第59話 美食の国
アヤメと会話をしながら待っていると注文した料理が運ばれてきた。テーブルには山菜そば、天丼、月見蕎麦、ネギトロ丼、冷酒が並べられ俺の食欲を刺激してきた。
「蕎麦だ……紛れもなく蕎麦だ! いただきます!」
「では私も」
箸を手に取り卵を崩し一口啜る。
「~~っ! 美味い! ネギトロ丼は……」
添えられていた山葵醤油を回しがけし酢飯と一緒に口に運ぶ。
「……あぁ、美味い……! 美味すぎる!」
「美味しそうに食べますね~。しかも上手に箸を使ってて驚きました」
「元いた世界では日常的に使ってたからね。うん、冷酒もいい味してるね。水がいいのかな」
「ふふっ、幸せそうですね」
それからアヤメの注文した山菜そばと天丼も分けてもらい食べたがこちらも美味しくほっぺたが落ちそうだった。
「いやぁ、美味かった。またきたいな」
「私も久しぶりに故郷の味を楽しめて満足でした」
「じゃあ次はなんだっけ。服屋かな」
「はい。あちらに呉服屋がありますので向かいますか」
「ああ」
呉服屋に入りジパンの服を買い着替える。
「まぁ、よくお似合いで。外国の方なのにジパン人のようですね」
「ありがとうございます。うん、なんか動きやすいかも」
「本当に似合ってますね。これならジパン人と言われてもわかりませんよ」
和服に着替え腰に緋翠を下げる。服を着替えただけでジパンに馴染んだ俺に道行く人は奇異の目を向けなくなった。
「次はどこに行きましょうか」
「そうだなぁ……あ、先に宿の確保しない? できたら温泉付きの宿がいいかな」
「それだと高くなりますよ?」
「全然構わないよ。あと料理が美味しい宿がいいな」
「ふふっ、食いしん坊ですね」
「飯が美味いから悪い!」
アヤメの案内で町で一番高い旅館に向かう。
「いらっしゃいませ。宿泊でございますか?」
「はい、とりあえず一泊。夕朝の食事付きで」
「かしこまりました。お二人様で一泊三万円になります」
「はい」
俺は財布から金を取り出し支払った。
「リヒト殿、私の分は自分で払います」
「いいよいいよ。案内してもらうお礼に払わせてよ」
「そんな……ではありがたく」
支払いを済ませ部屋に案内してもらう。部屋は畳で寝具は布団だ。いかにも和室といった部屋でどこか落ち着く。
「夕飯はお部屋にお持ちいたしますので何かありましたらお声がけ下さい」
「ありがとうございます」
仲居がお辞儀をし二人きりになる。アヤメは慣れた手つきで茶を入れてくれた。
「緑茶か~、久しぶりだな」
「ふふっ。夕飯までまだ時間がありますが先に温泉でも行きますか?」
「そうだね。温泉でのんびりしたいな」
エリンにも風呂はあったが沸かし湯だった。対してこちらは源泉かけ流し、久しぶりの温泉は戦いで疲れた身体を癒やしてくれた。
「はぁぁ~……生き返る~……日本人はやっぱり温泉だよ温泉」
広い温泉に浸かりのんびりしていると先に入っていた老人が声を掛けてきた。
「兄さん初めて見る顔だねぇ」
「こんにちは。ここの温泉いいですね~」
「はっは。まぁ、ちと高いがのう。腰に効くんじゃよ」
「腰ですか。お仕事は何を?」
「ワシか? まぁ……冒険者組合をな。ワシはそこの組合長なんじゃよ」
「冒険者組合? 冒険者ギルドとは別の組織なんですか?」
「別じゃな。ワシの組合はジパン内でのみ活動しとるんじゃよ」
「へぇ~」
老人は俺を値踏みするように見てきた。
「お前さん外からきたじゃろ」
「はい」
「やはりな。今国内に冒険者ギルドはないからの。鎖国と同時に撤退してもらったのじゃよ」
「魔族……ですか。魔族は反幕府側と聞きましたが奴らの目的ってなんなんでしょう」
「うむ。目的は国家転覆じゃろうな。それと、若様の誘拐じゃろうて」
「若様?」
「うむ。ジパン国頭首【織田信久】様が子、【織田信政】様には特殊な力があってのう」
「特殊な力?」
「うむ。若様のジョブは【結界術師】なのじゃ」
「結界術師!? まさか魔族の目的って!」
「そうじゃ。若様を誘拐し、北の大陸にかかっている次元結界を解除させるつもりじゃろうて」
結界を斬り裂く力ではなく結界そのものを解除する力か。万が一誘拐されたら世界は大変なことになってしまう。
「戦況は拮抗しているらしいですね」
「うむ。じゃが近頃少し押され気味でなぁ。増えとるんじゃよ、魔族の戦力がの」
「え? 魔族って増えるんですか?」
「そりゃ増えるじゃろ。それに魔族以外にも今の幕府に反感を持つ者も味方しておるようじゃ」
「人間が魔族と組んでるんですか!? そんな……」
老人は視線を緩めた。
「ふむ。外からきた反幕府側の人間かと思ったが違うようじゃな。こんな時期にジパンに入り何をする気じゃ?」
「ギンジさんに頼まれて魔族と戦うためにきたんですよ」
「ギンジ? あやつか、なるほどなぁ。お前さんも大変な時にきてしまったのう」
「いえ、ギンジさんには世話になりましたし」
「ほっほ。まぁゆっくりしていきんさい。戦さえなかったらジパンはいいとこじゃからの」
「あ、はい。どうも」
老人は腰を擦りながら上がっていった。
「結界術師か……。それに人間が魔族に手を貸してるだなんて。今度の敵は魔族と人間か……」
ジパンの現状を知った俺は何をすべきか考えながら部屋に戻った。
「ずいぶん長く入られてましたね」
「おぉ~……浴衣姿!」
湯上がりのアヤメは髪を一本結いにし浴衣姿で涼んでいた。
「似合ってるね~」
「リヒト殿もお似合いで……ってどうかされました?」
「え? あ、うん。実は……」
俺は温泉で聞いた話をアヤメに話した。
「魔族と人間が手を組んでいる!? 本当ですか!?」
「うん、冒険者組合の組合長から聞いたんだよ」
「冒険者組合? ああ、翁様ですか。それなら間違いありませんね」
「有名なんだ」
「ええ。翁様は織田家に仕えていた御庭番の御頭でしたので」
「そんな偉い人だったのか」
御庭番は城を護る護衛集団のようなものだ。大陸でいう近衛騎士に近い。
「引退してからは冒険者組合を立ち上げ冒険者ギルドと同じ活動をしていますね」
「鎖国で冒険者ギルドも閉鎖したんだって?」
「はい。誰が敵かわからなくなりますし、皆が皆正しく生きる者とは限りませんので」
冒険者にも善人と悪人はいる。素行が悪い冒険者もいるため入国を制限しているようだ。
「兄上たちは今軍議を開いているでしょう。おそらく今の話についてかと」
「俺たちはいかなくていいのかな?」
「私達は隊士ではありませんので軍議には参加できないのです。決まり次第兄上から呼ばれると思いますので待ちましょう」
「わかった」
それから程なくして運ばれてきた夕飯に舌鼓を打ち、俺は懐かしい和食に歓喜するのだった。




