第35話 エリンのおてんば姫
バトラーと共に渡り鳥の止まり木亭に戻りながらふと気づいた。
「あの、間違いじゃなかったら陛下夫妻には子どもがいなかったような……」
「えぇ。血の繋がりはありますが実子ではございません。これは私から言っても良いか……。申し訳ありません、陛下に確認してからにしていただきたく」
「大丈夫ですよ。気になっただけですので」
「感謝いたします」
会話が途切れたところで渡り鳥の止まり木亭に着いた。その入り口前に金髪ツインテールの少女が仁王立ちしている姿が見える。
「あれ……ですかバトラーさん」
「えぇ、あちらがコロネ・エリン・エリザベート様にございます」
顔が判別できる位置まで近づくと向こうも俺たちに気づいたのか腰に当てていた手を俺に向け指さしてきた。
「あなたがリヒトね! 私と勝負しなさいっ!」
「えぇぇ……なにあの人」
「すみませんすみません……」
天下の往来でいきなり勝負を挑まれるとは。しかも相手は一国の姫様だ。だがそれよりも腰に下げている剣が気になった。
「剣が二つ?」
「リヒト様。コロネ様のジョブは双剣士にございます」
「双剣士? へぇ~」
バトラーと話していると無視されたて思ったのかコロネが間近まで迫ってきた。
「無視しないでくれる? あとバトラー! 勝手に人のジョブバラさないで!」
「申し訳ありません姫様」
まるで申し訳なさを感じない謝罪も扱い慣れているからだろうか。
「とにかく! 勝負よリヒト!」
「あの、なんで戦わなきゃならないのかな」
「それは私がエリンで一番強いからよ!」
バトラーを見るとやれやれといった様子でハンカチを取り出していた。
「さあ、戦いなさい!」
「いや、戻るコロネ様が一番でよいので俺の負けでかまいませんよ」
「戦いなさいよぉぉぉぉっ! 最近お義父さんもお義母さんもアナタの話ばっかり! 私の方が凄いって証明してやるんだからっ!」
どうやら嫉妬からくる八つ当たりのようだ。というか自由奔放すぎだろ。
「いや、いきなり勝負といわれても。俺には戦う理由もないし、戦う意味がないんだよね」
そう告げるとコロネは平らな胸を張りながら言ってきた。
「そうね、それならもし万が一アナタが勝った場合は何でも一つだけ言うこと聞いてあげるわっ!」
「姫様!? なんということを!」
「黙りなさいバトラー。どうなの? この可愛さ世界一の私が何でも言うこと聞くのよ? 戦う理由にはなるでしょう?」
可愛いか可愛くないかでいったら見た目だけは及第点だろう。だが性格がダメだ。まるでアホの子だ。しっかりアホ毛まであるしな。だが何でも聞くと言うなら勝つしかないだろう。
「やるまで諦めないんだろ? わかった、戦うよ」
「ふふんっ、いい度胸じゃないの」
「リ、リヒト様。コロネ様に何を……」
「心配無用ですバトラーさん。世の中の厳しさを教えてあげます。コロネ様、ここではなんですので町の外でやりましょうか」
「いいわよ。案内しなさい」
若干上からの物言いにイラついた。三人で町の外に移動しつつ、俺はジョブを魔導士に変えた。
「リヒト様、侮ってはなりませんぞ。コロネ様は私ほどではありませんが素早く柔軟です。それと……殺さないで下さいよ」
「ははは。殺すなんて。ただ……泣かせるつもりではいますがね」
「はぁぁ……」
町から少し離れた場所で向かい合い立つ。審判はバトラーにお願いした。
「では勝負はどちらかが参ったと宣言するか行動不能となるまでです。よろしいですか?」
コロネは双剣を構え音を鳴らす。
「絶対に私が勝つんだから!」
俺はその場に立ったまま挑発してやった。
「さすがに女の子相手に負けはしませんよ。これでも冒険者ですからね。いつでもどうぞ」
「……余裕ぶってくれちゃって。その顔を泣き顔に変えてやるわっ!」
