第01話 異世界召喚された
これは俺【相田理人】が異世界【グランヴェール】にある一国【エイズーム王国】により勇者召喚に巻き込まれた物語である。
ある日の放課後、俺は心待ちにしていた小説の新刊を片手に久方ぶりに心を躍らせながら足早に帰宅していた。
「この日をどれだけ待ったことかっ。早く帰って熟読するぞっ」
俺は今年高校三年生になった。周りは受験勉強で四苦八苦している中でものんびり過ごしていた。俺は生まれつき不思議な力を持っていた。その力に気付いたのは物心がついた辺りで、当時はただ物覚えがいいとだけ言われてきた。しかし成長するにつれ知識が増えた頃になるとこの不思議な力が【瞬間記憶能力】だと気付いた。
瞬間記憶能力は一度見た内容を完全に記憶してしまう力で、俺は生まれてから十八年、勉強に時間を割いた事がなかった。周りが必死に勉強する時間を全て様々な知識を蓄えるためだけに使ってきた。
そんな俺の特殊能力を知らない周りの人間はこの余裕が鼻につくのか、中学に上がった辺りから疎まれ、周囲から完全に孤立してしまった。だがこの孤立も知識吸収をさらに加速させる一因となっていた。
こうした環境で育った俺はいつしか知識を蓄える事にしか興味を持たない偏った人間へと成長した。他人には無関心、知らない事を知る事でしか感情が満たされない、それが俺だ。
自己紹介はここまでにし、今日は永らく発売が延期していたライトノベルの新刊を手にした。俺はいつもより早めの帰宅に成功し、軽く息を整えながら自宅玄関の鍵を開け扉を開いた。
だが玄関の扉を開いた瞬間、俺の視界は一瞬で白一色に染まり、そこで意識が途切れた。
どれだけ意識を失っていたかわからないが、辺りが騒がしい。ゆっくりと目を開くと目の前は全く見知らぬ場所。そこはまるでファンダジー映画にあるセットのような、豪華で煌びやかな王の間だった。そんな王の間で俺は赤い高級絨毯に尻もちをついた状態だった。
状況が理解できない俺はただ辺りを見回し呟いた。
「い、いったい何が? ここはどこなんだ?」
小声で呟くと数段高い位置にある玉座の隣に立っていた白い髭を生やした老人が歓喜の声をあげた。
「おおっ! 陛下、今回の勇者召喚は大当たりですぞっ。たった今目覚めたこの若者を含め五人もの勇者様が現れました!」
「……うむ」
玉座に座る太った初老の王らしき人物が俺を見ている。
「ゆ、勇者召喚? ま、まさかこれって!」
俺の片手には異世界転生モノのライトノベルがある。もちろんこの手の話は他にも腐るほど読んだ事もある。俺の心は今知識欲を満たす以外で初めて高揚していた。
そんな俺の前に玉座の隣に立っていたローブ姿の老人が歩み寄り手を差し伸べてきた。
「我がエイズーム王国へようこそ勇者殿。ささ、私の手をとりお立ち下さい」
「あ、ありがとうございます?」
俺は老人に差し出された手を掴み立ち上がった。だが立ち上がった俺の目を見た老人は明らかに最初の歓迎する笑みとは違い表情を歪めていた。
老人はため息を吐くと俺の手を振り払い背を向け玉座に向かい頭を下げた。
「申し上げます陛下」
「んん? どうした」
玉座に座るギラギラと着飾り肥えた初老の王がギシリと玉座を鳴らす。その王に老人が進言した。
「この者は……どうやら勇者ではありません」
「は? なにをバカな。勇者召喚で勇者以外が召喚されるはずがないだろう」
「はい。ですがこの者には勇者どころか職業欄が空欄なのです」
「職業? 空欄??」
俺が困惑していると王もまた驚きの表情を浮かべた。
「空欄だと? お前のスキル【見通す眼】で視てもか」
「はい、この者は無職です」
無職と聞いた王は驚いた顔を瞬く間に真っ赤にし玉座から立ち上がり俺を指差しながら叫んできた。
「ふ、ふざけるなぁぁぁっ! 一度の召喚にいくらかかると思っているっ!! 先の四人は力の勇者、知恵の勇者、博愛の勇者、光の勇者であったにも関わらず! 最後は無職だとっ!!」
「「「「クスクスクス……」」」」
怒り狂う王を見た俺の右側に立っていた四人の男女が俺に視線を向け笑った。その中にいた青い鎧兜姿で紅いマントを翻した金髪の男が口を開いた。
「はっ、勇者でない事は見た目でわかるだろうに。俺達は元いた世界でも世界最強クラスの勇者だった。それに比べソイツはなぁ? 装備すらないじゃないか」
それに緑色のローブ姿で片手に分厚い本を持つ顔が見えない男が続く。
「はじめは私と同じ知恵者かと思いましたが……どうやら見当違いだったようですね。そのような薄い本が魔導書とは思えませんしねぇ」
さらに真っ白なローブ姿だが醜い笑みを浮かべた女が続く。
「みなさん口が悪いですわ。その方は私達とは違う一般の方ですよ。ねぇ、光の勇者様?」
最後に白銀の鎧に身を包み背中にバカデカい剣を背負った銀髪の男が口を開いた。
「一般人か、確かに。陛下、どうやら勇者召喚は我々四人だけだったようです。そこの彼は巻き込まれたか……もしくは用意された贄にたいする帳尻合わせの搾り滓のようですね」
この言葉に玉座の間にいた全員が声をあげ笑った。
だが俺にはこのパターンもフィクションだが知識にあった。周りが調子に乗り嘲笑う中でも俺は至極冷静で、四人に加えて周りにいた騎士までもが俺をバカにしている間に蓄えてきた知識をフル活用し、どうにか自らのステータスを確認する事に成功した。
(いや、あるじゃないか職業!)
