高橋の実家
「ただいま。」
今日も平和な一日を終え、高橋は玄関の引き戸をからからと開けた。
学校からは電車で30分ほどの閑静な住宅地に高橋は住んでいた。
勤務先が遠ければ一人暮らしも考えていたのだが、運が良いのか悪いのか、結局実家から通うことで落ち着いた。
「おかえり〜。」
と、奥から賑やかな声がする。
そう、この煩さは、一人二人のものではない。
推定六人は来ているはずだ。
長々と続く廊下をひたひた歩き、高橋は居間につながるふすまの前に立った。
第二ラウンド開始、だ。
ふすまを開けると、高橋の予想通り、6人の老人達がおちょこととっくり片手に日本酒を酌み交わしていた。
ふんわり染まった桃色のほっぺから想像するに、皆、既に結構出来上がっている。
しかし、こんなのは日常茶飯事、高橋の23年間では既に見慣れた当たり前の光景であった。
「ただいまぁ、何々?今日は皆来てるんだ。あ、富おじちゃん、私にも日本酒ちょーだい。」
「やよちゃん、帰ってきたねぇ〜。俺はやよちゃんが飲めるようになって、嬉しいよ。」
「こーんなに小さな赤ちゃんだったのにねぇ、べっぴんさんになって。」
「わしが後50歳若けりゃ、やよちゃんのこと放って置かないんじゃがなぁ…。」
「なんでだろうねぇ…。」
「時代かねぇ…。」
気がつけばさっきまで楽しそうにしていたご老人達が、遠い目をしてしんみりしている。
何故だ…。
何なのだ…。
まさか、自分に彼氏がいないから?
さっき新井先生からの変化球を受けたばかりなのに、次は皆して消える魔球を投げつけるなんて不意打ちだ。
22歳まではお爺ちゃん達こんな事言わなかったのにな…。
高橋は少し傷ついた。