第20話 また会う日まで
渡り鳥の止まり木亭を出た俺は鍛冶屋バッカスへと向かった。声を掛け中に入ると奥にある鍛冶場からルールーが鞘に納まった剣を手にして現れた。
「きたな。できてるよ」
「お、夕方くらいかと思ったらもうできてたんだ」
「……他に客がいないからさ」
一瞬にして空気が重くなった気がした。
「と、とりあえず手抜きなしで丹精込めて仕上げた逸品よ。どうぞ」
「ありがとうございます」
剣を受け取り鞘から抜く。剣はするりとスムーズに抜け、刀身は鈍い輝きを放っている。
「き、綺麗な剣だなぁ~」
「でしょ? 別に暇だったから丁寧に作ったわけじゃないからね?」
「あ、はい」
完全に鞘から剣を抜き構えてみる。重すぎず軽すぎず、握りは太すぎず細すぎず絶妙なバランスで整えられている。
「初めて握るのに妙に馴染むなぁ」
「当たり前でしょ。そうなるように作ったんだからね。お気に召したかしら?」
「ああ、最高の剣だよ。ありがとうルールー」
ルールーは顔を真っ赤にし照れているように見えた。俺は剣を腰に下げ鞄か、金貨十枚を手渡した。
「ありがとさん。ああ、使ってて切れ味とか悪くなったらメンテしてあげるから面倒くさがらないでちゃんと持ってきなさいよ」
「わかった。そうだ、俺この町で活動することになったからさ」
「そうなの? じゃあカッツェに泊まってるの?」
「いや、渡り鳥の止まり木亭に泊まってる……というか間借りしてる」
渡り鳥の止まり木亭の名を出すとルールーは訝しげな視線を向けてきた。
「あそこ……まだやってたんだ。うちの店と同じくらいお客さん入ってなかったと思うんだけど」
「まぁ……ね。でも今店主のファルコさんに料理教えてるからさ、もう少ししたら流行りだすかもしるないよ」
「料理? 誰が教えてんの?」
「え? 俺だけど」
ルールーは目を丸くし驚いている。
「あんた料理までできるの? 万能か!」
「万能ってほどでも。ただ少しずつ色んなことできるだけで突出したものがない感じかな」
「なんだ、器用貧乏なのね。悪くはないけど大成しないタイプかぁ」
「大成しても面倒ばかりじゃないか。目立たずのんびり生きられればいいよ俺は」
「欲がないのねぇ。じゃあ料理美味しくなったら教えてよ。食べに行ってあげるからさ」
「そのくらいならお安い御用だ。気に入ったら常連さんになってよ」
「気に入ったらね」
予想していたより出来栄えの良い剣が手に入り満足しながら広場へと向かった。
「あれ? まさか……」
広場に向かうと兵士達が盗賊を地面に下ろしていた。辺りを見るとグレッグ達も同じ光景を眺めていた。
「グレッグ! ガロンさん!」
「リヒトか」
「おう、リヒト」
声を掛けると手を挙げてくれた。
「もしかして死んだの?」
「ああ、これで全部終わりだ」
隣村の人達は涙を流していた。
「みんな……仇は討ったぞっ!」
「お父さん……お母さん……やっと終わったよ……」
「みなさん……」
俺はどう声を掛ければ良いかわからなかった。悩んでいるとガロンが声を掛けてきた。
「リヒト、俺達はこれで帰る。お孫はこれから何を目指す」
「ガロンさん。俺は……ははっ、なんだか知らないけどやることがたくさんできちゃいました」
「ふっ、そうか」
ガロンは苦笑いを浮かべる俺に笑みを見せた。
「お前はクールに見せかけておいて実はお人好しだからな。村でも他人のためにばかり動いていた」
「お人好しって酷いなぁ」
「ははっ。たまには自分のしたいことをしてみろ。成長した姿で再会できることを楽しみにしてるよ」
「はいっ! あ、そうだ」
俺はガロンに借家にあるポーション類と金の事を話した。
「なるほど。ポーションはありがたく使わせてもらおう。で、金だったな」
「え?」
ガロンは革袋から告げた額と同額の貨幣を取り出し手渡してきた。
「子どもと同じくらいのお前からは受け取れんよ。これからは村と違い何をするにも金がかかるからな。金は大事にするんだぞ」
「ガロンさん……はいっ! ガロンさんは俺にとって師匠であ父のようでした。グレッグも……再会したら飲めるようになってるからさ。次は飲み明かそう」
「リヒト……! 身体には気をつけろよ。腹ぁ出して寝るなよ!」
「ははっ、子どもじゃないんだからさ。グレッグこそ飲み過ぎには注意してよ。年なんだからさ」
「バーロー! まだ若ぇよ身体はなっ!」
最後に隣村の人達と子ども達を見る。
「みなさん、俺は村を出ることになりましたがみなさんはこれからロゼッタ村で亡くなった方達の分まで幸せに暮らして下さい。そして村に何かあったら遠慮なく俺に助けを求めて下さい。俺は首都でさらに力を磨きます」
「はい! リヒトさんも無理せず頑張って下さい。私達もロゼッタ村で新しい人生を始めます」
「リヒトさん……っ! お嫁さんは作らないで待っててね!」
「は、はい?」
最年長の女の子が顔を赤くしながら手を握ってきた。
「成人したら首都にくるからっ! 料理もお掃除も頑張るからっ!」
「は、ははっ。もし成人してまた気持ちが変わらなかったら会いにきてくれたら嬉しいな」
握手を交わすと女の子は手に力を込め名を名乗った。
「私の名前は【ソフィー】です! 再会するまで覚えてて下さいねっ!」
「ソフィー。うん、わかった。約束するよ」
「はいっ!」
このあと村の人達は市場で荷車いっぱいに調味料やら土産物を買い村へと帰って行った。ソフィーは姿が見えなくるまで門の前に立つ俺に手を振り続けた。
「みんな……元気で! いつか必ずまた会いましょう!」
離れる寂しさと感謝で涙が溢れる。しばらく天を仰ぎ気持ちが落ち着いたあと渡り鳥の止まり木亭へと戻った。
「ただいま戻りました」
「おう……ってお前どうした。何かあったのか?」
泣いた痕跡は消したがファルコは何か雰囲気が違うと思ったのか心配そうに声を掛けてきた。俺は今日世話になった村の人達が帰ったとファルコに告げた。
「……そうか。いい奴らだったんだなぁ。なに、今生の別れってわけじゃねぇ。会いたくなったら会いに行ける距離だろう?」
「そう……ですね。はい、ありがとうございます」
「いいってことよ。さあ、新しい料理を教えてくれ。娘が帰ってきたら驚かせてぇからな」
「あ、はい。じゃあ……」
俺は新たな料理ハンバーグをファルコに教えるのだった。




