9.クロエの場合①
冒頭、一旦時が遡ります。
まあ、二人の主観を行ったり来たりしてますので全体的にややこしいのですが。
……すいません。
〈クロエ・ルセル〉
ユリアンと出会ってから自慰をするようになった。
赤子からの性的施しなど一切期待できない以上はこの高ぶった気持ちと切ない身体を自分で鎮めるよりほかないからだ。
だが直ぐに物足りなくなる。その辺にいる男共には全く食指が動かないし、そもそもユリアン以外の男に我が柔肌に触れさせるわけもなし。
深く考えるまでもなく答えはでた。ユリアンの着衣を手に入れればよいのだ。その匂いを嗅ぎながら……うん、捗りそうだ。
着衣が度々紛失すれば彼の世話係に発覚するのは必定。
ならばこちら側へ引き込もう。挨拶のみであったコミュニケーションを会話の域まで広げて彼女の欲する事柄を探る。
誰しもが金になびくものでもないのだ。
忠義や誠意を優先するタイプの人に金を提示しても逆効果になりかねない。
3日間かけて探り当てた彼女の根源的欲求は……ワタシと同じものだった。あとは話が早い。
1日おきにユリアンの着用済着衣一式を交互に持ち帰り、たっぷり愉しんだあと洗濯してローテーション。
互いの伏せおくべき嗜好を分かち合える彼女とはその後も親友と呼べる関係が彼女が亡くなるまで続いた。
代償行為で小満足な日々を5年で終えたあと、爆発しそうな女の本能と劣情を力尽くの理性で押さえ付けながらなんとか目的を達した。
出先で強引にテイムした飛竜に乗って、馬車で3ヶ月の道程を5日間で移動した。
思えばこの飛竜を手に入れてからの3年間は移動時間の短縮が著しい。こんどなにか褒美をやろう。
シュワルツクロイツ家が見えてきた。
抑えきれない高鳴る胸と地の底から沸き上がるような抗い難き渇望と全身を駆け回る熱き血潮。
それらは自身、身の危険を感じるほどに昇華されていく。
いずれは我が身が大爆発を起こしこの領内諸共爆散しかねない勢いだ。しかし、それにユリアンが巻き込まれるのは避けねばならない。
だから今少しの我慢を。
子爵邸に到着した。
飛竜に乗ったままなので少々騒ぎになったようだがワタシは気にしない。
出迎えてくれた子爵はユリアンの不在を告げた。……これは、いかがしたものか? もぅもたない、理性が……その時だ、横合いから見知った侍女が現れて「こちらへ」と言ってからワタシの手を引いてその場より連れ出した。
建物の裏手へ出て2階建ての別棟玄関へ入る。
2階へ上がり1番奥の部屋の扉の鍵穴へ鍵を挿し込み解錠。
そのまま部屋の中へと連れ込まれると扉を閉めて中から施錠する。
ワタシから手を離してベッド脇にあるストッカー内の二重扉? を開けるとそこには何か衣類のようなモノが数枚保管されている。
そのうちの一枚を手に取りワタシへと差し出した。
「もう限界だったのでしょう?」
そう言ってそれをワタシの鼻先へ。
瞬時にそれが何なのか理解した。
と、同時にその衣服を両手で自分の顔に押し付け息を吸った。
吸った。吸った。吸った。吸った。………………
一度顔から離して大きく息を吐き、再度それの匂いを吸った。吸った。吸った。
無意識のうちに右手は下腹部に伸びていた。
いつの間にか充てがわれていた椅子に腰掛け、股を開き、すぐ脇に彼女の目があるにも関わらず声をあげながら自慰を続ける。
どれほどの時間が経過したのだろうか。
気がつくと窓の外は宵闇の中だ。
そしてワタシは正気を取り戻した。多分。
傍らには指先を痙攣させ、ナニカに塗れた右手を押さえている彼女が安堵の溜息? を吐きながら微笑んでいる。
概ねの事情は察したと思う。
もう彼女には頭が上がらない。
我が生涯に於ける心の友。
こんど名前を聴いておこう。
その夜はそのまま彼女の部屋で彼女と共に寝た。
替えの下着も貸してもらえた。
本当に世話になりっぱなしである。
翌日、身だしなみを整えて改めて子爵のもとへ挨拶に伺おうと彼女と共に歩いていると、出会う使用人達がワタシ達を熱のこもった目で見ていることに気が付いた。
ふむ、なるほど。昨夜は部屋に防音結界などは張っていない。
当然音は室外へ駄々漏れだ。
しかも室内には女2人のみ。
あらぬ誤解を招いてもやむ無しか。
誤解? いや、彼女は半狂乱なワタシの手助けをしてくれていたのだ。
全くの誤解という訳でもないか。
うむ、限界を超えて飛んでくれた飛竜と、心友となった彼女には感謝のこもった何かを用意せねばなるまい。
特に彼女は大事な宝物をワタシに差出してくれたのだから。
子爵の執務室前にたどり着いた。彼女がワタシに代わりノックをする。そして、
「ハンナです。クロエ様をお連れしました」
そうか、我が心友の名はハンナというのか。もう永遠に忘れない。
「入りなさい」
との返答を受けて入室する。ハンナはお辞儀をしてから扉を閉めつつ廊下へと消えてゆく。改めて子爵へ向き直る。
「昨日は取り乱してしまい申し訳ありません」
先ずはお詫びから。
「妻とも話したのですが、それだけユリアンに強い思い入れをお持ち頂けているのだと考えれば寧ろ光栄なことと思います」
全く持ってその通りなのだが、
「その後は先程案内してくれたハンナに筆舌に尽くしがたいほどお世話になりました。こちら様の家人を1日占有してしまったことも含め汗顔の至りですわ」
「いえいえ、もし彼女がクロエ様の助けになったというのならば寧ろ嬉しい限りです。何でしたら滞在中はクロエ様専属侍女として仕えさせましょうか?」
これは、全て筒抜けになっていますね。まぁ、致し方ないでしょう。
「もし彼女が嫌でないのならば是非ともお願いしたいところです。彼女にならばワタシの全てをさらけ出し、甘えることもできそうですし」
子爵が幾分顔を引きつらせながらかろうじて相槌をうつ。
「ではそのように手配しましょう。それで滞在用の部屋ですが以前お使いいただいた……」
「お待ち下さい。ワタシはユリアンの伴侶となる身です。ここはやはりユリアンと同室とするのがワタシの為に宜しいかと。」
「……わたしのため? あ、いえ、通常貴族家では新婚であっても夫婦別室です。ましてやお二人はまだ婚前ですし、同室はさすがに……」
「エルフには婚姻の習慣がありません。個人主義ですから。しかし子をなすまでの行為の頻度を上げるために敢えて同居する者も数多存在します。ましてや我々エルフは子を授かりにくい。早いうちから同居、同衾して常に同伴するべきなのです」
「数多? いや、そのようなエルフの習俗は聞いたことがないのですが?」
「子爵は齢1012年を数える目の前のダークエルフよりも碩学でいらっしゃると?」
「! あ、いぇ、決して疑うとかそういうことではなくてですね」
「では決まりです。ワタシの荷物のうち身の回りの品のみで結構ですのでユリアンの部屋へ移動願いますわ。あとハンナの件もお忘れなく」
「……はい。」
本作にお付き合いいただけそうならばブックマークとご感想を是非!




