ボロ布の理由
数日後。
高橋、庵子、涼平、そして庵子の恩人である大山爺さん、庵子の担任狭山教員、その友達新井教員、庵子の友達の南と萌子の8人は喫茶サルヴァドールにいた。
今日は天気の良い日曜日。
休日の昼間から、何の共通点もなさそうな8人組が格調高い喫茶店に屯していると、少し人目を引くようだ。
しかし、今は皆何も心配ごともなく、目の前に並べられたスイーツの数々を嬉しそうに見つめていた。
「いやぁ、悪いね、弥生ちゃん!」
「私たちまで、ご馳走になっちゃっていいのかね?」
「先生方は自腹…もごもご。」
「す、べ、て、弥生がおごってくれるそうですよ!全然気にせずおかわりしてくださいね!」
いつもは無表情な涼平が営業用のとびきり爽やかな笑顔で一同に言い放った。
しかし、高橋はかくりと肩を落としただけで、何も言い返すことは無かった。
きっと自業自得な何かがあったのだろう。
女子高生達は「先生太っ腹!」と盛り上がっている。
「いっただきまぁ〜す!」
「しかし、まさか二人が付き合う事になるなんてねぇ。」
感慨深そうに高橋が頷く。
「私が、涼ちゃんへの連絡を忘れるってことも二人を結びつけるには必要不可欠ってわけだったのよ。」
一人で納得している高橋を涼平は完全無視し、他のメンバーは苦笑いした。
チョコレートパフェを口に運びながら、庵子が思い出した様に言った。
「そういえば、どうして涼平はあんな酷い格好していたの?」
「あぁ、あれはね、ちょっと色々あって…。各自捜索しようって話になった時に、俺はやっぱりホテル街が怪しいと思ったんだ。監禁とかされてるんじゃないかってね。で、あの日中番のバイトが終わった後、聞き込みをしてたんだ。でも、プライバシーですからって言って、どこも全然教えてくれなかったんだ。」
「そうですよね、本当にそういう可能性も無きにしも在らずでした。」
新井教員が眉間に皺を寄せながら相づちをうった。
「そこで、途方にくれているときに、一人のホームレスに声をかけられた。そいつがいうには、金髪の女子高生が倒れそうな爺さんを抱えてホテルに入って行ったと言うんだ。実際庵子かどうかは怪しかったが、もうそれにかけてみるしかないと思って。そいつは言った。ここで見張ればいずれ出てくるはずだ、と。でも、君みたいな高校生がこんなとこにいたら、直ぐに補導されちまう。だから、服を交換しようじゃないかってね。」
「えぇ!?それで、本当に服交換しちゃったんですか!?」
南が興奮して聞き返した。
「え、何、そのホームレスコスプレしたかったとか!?」
萠子が忍び笑いをした。
「そう、俺も馬鹿だよね、その時は必死だったから、良いですよってあっさり交換しちゃったんだ。で、数時間待ってもそれらしい人は出て来ない。騙されたかな、って思った時黒スーツの強面二人組に声をかけられたんだ。しかも、この前はよくも騙してくれたな…てね。」
皆、ごくりと唾を飲み込む。
「俺は、わけがわからないまま腹を蹴り飛ばされた。二人の男に揉みくちゃにされた時に、汚い服が余計にボロボロになったってわけ。そして、そのまま黒塗りのベンツに連れ込まれそうになったんだ。そしたら、アラブ系の外国人の爺さんが現れた。何かアラブ語らしき言葉で暫く男達に話をしていて、そしたらやつらはいなくなったんだ。外国人は言った。“おめぇさん、大ジョブだっぺか?”って。すごい流暢な東北弁だったよ。」
思い出して涼平は苦笑いした。
高橋と大山爺さんは思い当たる節があるような感じで、お互いに顔を見合わせた。
「そんな危ない目にあってたなんて、知らなかった…本当ごめん。」
庵子がしょんぼりすると、涼平はにっこり微笑んだ。
「いや、ホームレスを信じた俺が馬鹿だったんだ。でも、お互い爺さんに助けられて良かったよな。」
「そうそう!老人は世の宝じゃぞ!はっはっはっ!」
大山爺さんが大口を開けて笑う。
「それって“子供"じゃなくて?」
萌子がつっこむ。
「いや、老人が宝っていうのは強ち本当のことだぞ。温故知新とも言うしな。」
狭山教員が目を細めて笑った。
「そんなこんなでその外国人と別れたんだけど、やっぱり殴られたとことかが痛んでそのままその場で寝ちゃったんだ。そして、気づいたら朝。寝ている間に二人を見逃したかもしれないし、やっぱりその不潔な服は堪え難かったんで一旦家に戻ろうって思った。そしたら、その俺の制服を来たホームレスを見つけたんだ。急いで追いかけたんだけど、あいつ逃げ足だけは信じられなく速くて…って追いかけているうちに、ファミレスに庵子らしき人影を見つけたから…という流れだ。」
大きなため息をついて、涼平はソファの背に深くもたれ掛かった。
「そういえば、その時ちょうど庵子が他の男の子の告白を受けていた時だったんでしょう?凄いタイミングだよね。」
「そうだよ〜!その告白した男の子はどうなったの!?庵子!」
やっぱり恋愛話が気になる女子高生二人は庵子に身を乗り出す。
「それがさぁ、私も余りに涼平の姿が衝撃過ぎて、その男の子がいることなんてすっかり忘れちゃってて。気がついたら、その子と周りの友達いなくなってたの。悪い事しちゃったよね。」
「も〜庵子、超モテ期だし!うらやまっ!」
「てか、二人とも彼氏いるでしょ〜!」
きゃぁぁっと黄色い歓声をあげて、テンションマックスの女子校生達は今や本当の友情を手に入れて心から楽しそうに笑っていた。
そんな3人を楽しそうに見つめながら、高橋は暑さで溶けかけたソフトクリームをすくって口へ運んだ。
その甘くてひんやりとした冷たさは、もはや春の終わりを感じさせた。
喫茶店の窓には桜の木々が青々とした葉を蓄え、初夏の訪れを歌っていた。