第17話 別れ
夜まで町の外に出て薬の材料になりそうな素材を集めた俺は一度宿に戻った。ちょうど夕食後で酒を飲んでいたグレッグに出掛けてくると伝えるといきなりニヤニヤし始めた。
「おいお~い、こんな時間からお出掛けかぁ~? 女か? 女だろ? 手がはぇぇな~」
「何言ってんだか。依頼だよ依頼」
「何の依頼だ~? 夜の対戦相手かぁ~?」
酔っ払ったグレッグは下品極まりない。そんなグレッグを無視しガロンが問い掛けてきた。
「明日じゃだめなのか? もう夜になるが」
「ちょっとね。依頼者はギルドの受付なんだよ。それに欲しい物があるからさ」
「……そうか。依頼はすぐ終わるのか? 明日にも盗賊達が事切れそうでな」
明日で剣は完成する。そちらは問題ないが、あるとすれば今日受けた依頼の方だ。病次第では終わらない可能性すらある。
「微妙に間に合わない……かもしれない」
「そうか」
ガロンは何やら考え真剣な表情で俺に問い掛けてきた。
「なあリヒト。お前この町に残る気はないか」
「え? い、いきなり何言ってるんだよガロンさん。残る気なんてないよ。俺は村に帰るよ」
「……リヒト、お前はまだ若い。何かやりたいことはないのか?」
「あるよ。村のために俺ができることを増やして力になりたい」
「できる事を増やすか。ならなおさら村にいたらダメだ」
「な、なんでだよっ」
ガロンは立ち上がりグレッグも少し正気に戻った。
「リヒトよぉ、なにも一生離ればなれになるわけじゃねぇんだ。村のことを考えてくれるのはありがてぇよ? だがな、お前にはもっと広い世界に出てもらいたくてな」
「や、やめろよグレッグ! 俺は村で暮らしたいんだっ!」
そんな俺にガロンも続いた。
「リヒト、いつまで借家で満足する気だ。あの村にいたらお前は小さなまま終わってしまうだろう」
「べ、別に良いよ小さくても」
「ふぅ。なら言うが最近お前は俺達といる時間より冒険者活動をしている時間の方が多いだろう?」
「そ、それは剣が欲しくて」
先ほどまで酔っ払っいたグレッグが今はシラフに見える。
「村にいた時は剣のことなんか口にしたことすらなかっただろ。毎日同じことの繰り返しで飽きてたんじゃねぇの?」
「怒るよグレッグ。村での暮らしに飽きるなんてありえないよ」
「わかってんよ! だぁぁもうっ! ガロン、無理だ! 俺には説得できねぇ」
「は?」
ガロンは肩をすくめ俺に言った。
「リヒト、村を思ってくれるのはありがたい。だが俺達もお前のためを思っていってるんだ。村で暮らすより広い世界に出てみろ。困っているのは俺達の村だけじゃない、お前の力はこの国を良くするために振るって欲しい」
「国なんか……どうだっていい。みんなと暮らせたらそれで満足んだよ」
「甘えるなリヒト。エイズームから追放され俺達の村に流れてきたお前は今安寧を求め過ぎているだけだ」
「そんなことはないっ! 俺は村が、みんなが好きなんだ!」
「だからだ」
「え?」
グレッグは再び酒を煽りながら言った。
「隣の国で戦争が起きてる。エリンは戦う力がない脆弱な国だ。せっかく作った野菜なんかも無理矢理徴収されちまうんだ。逆らったら国ごと消されちまう」
「無理矢理だなんて……」
「俺達だって余裕があるわけじゃねぇ。戦争が起きてる今年は節制しなきゃ暮らしていけねぇんだわ。俺達もギリギリで生きてるんだ。お前は一人でも生きていける力がある」
酔ったグレッグの目が赤くなっている。
「会いたくなったら村にくればいい。なに、二度とくるなって言ってるわけじゃねぇ。もっと世の中を知れよ。俺達はずっとあの村で暮らしてきたからお前に道を示してやれねぇんだ。くっ……わりぃガロン、あとは頼むわ」
グレッグが顔を隠し身体を背けた。
「リヒト、始めて一緒に狩りに出掛けた時から数日で成長したお前には必ず才能がある。何が理由で追放されてきたかわからないが見返してやりたくはないのか?」
「それは……正直バカにされて悔しかったのは覚えてるけど」
「悔しいと思うならもっと成長するんだ。相手が何かは知らないがお前ならいつか乗り越えられる。だが村にいたら小さくまとまり夢は叶わないだろう。せっかくこの世に生まれてきたんだ、人生を楽しめリヒト」
大恩あるグレッグに尊敬するガロン。この二人から説得されたらもう折れるしかない。他人への感情が希薄だった俺が一応人間らしくなれたのは二人と村のみんなのおかげだ。
「わかったよ。けど二人には真実を話しておくよ。聞いてもらえるかな」
「ああ」
俺はグレッグとガロンに全てを語った。
「異世界……召喚だと?」
「自分でジョブを変えられる……のか。なるほど、どうりでな。グレッグ、見ただけでジョブを手に入れられるってどう思う?」
「正直……危険だ。リヒトはこの世界にある全てのジョブを手に入れられる可能性がある。例えば勇者は勇者のスキルしか使えないが、リヒトは単独で勇者や他のスキルを使えてしまうだろう。エイズームはバカな真似をしたなと思う」
「だよなぁ。だったらなおさら広い世界に出してやらねぇとな。リヒト、一ついいことを教えよう」
「いいこと?」
グレッグは笑いながら言った。
「ジョブの中に時空魔導師ってのがあってな。そのスキルは異次元に大量の荷物を入れられたり一度行ったことがある場所なら一瞬で行けるスキルがあるんだわ」
「す、凄い! そんなジョブが!」
「それ覚えたらいつでも村に遊びにこいよ。できたら俺らが死ぬ前にな」
「は、ははっ。わかった、絶対行くよ」
「よし、したら盃交わすか! リヒト、一杯だけ付き合えよ」
「え? いや、酒はまだ飲めないよ。未成年だし」
するとグレッグとガロンが笑った。
「いやいや、お前アホか! 成人は十五からだろうが」
「ははは、異世界とは違うのだぞリヒト。国によっては十二から成人の国もある。酒くらい飲めないと笑われるぞ」
「そ、そこまで言うならす、少しだけ」
小さなグラスにエールをもらい三人で乾杯した。
「……うぇ、苦っ。よくこんなの飲め……うっ、うぅぅ」
「泣くなよリヒト。またいつでも会える」
「次に会う時は朝まで飲み明かそう。冒険の話をたくさん聞かせてくれ」
「わかった、約束だよ。戻るまで死なないでよね」
こうして俺は村から送り出されることになった。一生居てもいいと思うほど好きだった村だ。別れは寂しいが甘えてばかりもいられない。
小さなグラスを空にした俺は二人と再会を誓い宿を出るのだった。