第03話 小さな村
朝日が昇る頃、昨夜空き家に案内してくれた男が俺を起こしにきた。
「お? 起きてたか」
「おはようございます」
「おう、おはようさん。お前さん飯持ってるか?」
飯と聞いた俺の腹が豪快に催促する音を響かせた。
「な、ないです」
「だと思ったぜ。ほら、口に合うかはわからんが俺のカミさんが作ったスープとパンだ」
男が木で編まれた籠を俺に手渡してきた。
「い、いくらですか?」
「ばっか、金なんかいらねぇよ。腹減ってんだろ? とにかく食え」
「うっ……あ、ありがとうございますっ!」
城から追い出され久しぶりの食事に俺は夢中でかぶりついた。スープは薄味でクズ野菜しか入っておらず、パンは石のように硬かったが空っぽの腹を満たすには十分だった。
「ご馳走さまでした!」
「えらい勢いだったな。よっぽど腹減ってたんだな」
「ほぼ一日食ってなかったもので」
「若いのに可哀想になぁ」
クライスからいくらか金をもらってはいるが、空き家に案内されながら見渡したところ、使う場所も食糧を買う場所もなさそうだった。しかし本当にここに村があって助かった。生きてさえいればどうにかなる。
「よっしゃ、食い終わったら話がある。悪いがこれから長の家にきてくれ」
「わ、わかりました」
話の内容はだいたい想像がつく。早い内に村を出ろとかそんな内容だろう。特に長居するつもりもなかった俺は話を受け入れ次の町か村を教えてもらう気でいた。
だが長から告げられた話は全く逆の内容だった。
「え? しばらく居て欲しい……ですか」
「うむ。若者には退屈な村じゃろうがのう。もうじき収穫の時期でな。それまで居て手伝って欲しいのじゃ」
俺は椅子から立ち上がり頭を下げた。
「むしろこちらからお願いします! 俺には行くあてなんてないものでっ!」
「そうかそうか。ありがたいのう。では引き続きあの家に住むと良い。あとの事はこのグレッグに聞くと良いぞ」
俺を案内してくれた男の名はグレッグというらしい。
「グレッグさん、よろしくお願いしまっす!」
「おう。っても収穫はもう少し先でな。今はまだ仕事らしい仕事はなくてな。手が必要んなったら声を掛けるから好きに暮らして良いぜ」
「好きに……わかりました。なら色々見て回ります」
「ああ。あと盗みはするなよ? 槍で突きたくねぇからな」
「し、しませんよそんな」
その場で解散となり長の家から出た俺は改めて村を見て回った。住人は少なく二十人ほど。それも中年から老人しかいない。二十人の内半分は長のように腰が曲がっていた。
「あらま、若い人なんて珍しいわ~」
「おはようございます。昨夜からこちらでお世話になってます」
「丁寧な挨拶どうもねぇ~。あ、いたたた」
「だ、大丈夫ですか!?」
俺は腰を痛がり表情を歪めた老婆に駆け寄り支えた。
「ありがとうねぇ」
「いえ。腰ですか?」
「えぇ、農作業でいわしてねぇ」
「薬とかないんですか?」
老婆は首を横に振った。
「薬なんて高価なもんは首都にでも行かなきゃないんじゃよ」
「た、大変ですね」
「仕方ないさね。生きるためには多少無理してでも働かんとねぇ」
この話を聞いた俺は老婆を自宅へと送り届けたあとどうにかできないか考えた。
「そうだ、ないなら俺が薬を作ろう! 【ハローワーク】!」
借家に戻った俺は職業を騎士から薬師へと変えた。
「腰痛ならとりあえず鎮痛剤かな。薬師レベル1でも作れる薬ってなんだろう?」
そもそも薬なんか自分で作った事はない。病院からの処方薬か薬局にある市販薬の世話になってばかりだ。処方箋に書いてある薬剤情報から効果と成分はわかるが作る過程がわからない。
「と、とりあえず材料になりそうな物を探してみよう」
薬師になった俺は借家を出て村を見て回った。そるとすぐ足元にウィンドウが出ていた。
「や、薬草? この雑草みたいな草が??」
どうみてもただの草だが薬師になった俺の目には薬草と見えていた。俺はその場にしゃがみ草を引き抜いた。
「薬草ねぇ。けどこれどうやったら薬になるんだか」
すると頭の中に自然と薬草の使い方や調剤のやり方が浮かび上がってきた。
「は? 念じるだけ? え、どういう事!? 潰したり煎じたりするもんじゃないの?」
これが異世界だからなのか、異世界の薬師はこれが普通なのか理解に苦しんだがとりあえず頭の中に浮かんだやり方を試してみる。俺は手にした薬草を握り念じた。
「薬草は傷薬、つまりポーションになるのか。よし、出でよポーション! うわっ!?」
念じると手に合った薬草が煙を噴き出し次の瞬間には瓶に入った液体へと姿を変えていた。瓶を見るとウィンドウが浮かび【ポーション:普通】と記されている。
「で、できちゃったよポーション……。しかも薬師のレベル上がってるわ」
たった一回の製作でレベルが2に上がっていた。その効果か頭の中に新しい薬剤の知識が浮かんできた。
「解毒剤、胃薬……なるほど。レベルが上がると作れる薬が増えるのか! そうと決まれば!」
借家のテーブルに出来上がったポーションを無造作に置いた俺は村中を駆け回り様々な材料を収穫して回った。途中グレッグに呼び止められた気がしたが夢中で材料を集めて回った。
「調剤、調剤、調剤、調剤ぃぃぃぃぃっ!」
時間も忘れ集めた材料を次々と薬に変えていく。するとそこに昼飯を手にしたグレッグがやってきて声をあげた。
「な、ななななんじゃこりゃぁぁぁぁぁっ!?」
「ん? あぁ、グレッグさん。どうかした?」
グレッグは入り口で固まっていた。
「お、お前これっ! 薬か!? なんだこの量は!?」
「いやぁ~、そこら中に材料落ちてたからつい……作りすぎたかな?」
「いやいやいやいや! 薬の材料なんかそこら中にあってたまるかよ!? しかも普通は一人でなんの器具もなしに作れるもんじゃねぇよ!?」
どうやら俺は普通じゃないらしい。この世界の普通がどんなものか知らないがグレッグからしたら明らかに俺は異常なのだろう。
「な、なんなんだお前? こんな量の薬作れるなら追い出されたりしないだろうよ。なにやらかして追い出されたんだよ」
「何もしてないってば。エイズームで薬は作った事なかったし」
「……これだけの腕があるのにかよ」
グレッグが瓶を一つ手にとった。
「こりゃポーションだろ? この色だと初級か。これだけで銀貨五枚はするぞ」
「え? そんな高いのそれ」
「はぁぁ~……なんで薬師が価値知らねぇんだよ。ポーションは作っただけ即売り切れるだろうに」
「へぇ~。そうなんだ」
「おま……はぁ、まぁ良いわ。とりあえず飯食え」
「もう昼? 悪いねグレッグさん」
俺はいったん調剤を止め呆れるグレッグと少し遅めの昼食にしたのだった。