職業欄には【高校生(レベル1)】と記されている。
(なるほど。この世界には高校生がいないから見えなかったのか。けど、それよりチートそうなスキルがあるなぁ。もしかしてあの老人はスキルまでは視えなかったのか? そうなるとこのパターンだと……)
理人は一瞬悩み自分のスキルを明かそうとしたが思い留まった。そんな俺に国王から予想通りの宣告があった。
「はんっ、搾り滓か。若干苛ついたがまぁ笑わせてもらったわ。おいそこのゴミ、勇者でもない貴様を世話するほど我が国は寛容ではない。貴様は国外追放とする。だが! 優しい我は役立たずの貴様に馬車くらいは出してやろう。誰ぞそのゴミを東の国境付近まで捨ててこい」
いくら王といえど自分の都合で俺を召喚しておきながらなんとまあ自分勝手なんだと呆れた。
「では私が手配しましょうか。では参りましょうか、搾り滓殿? ぷっ……ぐふふっ」
俺は笑いを堪える騎士に促され城の入り口に手配された馬車へと押し込まれた。そこに別の騎士が乗り込み合図を出すと馬車はゆっくりと動き出し、整備された大通りを抜け町を出た。
中世のような城下町を出てしばらくすると騎士の一人がフルフェイスの兜を外し俺に声を掛けてきた。
「災難だったなあんた。あ~俺はクライスだ。あんた名前は?」
「リヒトです」
名乗った理由は特にない。強いて言えばこのクライスだけは俺を笑わなかったからだろうか。名を名乗るとクライスは苦笑いを浮かべながら状況を説明し始めた。
「ならリヒトって呼ぶぜ。でだ、リヒトはこれから東にある国境へと連行される。東には小さく貧しい国があってな」
「なんていう国ですか」
「農業国家【エリン】だ。だがエリンはかろうじて国となっているだけでなぁ。旨味がないからどこも侵略しないんだよ」
クライスの話によると農業国家エリンは人口は約十万人。土地の大半が山と農地と牧場である。若者は少なく近年国民の高齢化が進んでいるのだとか。
「職業がないリヒトにはちょうど良いかもしれんな。こちらの都合で召喚しておいて捨てるなんぞ申し訳ないがわかってくれ。我々騎士は陛下に逆らえんのだ」
そう言いつつクライスは腰に下げていた布の袋を俺に手渡してきた。
「これは?」
「少ないがエリンで仕事を見つけるまでの足しにでもしてくれ」
袋を開くと中に金貨数枚と銀貨がそこそこ詰まっていた。
「これはお金ですか。クライスさんは良い人ですね。ありがとうございます」
「そんなんじゃないさ。あぁ、それからリヒトよ。その敬語は止めときな」
「なぜですか?」
クライスはニヤリと笑った。
「舐められるからだよ。ここはお前さんがいた世界とは違い治安も悪い。舐められたらケツの毛までむしられるからな」
「……わかった。気をつけるよ」
「おう」
出発から数日、馬車は何度か野営と宿場町での休憩を繰り返した。そこでクライスから金の価値を習った。
「なるほど。金貨は俺の世界で一万円くらいの価値で銀貨は千円か」
「国ごとに金銀の含有量が違って価値に若干変動はあるがな。つーかお前頭良いんだな。すぐ理解しやがった」
「まぁ……国民全員がそういう教育受けている国からきたので」
「すげぇ国だなぁ」
クライスとそれなりに仲良くなってきた頃、馬車はようやく目的地だった東の国境へと到着した。クライスは俺を車内で待機させ、ひとり馬車を降り国境を守る兵士に挨拶し戻ってきた。
「話は通しておいたぜ」
「助かるよ」
「このくらいはな。……またなリヒト、お前さんの幸せを願うよ」
「色々話を聞けて良かった。ここからは俺なりにこの世界で生きていくよ」
「職業がないってのになぁ。その自信はどっからくるんだか。まぁ良い、もしエリンで人生上手くいって金持ちにでもなったら酒でも奢ってくれよな!」
そう言い残し馬車はクライスを乗せ王都へと引き返して行った。俺は頭を掻きながら呟いた。
「クライスさぁ、俺は国を追放されたのに酒なんて奢れないよ。また会う機会なんて多分ないさ」
俺は小さくなっていく馬車を見ながら気を取り直し国境を潜りエリンに入った。
「さあ、ここから俺の冒険の始まりだ。異世界グランヴェールか。できるなら世界の端まで見て知らない知識を増やしていきたいなぁ」
俺は沸き起こる知識欲を堪えつつ、笑顔で第一歩を踏み出したのだった。