閑話② 知恵の勇者(大悪魔)と光の勇者
知恵の勇者は謁見後暇を見つけては城内にある図書館に入り浸っていた。
「……ふむ。魔法の類は我のいた世界と変わらんか。基本属性は七つ。火、水、土、風、光、闇、無……雷、氷は合成魔法か。そして時空魔法……これは職業固有魔法とな。あの二人に時空魔法が使えるとは思えんな。となると……これか」
知恵の勇者は十世代前の勇者の伝記を手に取った。
「時の勇者レオン。かの者は次元を操る者であり、次元を切り裂く力、別次元に隔離する力、物体の時を固定する力を持っていた……ふむ」
知恵の勇者は蝋燭の灯りしかない暗闇の中ページを読み進めていく。
「時の勇者【レオン】は魔王【アグロヴァル】討伐後、その身を核とし魔族達が支配していた最北にある大陸、通称【死の大地】を何者をも通さぬ次元結界で世界から隔絶し、大戦を終結へと導いた。その後時の勇者レオンの生死は定かではない……か。ふむ……」
知恵の勇者は伝記を棚に戻し考察を始めた。
「その身を核にか。魔力は大気中にあるものを吸収し続けられるように魔方陣か何かで設定すれば永続的に結界を張り続けられるだろう。となれば時の勇者レオンは己の時を止め、その身を贄にしつつ結界を維持しているのだろうな。次元の隔絶か。死の大地へと赴くためには次元の壁を切り裂く能力が必要となるな……ん?」
次元の壁をどうするか考えていると図書館の入り口が開き光の勇者が入ってきた。
「知恵の勇者よ。少し話がある」
「光の勇者ですか。何か?」
光の勇者は知恵の勇者の対面に座り口を開いた。
「私は魔族が憎い。貴殿の知恵で魔族達が隔離されている大陸に入れないか?」
「ふむ。私も今侵入できないか調べていた所だ。万が一あちらから結界を開かれでもしたら帰れなくなりそうだからね」
光の勇者はテーブルに両手をつき立ち上がる。
「できるのか!?」
「静かに。ここは図書館ですよ光の勇者よ」
「す、すまない」
光の勇者が腰を下ろすと知恵の勇者が口を開いた。
「侵入する方法はあります」
「あるのか!」
「えぇ。十代前の勇者レオンは時を操る勇者でした」
知恵の勇者は考察した結果を話した。
「次元を切り裂く能力……か。私は持っていない。私は光属性の勇者なのでな」
「私も基本の七属性に合成魔法の雷と氷の魔法しか使えません。さすがに次元干渉までは」
「青の勇者と博愛の勇者も無理だろうな。アレは私達二人より劣る」
知恵の勇者の糸目が片目だけ開いた。
「私は違うと?」
「貴殿は私と同じく力に貪欲だ。だがあの二人はダメだ。謁見の後から欲に溺れ爛れた日々を過ごしている」
「私が図書館に籠もっている間にそうなりましたか。これでは迷宮の方も期待できませんなぁ」
光の勇者は知恵の勇者に頭を下げ言った。
「知恵の勇者よ。私には成さねばならぬ役目がある。この世界で魔族を屠れぬのならば一刻も早く元の世界に帰りたい。明日から二人で迷宮に挑もう。俺達が力を合わせれば地下百階層なんぞ簡単に到達できるはずだ」
「構いませんが……私に得がありませんな」
「道中で手に入る物資は全て渡そう。俺は何もいらない。帰還のために使う魔石があればそれで良い」
「なるほど」
知恵の勇者は光の勇者自ら罠に飛び込んできたこの状況に心の中でほくそ笑んだ。
「わかりました、協力しましょう」
「恩に着る。では明日から迷宮攻略に向かおう」
「わかりました」
光の勇者が退室したあと知恵の勇者は声を出して笑った。
「くくくくっ、思ったより単純でしたねぇ。復讐に囚われた愚かな勇者よ。迷宮を甘く見過ぎだ。出るのは魔物だけじゃない、罠だって当然あるだろう」
知恵の勇者は頭の中で計画を練っていく。
「シーフがいないことは幸いでしたねぇ。罠を見破られたら事故にもみせかけられない。さて、邪魔な光の勇者よ。貴方には死んでもらうとしましょうか」
翌日から光の勇者と知恵の勇者は二人で迷宮に挑み続けた。
「唸れ風刃!!」
「おぉぉぉぉっ! くらえ! ミラージュスラッシュ!!」
《ぐぉぉぉぉぉっ!!》
迷宮に挑み続け一ヶ月、二人は今地下四十階層のボスを討伐していた。
「ふぅ、まさかミスリルゴーレムが出るとは」
「はぁはぁ……、くそ……私の剣にヒビが」
「どうします? 武器がそれでは先には進めないでしょう?」
光の勇者は愛剣を投げ捨て知恵の勇者に手を伸ばした。
「道中で拾った剣があったはずだ。今までの剣には劣るだろうがないよりはマシだ」
「ふむ、物資は全て私の物では? 私はそろそろ一度戻った方が良いと判断しますがね」
「戻れるか! すでに一ヶ月も経っているのだぞ! なんでもいいから剣をよこせ!」
「はいはい。ではこちらを」
知恵の勇者は魔法袋から漆黒の剣を取り出し手渡した。
「黒い剣か。アダマンタイトか?」
「鑑定できないのでわかりませんな。本当に進むのですね?」
「無論だ。行くぞ知恵の勇者」
「わかりました」
どこか焦りながら先へと進む光の勇者の後を歩く知恵の勇者は頭を下に向け笑っている。
そしてそれは地下四十一階層で起きた。
「バカ……な……ぐふっ! はぁはぁ……」
光の勇者は漆黒の剣で突き刺した魔物と同じ箇所から血を流し地に伏した。その箇所は核。人間でいう心臓にあたる箇所だ。知恵の勇者は口から血を吐き絶命間近の光の勇者に近づきしゃがんだ。
「ち……え……の……! エリ……ク……サー……を」
「ありませんよ。そして回復魔法も我には使えんな」
「な……お……まえ……っ!」
知恵の勇者は真の姿、大悪魔ヤルダバオトに変化した。漆黒のスーツに背中から羽を生やし尻尾が地面を叩く。光の勇者は目の前に憎むべき敵が現れたが身動き一つできずに目を閉じていった。
「くくくっ、ご苦労光の愚者よ。見ての通り我は大悪魔ヤルダバオトである。今後この世界を手中に収める中で貴方が一番の障害だったのだよ。貴方に渡した剣は我が呪いをかけた剣だ。ふむ……もう聞こえていないか」
ヤルダバオトは動かなくなった光の勇者の頭を蹴り上げ仰向けに寝かせた。
「心停止、呼吸、脈拍なし。瞳孔反射もなし。……御臨終ですねぇ……。くくくっ、ふははははははっ!!」
ヤルダバオトはその場で回転し仮の姿へと戻った。
「さて、この死体と共に地上へと戻りますか。光の勇者を失った王国は大騒ぎになるでしょうなぁ。くくくっ、あぁ……負の感情が待ち遠しいですよ。はははっ、はははははっ!」
ヤルダバオトは光の勇者を担ぎながら道中現れる魔物を支配し、偽装した傷以外は無傷で王城へと戻るのだった。