俺の態度が癇に障ったのかコロネの鼻息が荒い。バトラーは右手を上げ宣言した。
「始めっ!!」
「ハァァァァァァッ!!」
「【パラライズ】」
「いぎっ!?」
開幕と同時に一瞬で距離を詰めてきたコロネに対し俺は麻痺魔法をかけ動きを封じた。
「か、身体が痺れて……ひ、卑怯よ……っ!」
「さて、あとは煮るなり焼くなり俺の自由だ」
「ち、ちゃんと戦いなさ……うっ」
コロネの首筋に剣を突きつけた。
「コロネ様! これ以上は無理と判断します!」
「だそうだが?」
「な……めるなぁぁぁぁっ!」
「は?」
コロネが何かを噛む動作を見せた瞬間俺はバックステップで距離をとった。
「はぁはぁ……さあ、再開よ!」
「口に回復薬でも仕込んでたか」
「右は解毒薬、左は麻痺回復薬よっ!」
「そうですか。仕方ありませんね。なら次は剣で戦いますか。いつでもどうぞ」
俺はさらに挑発を続けた。対人戦は魔物との戦いと違い実に楽だ。相手の思考を少し乱してやるだけで簡単に手玉にとれる。
「切り刻んでやるわっ!」
「はい、【スリープ】」
「あ……く……また……っ」
再び真っ直ぐ向かってきたコロネに対し今度は睡眠魔法を放った。最初に剣で戦うと宣言した理由は頭から魔法の可能性を排除させるためだ。挑発に乗らない相手なら警戒し真っ直ぐは向かってこないがコロネはやはりアホだ。同じ轍を踏む踏み今は夢の中だ。
「バトラーさん、俺の勝ちですよね」
「は、はぁ。しかしまぁ……慣れてますな」
「まぁ、色々とね」
バトラーは眠ったコロネを肩に担いだ。
「リヒト様、コロネ様にするお願いとは何でしょうか」
「ああ、それなら……」
俺はバトラーに願い事を告げた。
「ふっ……はっはっは! そうきましたか! いやはや、やりますな」
「起きたら伝えて下さい。それではこれで」
「ありがとうございました、リヒト様」
俺は町の入り口でバトラーたちと別れ渡り鳥の止まり木亭へと戻った。
「で? お前さんはどんな願い事したんだよ」
「ああ、簡単だよ。俺が願ったのは『黙って城を抜け出し危険な真似を慎む』だよ」
ファルコはポカンと口を開けた。
「お前……そりゃないだろ」
「え?」
「あぁ、そうか。エリンにきて日が短いお前さんは知らなくて当然か」
「な、なにが?」
ファルコは溜め息を吐きながら言った。
「あんなおてんば姫でも陛下にとっちゃ愛娘だからなぁ。黙って抜け出せないとなれば次はちゃんと許可とってまたくるぞ」
「は? え? 許可出るの?」
「出るだろ。知らない場所にいくんじゃなくてお前んとこにくるんだからな。やっちまったな。まあ、頑張れよ」
「そ、そんなバカな!」
翌朝、再びコロネはバトラーを連れて渡り鳥の止まり木亭へとやってきた。
「勝負よ! 昨日のは引き分けよ引き分け!」
「本当にきたよ……」
「申し訳ありませんリヒト様。陛下が許可をお出しになり……」
ファルコの言った通りになってしまった。
「あのなぁ。俺たちは宿場町に移動する準備してんの。遊びに付き合ってる暇なんてないんだって」
「だったら私と剣で勝負しなさいっ。剣なら絶対に負けないんだから!」
「いゃ、俺本業剣士じゃないし。どちらかと言ったら生産職だし」
「強いんでしょ? お父さんから聞いてるもん」
「バトラーさぁん……」
バトラーはひたすら頭を下げるだけだった。
「申し訳ありません。一度だけ剣で戦っていただけると」
「はぁぁ……。わかりました。ただし木剣でお願いしますよ。俺が良さげなの作りますので」
「コロネ様、いかがでしょうか」
「かまわないわ。ついに戦えるのね! さあ、森にいくわよ!」
元気いっぱいなコロネとは対照的に、俺とバトラーは肩を落としながら木剣を作るために森へと向かうのだった。




