第02話 リヒトの能力
国境を潜りしばらく道なりに歩き周囲に人がいない事を確認した俺はまず街道から外れ近くにあった森に身を潜めた。
「さて、これで色々と検証できるな。まずは能力の確認からだ」
まずは謁見の間でやったように頭の中にステータスを表示させた。声を出さずに念じるだけでステータスを把握できるのは便利だ。
【氏名】リヒト
【職業】高校生(レベル1)
【所持スキル】
・言語理解 ・瞬間記憶 ・異世界知識倉庫(無料版)
・成長加速 ・ハローワーク
「言語理解はアレだな、この世界の言葉が理解できるようになる転移ボーナス的なスキルだろう。で、瞬間記憶はあっちにいた時にもあった特殊能力だ。あとの三つはこれも転移ボーナスかな? 詳しく見てみよう」
スキルは深く意識する事で詳細が把握できた。
【異世界知識倉庫】
異世界の知識が詰まった倉庫。知りたい事を検索する事で詳細がわかる。現在は無料版になっており所有者が蓄えた知識のみ検索可能。有料版へのアップグレードには月額金貨一枚が必要。月額版は地球の知識全てを検索できる。
「無料版? ふむふむ。俺には瞬間記憶ある。これは早急に金策が必要だな。けど安定して月一万円以上稼げるようにならないとアップグレードはできそうにないか。この世界の平均収入と仕事次第か」
【成長加速】
通常の成長率より十倍成長が早くなる。加えて通常一部しか上がらない能力もこのスキルでは全ての能力が確実に成長する。
「チートきた! 人より十倍早く成長ってエグッ! しかも力やら素早さも全部!? まさにチートだ」
【ハローワーク】
自らの意思でいつでも職業変更を可能にする。ただし一度でも目にした職業しか選択できない。だが【派生職業】はこれに当てはまらず、基礎職業を極めなければ表示されない。
「なぁるほど、これでジョブチェンジするのか。派生職業っていったらアレだろうなぁ、戦士と魔法使い極めたら魔法戦士とか。日本人やっててよかった!」
俺は己の能力を知り異世界でも問題なく生きていけるだろうと確信した。
「とりあえずハローワークで職業を変えよう。高校生じゃ成長できないだろうし」
リヒトはスキル【ハローワーク】を意識した。すると頭の中に転職できる職業が一覧になって現れた。
「召喚士、神官、魔導士、兵士、騎士、御者、商人、薬師、アサ──アサシン!? どこかにアサシンいたのか!? こわっ!」
これらの職業は玉座の間からここ、東の国境へと辿り着くまでに俺が見ただろう職業だ。どうやら鑑定などせずとも人を目にするだけで新しい職業が増えるらしい。
「ん? このグレーで表示されてる職業は選択できないのか。これが派生職業ってやつなのかな」
薄い文字で近衛騎士、勇者、賢者と表示されている。俺はどれにするか悩みに悩んだ末、職業を【騎士】に変更した。
「武器はその辺に落ちてる硬そうな枝で良いかな。魔法は見た事もないしまだ不安だからな。剣術なら学校やら武術書で習ったしまだマシだろう。さて、では目指せ人里っ!」
準備を整え街道に戻り道なりに歩く事一時間。これまで開けていた道が消えいきなり大草原が広がった。
「は? なんで!? 街道が途切れてるだなんて! 整備されてないの!?」
エイズーム王国からエリンに続く街道は使用者がいないためか道になっていなかった。
「不味いな、道がないとどこに人里があるかわからないぞ? それに──っ!」
頭を抱える俺の近くで草むらが揺れる。俺は若干緊張した面持ちで木の棒を構え、音が聞こえた先を警戒した。
「──っ! 魔物だっ!」
草むらから液状とも固体ともいえない物体が飛び出してきた。
「まさか……これスライムか? ファンタジーの定番モンスターだ! き、木の棒でやれるか? ふぅ……っ」
息を吐き心を落ち着かせ真っすぐスライムに向かい木の棒を構える。
「素人のなんちゃって剣術が通じるかどうか……。けどやるしかないっ!」
スライムは俺を獲物として見たのか地面から飛び上がり面積を広げ飛び掛かってきた。俺は両手で木の棒を握り、上段から力を込め力の限り全力で真っすぐ振り下ろした。
「何かに当たった! あ」
どうやら真っすぐ縦に振り下ろした木の棒による攻撃は幸運にもスライムの核を破壊したようだ。核を破壊されたスライムは形を保てなくなり、そのまま地面に落下すると草むらを溶かした。
「た、倒せた……のか? は、ははっ。倒せたぁ~……」
初戦闘の緊張が解けた俺は膝から地面に崩れ落ちた。
「これがリアルファンタジーかぁ。早く慣れないと緊張で疲労感がハンパないな」
一息ついた俺は気合を入れて立ち上がり、半分溶けた木の棒を投げ捨て新しく拾った木の棒で草木をわけながら道なき道をひたすら進んだ。最初は緊張していた戦闘も何度か繰り返す事で次第に慣れてきた。
「よし! また職業レベルアップだ!」
成長加速が効いているからか、このたった数回の戦闘で騎士の職業レベルはすでに3まで上がった。
「初期職の限界レベルは30か。クライスに平均レベルの事も聞いておけば良かったかな」
それからさらに数時間歩き陽が落ちた頃、遠くにかがり火が見えた。
「かがり火……かがり火だ! うぉぉぉっ! 人里だぁぁぁぁっ! 頑張った、頑張ったよ俺ぇぇっ!」
朝に国境を潜り約十時間、ようやく目の前に希望の火が現れた。俺は力を振り絞りかがり火を目指し駆け出した。
「はぁっはぁっ! す、すみませんっ!」
「な、何者だ! 盗賊か!!」
かがり火の近くに男が二人立っていた。背後には木の簡易柵があり建物が見える。男二人は俺が声を掛けると槍を構え穂先を俺に突きつけてきた。
「ち、違いますっ! 俺はリヒトっていいます! エイズーム王国から旅してきたんですっ! 決して怪しい者ではっ!」
両手を挙げ事情を話すと男二人は警戒を解いた。
「エイズームからエリンにか? 旅するにもエリンには何もないぞ?」
「バカ、止めろよ。旅なんて言っちゃいるが……兄さん、あんたあの国追い出されたんじゃねぇのか?」
「な、なぜ?」
問い返すと男が笑った。
「たまぁに逃げたりしてくるんだよ。才能がない奴やら仕事がない奴やらがな」
「な、なるほど」
「疲れただろ? ここは小さな村であいにく宿はないんだ。空き家に案内するよ。朝まで休んでこれからどうするか考えな」
人の優しさに触れた俺は若干泣きそうになった。俺は涙を堪えながら男に頭を下げる。
「良いんですか? 助かります」
「おうっ。若者は貴重だからな。とりあえずついてきな」
「は、はいっ」
こうして無事に人里へと辿り着いた俺は案内されたボロボロの空き家に泊まり、藁の寝床で疲れた身体を癒すのだった。