3つのシルエット
時の区切りを示すチャイムが保健室にも鳴り響き、その劈く様な音に庵子は目を覚ました。
どうしよう、戻ろうか…
もともと具合は悪くないから戻ろうと思えば次の授業には出られる。
でも、何となくだるい。
このまま寝たふりしてようかな…
庵子はシーツの中で再び瞼を閉じた。
さっきまでの静寂は今はそこになく、廊下を走る音や生徒達の話し声があちらこちらから響いてくる。
休み時間だからだ。
「中村さん…具合はどう?」
優しい声に庵子は再び瞼を開く。
白いカーテンには女性のシルエットが浮かんでいた。
「あ…はい…」
庵子は曖昧な返事をした。
なるべく、具合が悪く聞こえるように、か細く。
「お友達が来てくれてるけれど…」
「え…?」
シルエットの数が急に増える。
1、2、3…。
「あんこぉ〜、大丈夫?」
「頭、まだ痛い?」
庵子は上半身を起こした。
「南、萠子、ありがとう。もう、大体大丈夫。」
そのまま庵子はさっとカーテンを開いた。
保健室の先生、そして予想した通りの南と萠子の心配そうな顔がそこにはあった。
「無理しなくていいのよ、中村さん?」
「次、出られる?一応庵子の好きな、新井先生の生物だけど。」
「あ、そか。じゃ、頑張って出とこうかな。それ出たらどっちにしろ帰りだし。」
庵子は二人に向かってにこっと笑う。
その天使の様な笑顔を見て、友人二人も安心した様に笑った。
「庵子の爺様好きは相当だねぇ〜。普通のギャル男が嫉妬するでしょ。」
「あはは、てかフツーギャル男よりお爺ちゃんだからっ!めっちゃ草食系だもぉん。庵子はめっちゃ草食派。」
「それ、消化器官が弱ってるだけだからっ!」
あはははは、と三人の少女は自分たちの言った事に大受けしながら、次の教室へ移動の準備を始めた。
「あ、ツケマが一個ない!寝てるうちにとれた!」
「だいじ、だいじ。庵子、目でかいから睫毛なくても大丈夫だよ。」
「いいや、こっちも取っちゃえ。あ、でも愛しの新井ティーチャーに会うのに、何かやだ…。」
「はいはい、行くよ〜。」
「あ、先生、ありがとうございました。」
金髪巻き毛の庵子が高橋を振り返る。
圧塗りファンデーションの下の顔色は良くなったのかは分からない。
でも、とりあえずは元気そうになって良かった、と高橋は微笑む。
「うん、後一時間、頑張って!あ、ツケマ見つけたら捕獲しとくね〜。」
「あははっ、ありがとうございます!」
短い三つのスカートを見送りながら、高橋は再認識した。
これだよ、これ、この若さ溢れるマシンガントーク!
やっぱ若者っていいわぁ…
そんな事を思いながら、高橋は煎茶を啜るのであった。