追試前日
高橋の予想した通り、林茂奈香は保健室の真上に位置する教室で一人笛を練習していた。
余りの集中ぶりに、どうやら高橋が教室に入ったことすら気がついていないようだ。
「林さん!ちょっと!練習中に悪いんだけど、ちょっといいかしら?」
高橋が笛の音に負けないように声を張り上げると、ようやく茂奈香は気がついたようだった。
「あ…えっと…?」
「保健教員の高橋よ。ほら、中間テストの試験監督をした…」
「あぁ。」
茂奈香は大して興味もなさそうに、再び笛の練習を始めようとした。
「ちょっ…と、待ってくれるかな?」
高橋は急いでそれを阻止する。
「私に何か用でも?」
きょとんと黒目がちな瞳で茂奈香は高橋を見上げた。
睫毛の上で、黒い前髪がさらさら揺れる。
庵子の化粧ばっちりな顔とは打って変わり、茂奈香は全くの化粧気のない顔をしていてとても幼く見えた。
今日は顔色は悪くなかったが、もともと肌が恐ろしく白いようで独特のオーラを放っていた。
「えぇ…ちょっとその笛の事なんだけど。実はこの教室の下って保健室なのよね。だからその…練習場所を変えて貰えないかしらって…。」
「あっ…そうでしたね、すみません。」
茂奈香はちょっとすまなそうな表情を見せると、淡々と帰る準備を始めた。
「それから…」
そんな茂奈香を見ながら、高橋はふと気になった事を聞いてみた。
「林さんて、明日奨学金のかかった再試験を受けるのでしょ?こんな笛の練習なんてしてて平気なの?」
茂奈香はちらっと高橋を見ると、帰る準備を続けながら抑揚のない喋り方で答えた。
「高校の試験は簡単ですから勉強なんていつもしません。私、授業もほとんど寝てますし。」
ぽかんと口を開けている高橋に茂奈香は軽く会釈をすると、そのまま教室を出て行った。
林茂奈香、確かに授業態度が悪い…じゃなくて。
林茂奈香、マジで天才少女!?
しばらく放心していた高橋であったが、突然気味の悪い声で笑いだした。
「ふふふ…ははははは!見てなさい、小阪&大塚性悪コンビ!林茂奈香は天才よ!あんたたちの思う通りにはならないんだからねーっ!」
一人教室で高笑いする高橋を、用務員の佐々木さんは不思議そうに廊下から見ていた。