第49話 約束
完成した刀を持ちカッツェに向かうと女将はアヤメなら裏にいると聞き、勝手口から裏に回された。
「ふっ! はぁっ! せあぁあっ!!」
「おぉ~……」
裏庭に出るとそこでアヤメは木刀を握り鍛錬していた。その振りは見事なもので思わず拍手するほどだ。
「これはリヒト殿。私になにか?」
「あ、はい。ひとまず刀が完成したので」
「なにっ!? もう打ち終わったのか!? まだ一ヶ月程度だが!」
「ほぼ不眠不休ですよ」
「そ、そこまでしていただけるとは……かたじけないっ!」
頭を下げるアヤメに俺はマジックバッグから刀を取り出し渡そうとした。
「リヒト殿? ささ、その刀を」
「くっ、わかっているんです! しかし……あぁ、もうお別れだなんて!」
「……え? なっ! ななななにを!?」
アヤメの顔が真っ赤になっている。
「は、はい?」
「わ、私も別れは惜しいがっ! 一度グロウベルに戻らねばならないのだっ」
「は、はぁ」
「リ、リヒト殿の気持ちはう、嬉しいぞ? し、しかし私はまだ未熟者だっ。い、色恋に割く時間など」
「い、色恋? 誰と誰がです?」
「リヒト殿。あなたは今私との別れを惜しんでいたのでは?」
「え? まさかぁ~。この刀に決まってるじゃないですか! あまりの出来栄えに手放したくなくて」
殴られた。まさかこの歳になって頭に拳骨が落ちてくるとは思いもしなかった。
「全く!」
「すみません……しくしく」
俺から刀を剥ぎ取ったアヤメは刀を横に構え鞘から引き抜く。
「な、なんて滑らかな……」
「調整しましたからね」
「そ、そう──んなっ!?」
半分抜いたところでアヤメは絶叫した。
「な、なんだこの色は! 私の緋雨とはまるで違う! この色あい……す、素晴らしい! それにこの刃紋! う、美しすぎる……!」
「でしょう!?」
アヤメは完全に鞘から引き抜いた刀をあらゆる角度から眺め正眼に構える。
「……:しっくりくる。緋雨よりも……!」
「アヤメさんって俺と同じくらいの体格じゃないですか。長さも重心も俺に合わせてみました」
「ふっ、俺か?」
「あ。はぁ、もう俺で良いです」
それからアヤメは真剣な表情に変わり一心不乱に刀を振り続けた。
「はぁはぁ……。は、ははっ。これは手放したくなくなるのもわかる」
「でしょう? 気に入らないって突き返されたら喜んで引き取りますよ」
「あっはっは。これは私のだ。もう誰にも渡さんよ」
「くぅっ」
刀を鞘に納め腰に下げる。俺が打った刀は最初からそこにあったようにアヤメの腰に馴染んでいた。それはそうだ、打ち直した刀身以外は最初からあったものだからな。
「正直にいうとな、ここまで見事なものは期待してなかったのだ。それがまさか緋雨を越えてくるとはな……。驚いたぞ」
「それはまぁ……刀はどんなものか知ってましたし」
「んん? それはおかしいな。刀は私の国以外にはないはずだが?」
厳密には俺が知っているのは日本刀だ。だが緋雨を見た瞬間からこれは日本刀だと確信していた。職人が心血を注ぎ作り上げたこだわりは十分見てとれた。
「まぁいい。深くは聞かないでおこう。それとこれを」
「はい? えっ!?」
アヤメは置いてあった袋から緋緋色金の塊を取り出し手渡してきた。
「緋緋色金! まだあったんですか」
「正真正銘それが最後だ。失敗した時のために用意していた物でな。私にはもう必要なさそうだ。この刀は返せないが壊れた緋雨の刀身と緋緋色金は礼に渡そう」
「礼って。お礼ならエリンとグロウベルの橋渡しでは?」
「そんなものではこの刀の礼には足りん。緋雨を打った名匠より見事な刀が手に入ったのだぞ? そうたな……名は【薄桜】としよう! すまないが茎に名を刻んではもらえぬか? それとリヒト殿の名もだ」
「俺の名もですか!? 緋雨には何も刻まれてなかった気が……」
「いいから。頼まれてくれ。いつか国に帰った時に自慢したくてな」
「まぁ……わかりました」
俺はその場で刀を預かり目釘を抜き柄を外した後茎に自分の名と刀の名を刻んだ。
「……リヒト殿。あなたはなぜ私の国の字を知っておるのだ?」
「はい? なぜって……あっ!?」
日本刀だからとつい漢字で名を刻んでしまった。今さら言われても刻んでしまったものはどうにもならない。
「まさかと思うが……同郷か?」
「……違うよ。俺は……まぁ、異世界人だよ」
「異世界……人。なるほど、そうか! そういうことか! はっはっは! いや、すっきりした」
「はい?」
アヤメは俺が刻んだ漢字を指さして言った。
「私たちの御先祖様も異世界からきたそうだ」
「え!? し、召喚されたとか!?」
「いや、ある日気がついたらこの世界にいたらしい。なんでも部下に裏切られ焼き打ちにあったとかなんとか……」
「は? 部下に裏切られ焼き打ち……? い、いやまさかな」
そんな人物はあの有名人しかいないだろう。死体は出なかったらしいがまさか異世界に飛んでいたとは。
「その者は自らを魔王とのたまわったそうな」
「そ、そうなんだ」
間違いない、信長だ。
「その者は戦ばかりだった私の国ジパンを瞬く間に統一し全ての民に教育を施したそうだ」
「へぇ~」
「刀の打ち方も文字も知識もあらゆるものを全ての民に与えた素晴らしい人物なのだ。緋雨を打った刀匠は魔王直々に打ち方を習った家の者なのだよ」
確かに素晴らしい刀だった。緋雨は芸術品同様の美しさを放っていた。
「さて、色々語りたいが私はそろそろグロウベルに戻るとよう。早くこの薄桜で魔物を斬りたいからなぁ」
「あの、同盟の件は」
「任せてくれ。グロウベルの王には私から伝えておく。何も心配はいらんよ」
「ありがとうございます」
「私こそありがとう。できればまた会いたいものだ。リヒト殿は今どちらに?」
「首都からそう離れていない宿場町です。今古代迷宮に挑んでいる最中でして」
古代迷宮と聞いたアヤメの耳がピクリと反応した気がした。
「エリンに古代迷宮が? そんな話は初めてきいたが」
「最近発見されたばかりなので」
「なるほど。もしや邪魔をしたか?」
「いえ。ミスリルが手に入ったので献上しにきたんですよ。仲間が王女様でして」
「むぅ……よし、決めた」
「はい?」
アヤメは元に戻した刀を腰に下げ肩に袋を担ぎ言った。
「ではまた会おう、リヒト殿。それと……一本目が成功したからといって二本目も成功するとは限らぬぞ? 私は貴殿の最高傑作を引っ提げて皆に自慢して回る!」
「頼みますから俺の名は出さないで下さいよ!? 刀鍛冶がしたいわけじゃないですから!」
「はっはっは! 当たり前だ、この刀は誰にも渡さん。ではな」
そうしてアヤメは笑顔で去っていった。それから二本目の刀を打っていたところにバトラーが駆け込み、エリンとグロウベルが五分の同盟を結べたことを聞かされたのだった。




