第55話 大悪魔
町に突入するとそこにはかつての面影は微塵も残っておらず死者と魔物が跋扈する地獄だった。
「一体も残すな!! そしてどこに悪魔がいるかわからん! 警戒を怠るな!!」
「「「「おぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」
こちらから攻め込む形なので若干苦戦するかと思いきや、こちらは三十名近くのSランク冒険者の連合軍だ。誰もがその道のエキスパートといっても過言ではない。アンデッドも魔物も次々に倒され陽が昇る頃には町の中は静寂に包まれた。
「悪魔ってのは腰抜けか? ビビっちまってんじゃねぇの?」
《煩わしい……消え去れ愚物。【ダークフレア】》
「「「「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!!」」」」
「なっ!?」
空から漆黒の炎が降り注ぎ三十名いた冒険者の大半が炭と化し崩れた。俺はどうにか漆黒の炎を躱し空を見上げた。そこにはスーツ姿で背中から黒い翼を生やし気怠そうにモノクルを直す影があった。
「出たぞ! 悪魔だ!!」
《悪魔? ははは、違いますよ。私は大悪魔です》
「だ、大悪魔……だと?」
《はい》
大悪魔を名乗った影はゆっくりと地上に降り立ち恭しく礼をした。
《私は異世界より呼ばれた大悪魔ヤルダバオト。おや?》
ヤルダバオトは俺を見て目を細めた。
《あなた……見覚えがありますねぇ。ああ、そうだ。私達と一緒に異世界から召喚された役立たずではありませんか。まだ生きていたとは驚きですよ》
「なん……やて? リヒトお前さん!」
「リヒト殿が異世界から召喚された……?」
ギンジとアヤメには前もって話してある。二人は俺を見て驚くフリをしながら隙を窺ったようだ。だがこの一連を知らないガレオンは大剣を構えヤルダバオトに斬り掛かった。
「なにをしている!! 事実確認など終わってからにしろ!! 今は戦闘中だぞ!!」
「ちっ! ワイとしたことがっ!」
ギンジは仕方なくガレオンの攻撃に合わせるようにヤルダバオトの背後に回り込み背中から斬りつける。
「なぁっ!? 防がれた!?」
ギンジの袈裟斬りはヤルダバオトの尻尾で防がれ、ガレオンの大剣は長く伸びた爪一本で防がれている。
《せっかちですねぇ。それと、あなた……少々五月蝿いですよ》
「な……ガッ──」
「ガレオン!!」
ヤルダバオトは人差し指でガレオンの大剣を受け止めたまま中指の爪を伸ばしガレオンの額を貫いた。ガレオンの手から大剣が落下し腕はだらりと下がった。
《おやおや、思っていたより柔らかいですねぇ。おや?》
ヤルダバオトは己を取り囲んでいる冒険者を眺めた。
《ああ、もしやこの筋肉達磨がリーダーでしたか? これは申し訳ない……あっさり殺してしまいましたよ。ふふふふ》
「ば、化け物……。あのガレオンさんが何もできず爪だけで……」
「む、無理よこんなの! に、逃げ──」
《大悪魔からは逃げられませんよ。【ダークレイ】》
「アッ! あぁぁ……」
ヤルダバオトの指先から黒い光が放たれたかと思いきや逃げようとした冒険者たちは頭を吹き飛ばされ亡骸に変わった。すでに生き残りは俺とギンジ、アヤメの三人しかいない。
《つまらないですねぇ。さて、あなた方はどうされますか? 抗いますか?》
「当たり前やろ。せやけど少し待ってくれんか? 作戦会議や」
通じるわけがないと思いきやヤルダバオトは余裕の笑みを浮かべガレオンを地に転がしその上に腰掛けた。
《構いませんよ。思う存分話し合って結構。ゴミはいくら集まってもゴミですからねぇ。精々話し合って私を楽しませて下さい》
「……恩に着るわ」
ギンジは納刀しヤルダバオトの背後からこちらに向かって歩き出した。その瞬間ギンジが俺に向け微かに合図を出したような気がした。俺は咄嗟にヤルダバオトの注意をひこうと話し掛ける。
「覚えていたのか、俺のことを」
《それはもう。ジョブを持たない一般人以下のゴミでしたからねぇ》
「他の勇者はどうしたんだ」
ヤルダバオトはニヤリと笑った。
《光の勇者は私が迷宮で殺しました。アレは一番の天敵でしたからねぇ。青の勇者はくちばかり、博愛の勇者にいたっては単なるビッチ、この国の騎士団長がアッサリ殺しましたよ》
「お前の目的はなんだ」
ヤルダバオトは仰々しく演技がかったように両手を広げた。
《大悪魔の目的など人の不幸を眺めると決まっているでしょう。 こうして暴れていれば次元に干渉できそうな者が現れるかと思いきや……とんだ期待外れですよ》
「お前ほどの力があるなら魔族なんて必要ないだろう」
《いえいえ。手足は必要ですよ。こうみえて私は面倒くさがりでしてね。戦いは嫌いなのですよ》
「その割に王都は滅んでるけど?」
《ははははっ。こんなもの児戯に等しいただの遊びですよ。私はまだ一度も戦っていない》
ヤルダバオトにとってはこの惨状全てがただの遊戯らしい。
「遊び……遊びね。だったら……俺に斬られてみろよ」
《ははは。ゴミの一撃など私に傷一つつきませんよ。いいですよ、私は反撃しませんので好きなように斬りつけて構いませんよ。さあ》
「後悔するなよ、ヤルダバオト!!」
俺は抜刀術が届く位置まで近づき緋翠に魔力を流す。
《ずいぶん変わった武器をお持ちですねぇ》
「いくぞ!!」
《きなさ──ガッ!? な、なに……》
「油断大敵やで、大悪魔はん」
「はぁぁぁぁぁぁっ!! 【光龍一閃】!!」
《ば、ばか……な!! なぜ貴様が光の……あぁぁぁぁぁぁっ!?》
俺が刀を握った瞬間、背後にいたギンジは退魔師としての力を籠めた一撃でヤルダバオトを縦に切り裂き、俺は真っ二つになったヤルダバオトの身体を光魔法を流した緋翠の横薙ぎで上下に斬り裂いた。
《や、やめろぉ……っ! 光が……光が身体を蝕むぅっ! 消える! 消えてしまうっ!!》
「もう一丁! 消えてまえやクソ悪魔がっ!!」
「それじゃあ俺からも冥土の土産だ!」
《ギアァァァァァ……ァァ……おの……れ……ゴミの分際……》
八つに分かれた肉体は退魔の力と光の力に耐えきれず回復する間もなく灰になり風に乗って消えた。
「っしゃあぁぁぁぁっ!! 勝ったで! ワイらの勝ちや! ざまぁみさらせぇっ!」
「喜び過ぎですよギンジさん」
刀を振り回し喜ぶギンジと腰を抜かしたアヤメを眺めながら俺は緋翠を鞘に戻すのだった。




