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名無しの権兵衛の日曜日

作者: 幸京

9月3日の日曜日、今回は後頭部に鈍器で殴られたような強い痛みがあり、私は気を失う。

そして月曜日に戻った。当たり前のように時間の流れに沿い、次の日に進むのではなく、先週の月曜日に戻った。この一週間を繰り返しもうこれで9回目、いうなれば約二か月が過ぎた。

この一週間から私はもう抜け出せないのだろうか。何かをやり遂げないといけないのか、現実世界で見ている夢なのか、はたまたもう死んでいるのか。

一週間を繰り返す以外で分かっているのは、9月3日の日曜日になると時間は決まっていないが私は殺される。実際には殺されているのかは分からないが、ある時は昼食を食べた瞬間に吐血して、ある時は夜まで自宅マンションに閉じこもっていれば火事になり、ある時は朝から警察署の前にいれば拳銃で撃たれ、ある時は起きた瞬間に布で顔と身体を巻かれベランダから落とされた。記憶は引き続かれており、襲われかたを思い出し考えれば、殺意をもった犯人に殺されている。ただ人はどんな状況でも慣れるのだろうか、今では日曜日までは生きられるのを利用して、その間に襲ってくる犯人を調べている。姿や顔は一切見れていないが、僅かに聞こえる息遣いや力加減からみて、おそらく同一犯だろう。

どうせ何をやっても最後は殺される一週間を繰り返すのだからと、やりたい放題やってやろうかとも考えたが、繰り返さずそのままこの一週間を抜け出せた時のことを考えると、やはり無茶は出来ない。

10回目の9月3日の日曜日を迎えた。慣れたとはいえ殺される恐怖と絶望、僅かながら何も起きず、この日々から抜け出せるではとの期待がある。そして刺された。

30回目の9月3日の日曜日を迎えた。慣れたとはいえ殺される絶望と光悦、僅かながら何も起きず、この日々から抜けてしまうのではと心配する。そして生き埋めにされた。

60回目の9月3日の日曜日を迎えた。慣れたとはいえ殺される光悦と歓喜、僅かながら何も起きず、この日々から抜けてしまう可能性が頭をよぎり、気がおかしくなり死にそうになる。そして轢かれた。


100回目の9月3日の日曜日を迎えた。つまり700日が経ち本来なら私は18歳になる。

誕生日プレゼントなのか、成人を迎えたお祝いなのか、この日に初めて犯人と対面できた。

無表情でビーカーに入った液体を持っているその人を、

顔は知っているが名前を思い出せないその人を、私は両手を広げ歓迎する。


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