アランのカレー屋
「こんにちは。アランさんいますか?」
薄暗い店内、紫色の照明、輝くスパンコール、そして香しいカレーの匂い。
茂奈香がアルバイトをスカウトされたカレー屋は一風変わったカレー屋であった。
店内ではサリーを着た綺麗な女性がカレーをサーブし、まるでインドの王宮にいるような幻想的な雰囲気である。
もちろん内装だけが豪華なわけではない。
味も数十種類のスパイスを使い分けた本格的なインドカレーで、一度来店するとまた必ず来てしまう評判の良いお店であった。
ただ店の位置はとても入り組んだところにあり、地図にも載っていないので、来るお客さんは誰かの紹介かリピーター、もしくは道に迷って運良くたどり着いたそんな人ばかりであった。
「茂奈香さん、来たっぺか。」
店の奥から姿を見せたのは長身で眼光の鋭い色黒の老人であった。
頭にはターバンを巻き、指には緑色の大きな石の付いた指輪をつけている。
顔に似合わない東北弁に茂奈香は好意を感じていた。
「アルバイト明日からでしたけど、寄り道して来ました。何かお腹すいてしまって。」
「マリアさん、茂奈香さんにチキンカレー一つやって!ナンもね!」
アランという老人は厨房の女性に呼びかけると、厳しい顔を少し崩した。
「茂奈香さんは一人暮らしだっぺか。」
「はい、出身が福島の久留米なもので両親とは離れて暮らしています。」
「その割には綺麗な標準語だね。」
「ええ、標準語の方が合理的なので。あ、でも他の人が喋る東北弁は好きなんです。両親を思い出せるから。」
「そうかい。私も日本に来たのは遠い昔だけんど、東北弁には不思議な魅力を感じてなぁ。何より先に覚えて、これからずっとこうだっぺよ。」
東北弁をダンディに話すアランさんはこの店でも皆に憧れ慕われているようだった。
入店するお客さんのほとんどが、アランさんに親しげに片手を上げて挨拶をしていく。
「アルバイトは厨房の方でいいのかい?サリー着たら似合いそうだけどね?」
「ええ、サリーは素敵ですけど動きにくそうだし。それに私スパイスの調合に興味があるんです。粉と粉を合わせて生まれる味のハーモニー、料理って面白いですよね!私、オリジナルのカレーを作ってみたいんです。」
ナンをほう張りながら目を輝かせて言う茂奈香を見て、アランは笑った。
「茂奈香さんは勉強熱心だっぺな。」
「ふふ、そんな事無いですよ。私、学校の授業には全然興味ないんですから。もっと実生活に結びついた謎を解明したいといつも思ってるんです。だから、今は自分で同好会を開いて色々研究をしています。例えば、その壷…なんだと思いますか?」
茂奈香は脇に置いてあった壷の包みを開いた。
「わしには普通の壷に見えるが。」
「ええ、私も普通の壷に見えます。でも、これ、大判小判がざっくざくの壷っていって持ち主が幸運になれるらしんですよ。」
「茂奈香さん、そんな事はあんめぇ。騙されとるよ。」
真剣な顔でアランに一喝され、茂奈香も真剣な顔になった。
「やはりそうでしょうか。私もこの壷には解明できない矛盾が多すぎると思ったのです。」
「わしは様々な国を旅して色々なものを見てきたけんど、長年の経験から言ってこれは普通の壷だ。しかし、この壷使い様によっちゃ役に立つ。」
「どんな使い方が?」
「この中で蛇が飼える。蛇はめんこいよ。音に敏感だから、笛を教えれば操る事もできるしな。」
茂奈香の顔が再び輝いた。