ赤な紅蓮が半球状に街全体の上空を覆いつくした。
殆どの飛竜は消し炭と化したが、外縁部にいた数十匹が致命傷を得て実体を保ったまま落下していく。
さらに外側には生きて羽ばたいているのが5匹ほど。
水の槍が飛ぶ!
キュウウン!
バタバタと堕ちていく。
掃討完了かな。
王都へと近付いてゆくと……そう言えばソラって王都を出たときよりさらに大きくなっているよな?
いつもの城内練兵場でも狭くないか?
そんなことを考えながら眼下を眺めると……城の南西2kmくらいの処に広大な敷地を持つ巨大な建造物が見えた。
たしか……そうだ、王都防衛師団の本部だ。
あそこなら広いし、防衛師団は国王直轄だし、降りても怒られないよね?
「ソラ、いつもの場所は狭いでしょ、あそこの広場に降りようか。」
「うん、分かった」
そうして無分別な決断をし、実行してしまった。
集団による模擬戦が可能だという広大な敷地は降り立ってみてもやはり大きかった。
着地後直ぐに「数百人」の兵団が駆け寄ってくる。
しかも中人族にしてはみんな速い。
眼前20mくらいの所で整列し、中央を割り進むように高官と覚しき30過ぎくらいの割と綺麗な女騎士が現れた。
「ブ、ブリュンヒルデ様?」
ベアトリクスが呟いた。
あ、確か王都防衛師団でのガイウス師団長、直属部下で副師団長? の名前だ。
二つ名持ちの強者だとか。
オレ達の前、5m程まで進み出て片膝を着いた。
臣下の礼を取り口上を述べる。
「陛下にはお初にお目にかかります。わたくしは帝都防衛師団副師団長にして筆頭騎士を拝命しております、ブリュンヒルデ・フォン・クロイツェルと申します。以後良しなに願い奉ります」
帝都? 間違えてんな。
「その家名は……宰相の関係者なのかな?」
「はっ! 長女にございます。陛下」
「そうかぁ、宰相のマテウスにこんな綺麗な娘さんがいるとは、知らなかったよ。宜しくね……あ、自己紹介がまだだったね。ボクは……ゴホン、我はユリアン・エルフィネス・ルセルである。出迎えご苦労」
ん? 俯いたままだね。おや? 耳が真っ赤に……クロエを見る……やや渋い顔だ。
もしや……またやってしまったのか?
いや、まだ分からん。未だ。
「ブリュンヒルデ、話ができぬ、面を上げよ。そして礼を解け」
ユックリとあげたその顔は……恋する乙女のそれであった。
真っ赤っか。
立ち上がり直立になっても尚、モジモジしている。
ハンナよりもやや歳上だろうか?
だが、元アラフォーのオレからすれば可愛らしいと映る。
「フロイライン、ブリュンヒルデ。このソラ……風竜をここに待機させてもいいかな?」
「フロイライン……勿論に御座います」
「有難う。あとは……城への馬車の手配と……せっかくだしお茶でもいただけないかな?」
「こ、光栄に御座います! ローゼ! 貴賓室にてお茶の支度を!」
「はっ!」
支度に走り去るローゼの後ろ姿を眺めつつ、居並ぶ兵士達を見る。あれ? さっきより増えてる?
千人超えてない?
「陛下、我らが鍛えし精鋭達へお言葉を頂ければと」
まだ顔を赤らめている。
なんて可愛いんだろう。
「ソラ、ちょっと乗せて」
「うん」
「クロエ、一緒に」
「はい」
クロエと2人でソラの背に乗る。
「クロエ、声を」
「えぇ、どうぞ」
ふぅ、やるか。
「我はユリアン・エルフィネス・ルセルである。このユリアヌスルセル王国の初代国王である」
軽く見回す。
「元皇帝により疲弊し、国力を減退させたこの地を再生させるべく日々力を尽くす軍属及び兵士諸氏よ。諸君の活躍は宰相やガイウスを通じて我耳へも届いている。誠、頭が下がる思いだ」
僅かに頭を垂れる。
「知っての通り凶作の呪いは解消した。紛争も止み、辺境も沈静化しつつある。あとは努力し、力を尽くせば我らが国は繁栄を取り戻し赫灼たる誇りを皆で共有出来ることであろう」
再度見回す。
「その日を実現する力は既に皆に宿っているようだ。この国を栄光に導くのは我ではない、諸君こそがその担い手であり、実行者なのだ」
一拍おいて、
「我が感謝を諸君へ捧げよう、有難う。そしてコレからも国と民の為に君らの力を貸して欲しい」
右拳を握り込み?強化し属性指定無しの魔力を込める。
「ユリアヌスルセル王国と諸君らに栄光を!」
拳を天に向けて突き上げる。魔力弾が天に向かって一直線。
ボッ! ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ボンッ!!
さっきの爆裂火炎の影響か、曇天化していた雲をソレは突き抜け、周辺の雲を吹き飛ばした。そこから射し込んだ陽光がソラとオレ達を照らす。
…………
ウオオオォォォォ!!!
大気が震えた!?
大歓声は止まず、皆が拳を突き上げる。
「マインカイザーに栄光を!」
「マインカイザーに勝利を!」
「マインカイザーに永遠を!」
「マインカイザーと共に幸あらんことを!!」
「マインカイザーに全てを捧げます!!!」
ブリュンヒルデが大音声で宣言し、全兵士がそれに従い唱和の声を上げた。
…………やり過ぎたか?
