それぞれの闘志
追試験はとうとう明日に迫っていた。
保健室では頭を抱えて教科書と格闘する少女が一人。
「あ〜集中できないよっ!先生、さっきから何なのこのへたくそな笛の音は!」
「先生に言われてもねぇ。吹奏楽部か何かじゃないの?」
確かに中村庵子の言う通り、さっきからどこからともなく強烈にへたくそな笛の音が辺りに響き渡っている。
中間テストで赤点をとった庵子もまた明日に控える追試験を受けるために、最後のあがきを見せていた。
「吹奏楽部じゃないよ、絶対。だってうちの吹奏楽部は全国大会に進むくらい優秀なんだよ?皆、家でトレーナーとかつけてるんだよ?絶対違うって!楽器もなんか変な音色だよね、アラビア風っていうか…。」
「じゃあ、アラビア同好会とかじゃないかしら?何か楽しそうだね、先生見に行ってこようかな。」
「はぁ…。先生はのん気でいいよね。河原にでも行って練習するように言ってやってよ、先生。」
「あはは…そうね、保健室には病める子達が休んでいるものね。」
うんうんと頷く庵子は再び教科書に向かい合った。
外からはひっきり無しに笛の音が鳴り響いてくる。
おそらく保健室の上の教室辺りではないだろうか、高橋はその笛の音源を探してみることにした。
保健室を出ようとしたそのとき、勢いよく誰かとぶつかった。
相手はその反動で床にしりもちを着く。
「いった〜い!もう、何なのよ!!!」
凄い剣幕である。
「あら、ごめんなさい。あれ、あなたは確か…。」
「1-Bの大塚です。高橋先生、気をつけてくださいよ!」
この前の職員室で泣き叫んでいた生徒である。
つり上がった眉毛に傲慢な物言い、ぶつかったのだからそっちにも非はあるだろうに、何て自己中な子なんだろう。
いかにも小阪教員と意気投合しそうなタイプである。
しかし、ここは一つ大人にならねばならないところ。
「大丈夫?ごめんね、大塚さん。ところで保健室に何か用かしら?」
「…大丈夫ですけど。あっ、保健室に林茂奈香来てませんか?」
「え、林さん?来ていないけれど。」
「あいつどこにいるんだよ、マジで。さっきから聞こえるこのへったくそな笛絶対あいつだし…。」
ぶつぶつと独り言を良いながらきびすを返し立ち去ろうとする大塚を高橋は引き止めた。
「え、この下手な笛、林さんが吹いてるの?」
「ん?そうですよ、多分。あいつ、壷を禁止されたら今度は変な笛を持ってきやがったんです。また追試もなんか企んでるに違いないから取り上げないと。」
ここ、お嬢様学校だよね?と、余りの大塚の職員室でみた優等生キャラからの豹変ぶりに驚きながらも高橋は言った。
「それなら私も今からアラビ…じゃなくて笛の練習者に場所を変えて貰うように言いに行こうと思ってたの。保健室では休んでる子がいるからね。私からも明日は笛を持ってこないように注意しておくよ。」
「え…?」
高橋の言葉を聞いて、明らかに大塚の表情が変わる。
「いいですよ、高橋先生がそんな事言わなくても。小阪先生から言って貰った方が確実ですから。大体林のカンニングも見逃すような先生、私信頼してませんから。」
軽蔑したような視線を残し、大塚はすたすたとそのまま廊下を歩いていってしまった。
その背中を呆然と見送った数分後、怒りにわなわなと身体が震えてくるのを高橋は感じた。
「…なんなの…あの大塚って生徒…こうなったら、私はとことん林さんを応援するわっ!!!」
高橋に新たな闘志が生まれた。