うん、やり過ぎた。
ってか、カイザーて。皇帝じゃん?
歓喜の雄叫びはやがて滂沱の涙へと遷ろい、そして祈りへと至る。
神より遣わされし御子様
戦神の伴侶
天恵の王
民の救済者
絶対王者
救世の御子様
様々に祈り呟く彼らの望みはやはり救いにあるのだろう。
まぁね、引き受けた以上はやりきるさ。
「ブリュンヒルデ、お茶を……」
「陛下! 我が武技をご照覧あれ! いざ、立ち合いを!!」
え? オレとやるの?
なんで? オレ護られる人だよね?
あ、抜剣しやがった!
オレ無手だけど!?
ん? 横合いから黒騎士の装備が……
クロエとハンナに装着されて……腰に剣を佩いて……いっちょ上がり?
え、え? マジで? オレ陛下じゃん? 麾下の騎士と? 何故?
「参る!」
参ったよ! こんにゃろう。
2合躱して首に剣を宛てる。
「第1騎士団長アベル、参る!」
躱してノドに。
「第2騎士団長ニコライ、参る!」
納刀して掌底で胸椎へ。
「第3騎士団…………」
百人以上は相手したかな。
でもまだ止まない。まさかの全員組手?
キツイなぁ、こんな歓迎ある?
全員で上司の力試しとか。
あー、面倒臭い!
「全員でこい!」
来たよ。
推定千人超えを……20分くらいで制圧した。
勿論死人なしで。
「我が守護者を自認するにはあまりに未熟ではないか?」
ちょっとイラっとしていたので、つい、いらんことを口走ってしまった。
「聞いたな、貴様ら。わたしも含め
全員鍛え直しだ! 陛下の御為に!」
「陛下の御為に!!」
あぁ、脳筋。
はぁ、流石に少し疲れたわ。
「ブリュンヒルデ、お茶」
「はっ、そうでした。どうぞコチラへ」
貴賓室では不満顔のローゼが待っていた。
あ、そうか、模擬戦参加出来なかったからか。
「君もやりたい?」
「叶いますならば!」
「いいよ、おいで」
しゅどっ。
瞬殺。いや、殺してはいない。
苦しげな顔のローゼに治癒をかける。
「もう痛くないでしょ?」
と、微笑みかけた。
はっ? これはまたダメなやつか?
恐る恐る見やると……トロケ顔がそこに。
「ローゼ! 仕事をしろ!」
ブリュンヒルデたんがお冠。嫉妬か?
いや、別にオレ、気があるそぶりとかしてないし。
ラブコメ路線に移行しつつあるな。
ローゼが入れてくれたお茶を頂く。
ブリュンヒルデやローゼ、他、女性騎士や女性剣士などが10名ほど壁際に起立している。
オレをチラチラ見ながら。
ややすると、ノックの音が。
「宰相閣下がお越しです。陛下に面会したいとのことにて」
「お連れしろ」
待つこと5分。
「宰相閣下をお連れしました」
扉が開くと、約10日振りに会う宰相がいた。
「陛下、ご無事で?」
「……無事?」
「軍の連中は皆が境界のドライリッターに挑みたくてウズウズしているのです。屯所にでも行こうものならば腕に覚えのある者達に立ち合いを求められるは必定。こちらには常勤者が2,000名詰めておりますからな、どうなることかと……」
「そうだよね、忠告してくれていたよね。それなのに……」
「ま、まさか?」
「貴方のご令嬢を筆頭に、ほぼ全員と戦ったよ」
「全員? ……なんと」
「流石に少し疲れたよ」
「ブリュンヒルデ! お前はどういう……」
「少し疲れただけ? 流石は我が愛しの陛下。お慕い申し上げております」
「「はっ?」」
「武にしか興味がなく、自身が女であることが煩わしく思うことしばしばでごさいました。そんなわたしに陛下は綺麗だとおっしゃって下さいました。この歳になって……初めて子を授かりたいと思いました。どうかこのブリュンヒルデに陛下のお種を頂戴致したく!」
「お前の如き年増が今更何を!」
ヒッ!
背筋がゾッとした。
ブリュンヒルデが実父を呪い殺しそうな目でみている。
殺気を放ちながら。
クロエ並の圧があるな。スゲェや。
「そもそもお前は私に誓いを立てたであろうが、騎士を極める、その為に女を捨てると。今更であろう? いい歳をして女に目覚めるなど、見苦しい! ましてや陛下の種がほしいなど、僭越にもほどかあるわ!」
「またしても歳のことを……いくら父上でも許せぬ!」
「今は公務中である、宰相閣下と呼ばぬか! この慮外者め」
「グガッ! グウゥ……」
あーあ、もぅ。
「2人とも、落ち着いて」
立ち上がりブリュンヒルデの元へ。
右掌で彼女のほほに触れ、
「貴女はせっかく美しい顔をしているのだから、そんな怖ろしげな表情をなさってはいけないよ。種云々は別にして、ボクにとって貴女は充分に綺麗で、可愛らしい女性なのだから。ね?」
ボンッ! と幻聴が響くほどに紅顔となるブリュンヒルデ。
潤んだ熱の籠もった瞳でオレをじっと見詰める。
「……抱いて」
ダメよ、ダメダメ。
「すまないね、妻がいる身だ」
抱きつき更に縋る。
「……いい匂い……好き」
あ、いかん。更に堕としてしまったか?
「「「「「「「「「副師団長だけズルいです!」」」」」」」」」
モテ過ぎな件。




